死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。
師とはかくも悩ましい
あれから一週間が経過した。
クラス全員、人が変わったかのように素直になり、俺やミルヴァの話を一丸となって聞き入っている。
俺達の授業は、基本実戦訓練である。
今日も鍛錬場で授業中だ。
「師匠! トレーニングメニューを完遂しました!」
「師匠! 模擬戦闘を行っていた二人が気絶しています! 医療室へ運んできます!」
「師匠! 次は何をしましょう!」
「あーうん、ちょっとまてな……」
君たち感嘆符多いから。
俺の呼称は、『先生』ではなく『師匠』で定着してしまった。原因はいわずもがな、あの少女の絶叫によるものである。
「あー……マーク!」
離れたところで素振りをしていたマークを手招きする。
「何か?」
「こいつらを、お前と同じ走り込みコースに案内してやってくれ」
「……いいのですか?」
「誰か一人でもぶっ倒れたら、帰って来い」
「承知しました」
マークの後ろをぞろぞろと、肉体派の生徒達が続いていく。
“今の俺”の限界値を基準に設定したコースだから完走は到底無理だろうが、最終目標が最初から見えている分、自分の成長を感じ易いのが特徴だ。今はただ体力面を鍛えたいだけだから特に意地悪な罠などは設置していないが、もしも予想を超える速度で成長するようなら、いくつかやってみたい障害がある。
一体何人が完走できるのか、ちょっと楽しみだな。
「ししょお!」
おっと、俺が師匠となった原因がやってきた。
頬は紅潮し、息を弾ませ、親を見つけた子犬みたいに寄ってくる。尻尾でも付けていれば、ブンブン! と振られていたに違いない。残念ながら彼女はただの人間な為、そういう類のもふもふは付属していなかった。
アオイ・ヤブサメ。
普段は真っ直ぐに背中に流している髪を、今は二つに束ね、左右に垂らしている。
将来間違いなく美人になると十人中十人が断言するだろう、十二歳の少女である。
一見人形じみた細身でありながら、その実もっとも身軽に動き回る、運動神経抜群の女の子だ。
魔法が使いたい! と願ってやまなかった彼女は、念願の魔法を手にいれながらも、なぜか魔法を使わない俺の訓練にまで積極的に参加していた。
「なあアオイ」
「はい! なんですかっ」
「あっちでミルヴァが魔法の授業してるけど?」
俺はそっちを指差した。その先では、
「「『ライトニング』ッ!」」
講師役であるミルヴァともう一人。純粋なエルフよりもやや短めの、尖った耳をしたクラス唯一のハーフエルフ。
リーネ・ファウランが、魔法を撃ち合っていた。
魔法の技術に難があって不適合クラスへ来たわけではない彼女には、俺の方針はどうにも不満だったらしい。
あれから数日が経過しても、彼女だけは俺に対して硬い態度を取り続けた。マークやアオイなど、他の生徒の手前、それを一定以上表に出す事はなかったが。
どうしたもんかと唸っていたところ、ミルヴァから「私がやりましょうか?」と打診を受けた。ちょっとした『荒療治』がやりたかったらしい。
要は、ただひたすらに――魔法で打ちのめす。
魔法に自負のあるリーネだが、逆をいえば“それだけしか自信がない”現われとも言える。
その一点すら未熟なのだと、徹底的に鼻っ柱を圧し折ってやった結果が、あれ。
「――――!」
戦場で、単独で戦車と相対する羽目になった新兵みたいに必死の形相で抵抗している、サバイバーじみた眼差し。
心を折られ、恐怖に竦んで脚が止まろうとも、時間になれば毎回向こうから襲ってくるのだから抵抗しなければヤられてしまう。
結果、恐怖を超越した本能全開の動きで。普段と比べ数割り増しされた力でもって、ミルヴァと激闘を繰り広げるのがここ数日見慣れた光景となっていた。
放たれた魔法は、二人のちょうど中間地点でぶつかり合い、鍔迫り合いにも似た駆け引きを展開する。
……あれは、一週間前の戦いで見せられた魔法だな。あれで“一回殺されている”わけだし、リーネの魔法はかなりの威力なはずなんだが。
「――くッ!?」
明らかに表情を歪めているのは、そのリーネの方だった。まだ撃ち負けたというほどではないが、魔法の反動を支えている両足が、徐々に後退していく。
対するミルヴァは、余裕綽々な雰囲気で「~~♪」とばかりに鼻歌を歌っていた。なんて失礼なヤローだ、リーネの後ろから変顔でもして笑わせてやろうか。
今日もいつもと同じ結果に終わりそうだが、それはひとまず置いて、目の前の少女に向き直る。
アオイも同時に視線を戻していた。
「してますね」
それがなにか? とでも続きそうな、心底不思議そうな顔でこちらをみている。
「お前、魔法の訓練したいならあっちの授業へいくべきなんじゃねぇの?」
別に意地悪で言ったつもりはなく、純粋な疑問が口を突いた。
おちゃらけたところはあるが、素人目に見てもミルヴァは間違いなく一線級の魔法士だ。しかも学園の卒業生。魔法士を志す者としては学びたい事が色々とあるだろうに。何故にこの子はそれに優先してまで、俺の授業に出てくるのか。
すると黒髪の少女は、運動により火照っていた肌を、さらに紅く昂ぶらせた。
「だって、ししょおですから!」
「……あ、そう……」
理由になってねえ!?
