死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

忠臣の嘆き、悪意無き拒絶

 がっくりと四つん這いに手を着いている学園長に対し、俺はとこっとんに上から言葉を叩きつけてやった。


「へいへいへいどうしたぁ学園長? いやさ序列第『4位』にして、“世界最大の魔法都市の学園長”どのぉ? さっきから何のお言葉もございませんがぁ~~?」
「ぬ……ぐぐぐ……!」
「いやー、まさか何百年もの間世界の調和を守り続けてきた英雄ともあろうもんが、あんなガキの悪戯レベルの言葉遊びも見抜けないとはまさかまさか! 思わなかったもんでなあああ! ごめんちゃい!」
「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!!」


 おお、心地好い殺気だねぇ♪ ごちそうさまでーす!
 満腹の笑顔で、両手を合わせる。あー、久しぶりになんか幸せだわ。
 ホクホクの焼き芋を手に入れた気持ちでいるところに、冷や水の如き声色がぶっ掛けられる。


「キラノ様、もう一つの質問はお決まりでしょうか?」
「……む」


 ご主人様が嬲られる事に我慢ならなくなったのか、レイラが口を挟んできた。ちっ、いいところだったのにこのメイドは!
 次の質問……質問ねえ……正直言って、全く考えとらん。さっき色々とどうでも良くなったつったのは本気だ。
 レイラをぶっ倒した時と同じく、本気で聞きたい事なんてそれこそ二つと言わず、縛り上げた後でいくらでも聞き出せばいいのだから。
 いらんわんなもんさっさとぶっ倒させろ――そう言おうとしたところで、


「学園長先生」


 学園長が向こう側であった事に打ちひしがれていたハルンが、ユラリと立ち上がった。
 いつも手放さなかった扇子をも雑に放りっぱなしに、表情は俯いたまま窺えない。
 何この子? 貞子みたいで、ちょっと怖いんですけど。
 いつもの変態ぶりが消え失せ、なにやらただならぬ雰囲気を漂わせているハルンの挙動にその場の全員が注目している。
 地に伏していた学園長もいつの間にやら立ち上がり、何かを考える様な視線を彼女に送っていた。
 やがてぽつりと、ともすれば気のせいかと流してしまいそうな、絞り出された水滴の様に静かな囁きが届いてきた。


「どうして……ですか?」
「む……」


 そこでキッと顔を上げ、二人を睨みつけた。


「どうして僕達に、僕に話してくれなかったのですか!? 貴女がすることだ、きっと僕なんかには遠く及ばない思考の末の行動なのでしょう。でも、だけど、きちんと話してさえくれれば! 少なくとも僕は反対する様な事はありませんでした! なのに貴女は、ヴァルガ先生やミレ先生、それどころか学園長代理のミハイル先生にさえ何も話していない、どうして!?」
「……」
「答えてください学園長、もう一つだけ必ず答えてくれる約束です」


 鬼気迫る、というべきか。あの学園長至上主義のハルンが、ここまで学園長に迫る事があるとは思わなかった。素直に驚いたわぁうん、美人が怒ると怖いんですね。
 残りの質問を勝手に使われたわけだが、俺も気になるところではあるからそれは別にいいか。
 考えた末、余計な口を挟まず、静観する事にした。


「………………ハルンよ」
「はい!」
「お前は私の決定になら、例え不本意なものであろうと従う意思があるか?」
「あります! 貴女の世界を思う気持ちに、偽りなどありませんから!」
「ふ、ふふふ……」


 ハルンの即答を聞いた学園長は、肩を震わせている。
 身内に相談しなかった事を、今更ながら後悔しているのだろうか? いや、それにしては……


「ハルン」
「は――」
「だからダメなんだよ」


 再度、即答しようと口を開いたハルンを遮り、両断した。


「盲目的過ぎる、忠心高いと言えば聞こえはいいが、お前達のそれは妄信の類だよ。なぜならば、一つ大きな勘違いをしている」
「か、勘違い……?」


 常に世界のバランスを案じ、考え、実行に移してきた最古の存在。
 その人物の口から、有り得ない、あってはならない台詞が飛び出してきた。




「私が今やっている事はな、絶対的に間違っているんだ。少なくとも、世界にとっては確実にな」




「な――ん――」


 ハルンはもはや、舌が凍り付いたかのように言葉が紡げなくなっている。きっと思考も同レベルまで停止している事だろう。
 それだけ学園長を信じていたという事だろうが、ちょっと流れがよろしくないな。
 なんせコイツ、結局具体的な事は何一つ言っていないのだから、こんな事で質問に答えた事にしてもらっちゃちょいとハルンが気の毒だ。
 仕方ない、少し助け舟だ。


「答えになってねぇだろ? お前の頭の中でだけ納得してもらっても困るんだよ。きっちり質問者に理解できる様な返答しやがれ」
「いや、もう十分のはずだぞ? 楔は打ち込んだ。後はハルン自身の問題だ」
「あん?」


 相も変わらず良く分からん言い回しを……
 それにさっきから気になる事がある。
 コイツが俺達と敵対関係にあるのは、もう歴然だ。だというのに――


「お前さ……敵、なんだよな?」
「おいおい、もう二つの質問には答えたはずだぞ? それに、そんな当たり前の事を聞くものじゃない」
「はっきりとは答えないんだな」
「――」


 さっきから――悪意の類を一切感じ取れない。
 ミルヴァがやっていた様な、悪感情を誤魔化す魔法でも使っているのかと思ったが、それならそれで魔力の流れらしきものは感じ取れる。あれで痛い目をみた事でこの一週間、その手の鍛錬は特に重点的に積んだのだ。
 完璧とはいえないまでも、魔力の一片も感じられないという事はありえない。
 ということはだ、つまるところ――


「お前……」
「話は終わりだキラノ・セツナ」


 学園長がおもむろに腕を掲げた直後に『ソレ』はきた。
 さきほどまでのどかの代名詞の様だった静寂に亀裂が走るのを感じた。微弱な振動は、やがて周囲を揺るがす地響きとなり、大気を荒風が掻き回し、一帯に響くはずの音すら食い尽くしながら舞い踊る。
 ――コイツは……ッ!


「魔力流……!? てめえの仕業だったか!」
「先のに比べれば幾分小規模だがなあ! 少しばかり足止めさせてもらうぞ!」


 ギシギシと、空気の圧だけで骨が軋んでくる。何が起こるか知らんが、これはマズそうな予感……!


「ハルン!」


 呼ぶ声は、大気のうねりに掻き消される。
 いや、仮に届いていたとしても同じだったかもしれない。
 彼女はまだ先のショックから立ち直っておらず、焦点の定まらない瞳で呆然と突っ立っているのみだ。


「クソッたれ!」


 やむ無し!
 俺は『ヘイト』を使用するつもりで、意識を切り替える――が。


「はっ遅いな!」


 学園長の魔法が完成する方が早い。
 これだけの魔力、間違いなく最上級魔法!


「違うぞ」


 しかし学園長は、見透かしているとばかりに否定する。声は聞こえずとも、唇の動きでなんとなくわかる。


「その、さらに上だ」


 上、だと?
 そんな魔法聞いたことも……いや、ある! 一度だけだが、俺は確かにその存在を耳にしている。
 だがそれは――


「“あの方”には及ぶべくもないが、背中くらいは見えていると自負しているよ」


 世界の理を捻じ曲げる、人の領域を超えた魔法、すなわち。




「神域魔法――『パラドクス』」




 恐らく、この世界において個人で扱える唯一の人物。人生数百年の集大成ともいえる賜物が、この瞬間、全員の意識を空白に埋め尽くした。

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