いや、魔法の使い方を教えた事を恩に着てくれているのは解ってる。それだけ大きなコンプレックスだったのだろうと、解ってはいるのだ。
頭の回転が速く、知識もある。それでいて運動も一通りの基本動作はこなせるレベルにある。魔法を使える様になるために、ありとあらゆる努力をした証だろう。
だからこそ、こうして魔法が使える様になった今、全力でそれに打ち込んで構わないと思うのだ。彼女の才と向上心。この二つが揃えば、新たな領域に手を届かせる事も不可能ではないはず。
俺としてはそのせっかくの才能を、軽い気持ちでしたアドバイスの為に浪費させてしまっている様な気がして仕方がない。
悪いことをしたのではないのだから、罪悪感――というのは少し違うが、どうにも気になってしまう。
まずいな。どうにも中途半端だ。
突き放して魔法の道へ歩かせるわけでもなく、割り切って本格的な肉体訓練に取り組むでもない。彼女には基礎の繰り返しでお茶を濁している。他のやつらにはもっときついメニューを組んだりもしているというのに、そいつらよりしっかりと鍛えられているアオイには態度を決めかねている。
この状況は良くないものだ。
「なんとかしないとなぁ……」
「? 何か言いました?」
「気のせい」
「気のせいならしかたないですね!」
懐いてからいきなり明るくなった気がしていたが、実際にはこれがアオイという少女の本来の性格だったんだろう。
その笑みは、年齢相応の無邪気さでもって、自然に咲いていた。
アルティや学園長の様な、似非ロリではない。本当の少女の笑みに癒されていると、
『緊急招集、緊急招集。今から名前を呼ばれた者は、至急会議室へと集合して下さい』
「む……」
きたか……そろそろ何かある予感はしてたんだ。
ぶっ倒れたリーネを介抱しているミルヴァも、顔を上げて放送を聞いていた。
一週間、そう一週間である。
大きな問題が一つ片付いたかと思えば、さらに大きな問題が浮上してくる。『ヘイト』が引き寄せる不幸のせいで人生常にままならない。
ほんの一週間前には、まだ穏やかな空気の中で話し合われたその問題が、ここに来てその警戒度が跳ね上がっていた。
何故ならば、あれから一週間。
学園長『ゲイン・アルムハンド』。未だ帰還の兆しなし――
クラス全員、人が変わったかのように素直になり、俺やミルヴァの話を一丸となって聞き入っている。
俺達の授業は、基本実戦訓練である。
今日も鍛錬場で授業中だ。
「師匠! トレーニングメニューを完遂しました!」
「師匠! 模擬戦闘を行っていた二人が気絶しています! 医療室へ運んできます!」
「師匠! 次は何をしましょう!」
「あーうん、ちょっとまてな……」
君たち感嘆符多いから。
俺の呼称は、『先生』ではなく『師匠』で定着してしまった。原因はいわずもがな、あの少女の絶叫によるものである。
「あー……マーク!」
離れたところで素振りをしていたマークを手招きする。
「何か?」
「こいつらを、お前と同じ走り込みコースに案内してやってくれ」
「……いいのですか?」
「誰か一人でもぶっ倒れたら、帰って来い」
「承知しました」
マークの後ろをぞろぞろと、肉体派の生徒達が続いていく。
“今の俺”の限界値を基準に設定したコースだから完走は到底無理だろうが、最終目標が最初から見えている分、自分の成長を感じ易いのが特徴だ。今はただ体力面を鍛えたいだけだから特に意地悪な罠などは設置していないが、もしも予想を超える速度で成長するようなら、いくつかやってみたい障害がある。
一体何人が完走できるのか、ちょっと楽しみだな。
「ししょお!」
おっと、俺が師匠となった原因がやってきた。
頬は紅潮し、息を弾ませ、親を見つけた子犬みたいに寄ってくる。尻尾でも付けていれば、ブンブン! と振られていたに違いない。残念ながら彼女はただの人間な為、そういう類のもふもふは付属していなかった。
アオイ・ヤブサメ。
普段は真っ直ぐに背中に流している髪を、今は二つに束ね、左右に垂らしている。
将来間違いなく美人になると十人中十人が断言するだろう、十二歳の少女である。
一見人形じみた細身でありながら、その実もっとも身軽に動き回る、運動神経抜群の女の子だ。
魔法が使いたい! と願ってやまなかった彼女は、念願の魔法を手にいれながらも、なぜか魔法を使わない俺の訓練にまで積極的に参加していた。
「なあアオイ」
「はい! なんですかっ」
「あっちでミルヴァが魔法の授業してるけど?」
俺はそっちを指差した。その先では、
「「『ライトニング』ッ!」」
講師役であるミルヴァともう一人。純粋なエルフよりもやや短めの、尖った耳をしたクラス唯一のハーフエルフ。
リーネ・ファウランが、魔法を撃ち合っていた。
魔法の技術に難があって不適合クラスへ来たわけではない彼女には、俺の方針はどうにも不満だったらしい。
あれから数日が経過しても、彼女だけは俺に対して硬い態度を取り続けた。マークやアオイなど、他の生徒の手前、それを一定以上表に出す事はなかったが。
どうしたもんかと唸っていたところ、ミルヴァから「私がやりましょうか?」と打診を受けた。ちょっとした『荒療治』がやりたかったらしい。
要は、ただひたすらに――魔法で打ちのめす。
魔法に自負のあるリーネだが、逆をいえば“それだけしか自信がない”現われとも言える。
その一点すら未熟なのだと、徹底的に鼻っ柱を圧し折ってやった結果が、あれ。
「――――!」
戦場で、単独で戦車と相対する羽目になった新兵みたいに必死の形相で抵抗している、サバイバーじみた眼差し。
心を折られ、恐怖に竦んで脚が止まろうとも、時間になれば毎回向こうから襲ってくるのだから抵抗しなければヤられてしまう。
結果、恐怖を超越した本能全開の動きで。普段と比べ数割り増しされた力でもって、ミルヴァと激闘を繰り広げるのがここ数日見慣れた光景となっていた。
放たれた魔法は、二人のちょうど中間地点でぶつかり合い、鍔迫り合いにも似た駆け引きを展開する。
……あれは、一週間前の戦いで見せられた魔法だな。あれで“一回殺されている”わけだし、リーネの魔法はかなりの威力なはずなんだが。
「――くッ!?」
明らかに表情を歪めているのは、そのリーネの方だった。まだ撃ち負けたというほどではないが、魔法の反動を支えている両足が、徐々に後退していく。
対するミルヴァは、余裕綽々な雰囲気で「~~♪」とばかりに鼻歌を歌っていた。なんて失礼なヤローだ、リーネの後ろから変顔でもして笑わせてやろうか。
今日もいつもと同じ結果に終わりそうだが、それはひとまず置いて、目の前の少女に向き直る。
アオイも同時に視線を戻していた。
「してますね」
それがなにか? とでも続きそうな、心底不思議そうな顔でこちらをみている。
「お前、魔法の訓練したいならあっちの授業へいくべきなんじゃねぇの?」
別に意地悪で言ったつもりはなく、純粋な疑問が口を突いた。
おちゃらけたところはあるが、素人目に見てもミルヴァは間違いなく一線級の魔法士だ。しかも学園の卒業生。魔法士を志す者としては学びたい事が色々とあるだろうに。何故にこの子はそれに優先してまで、俺の授業に出てくるのか。
すると黒髪の少女は、運動により火照っていた肌を、さらに紅く昂ぶらせた。
「だって、ししょおですから!」
「……あ、そう……」
理由になってねえ!?
いや、魔法の使い方を教えた事を恩に着てくれているのは解ってる。それだけ大きなコンプレックスだったのだろうと、解ってはいるのだ。
頭の回転が速く、知識もある。それでいて運動も一通りの基本動作はこなせるレベルにある。魔法を使える様になるために、ありとあらゆる努力をした証だろう。
だからこそ、こうして魔法が使える様になった今、全力でそれに打ち込んで構わないと思うのだ。彼女の才と向上心。この二つが揃えば、新たな領域に手を届かせる事も不可能ではないはず。
俺としてはそのせっかくの才能を、軽い気持ちでしたアドバイスの為に浪費させてしまっている様な気がして仕方がない。
悪いことをしたのではないのだから、罪悪感――というのは少し違うが、どうにも気になってしまう。
まずいな。どうにも中途半端だ。
突き放して魔法の道へ歩かせるわけでもなく、割り切って本格的な肉体訓練に取り組むでもない。彼女には基礎の繰り返しでお茶を濁している。他のやつらにはもっときついメニューを組んだりもしているというのに、そいつらよりしっかりと鍛えられているアオイには態度を決めかねている。
この状況は良くないものだ。
「なんとかしないとなぁ……」
「? 何か言いました?」
「気のせい」
「気のせいならしかたないですね!」
懐いてからいきなり明るくなった気がしていたが、実際にはこれがアオイという少女の本来の性格だったんだろう。
その笑みは、年齢相応の無邪気さでもって、自然に咲いていた。
アルティや学園長の様な、似非ロリではない。本当の少女の笑みに癒されていると、
『緊急招集、緊急招集。今から名前を呼ばれた者は、至急会議室へと集合して下さい』
「む……」
きたか……そろそろ何かある予感はしてたんだ。
ぶっ倒れたリーネを介抱しているミルヴァも、顔を上げて放送を聞いていた。
一週間、そう一週間である。
大きな問題が一つ片付いたかと思えば、さらに大きな問題が浮上してくる。『ヘイト』が引き寄せる不幸のせいで人生常にままならない。
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