死神共同生活
第5話 冒険者たち
前回までのあらすじ。
転移した俺は王宮でミレアにグリタリス法国ののスパイ扱いをされ、指名手配となった。しくしく。
そこには四つの席があった。その座椅子は高級過ぎず、かといってホコリをかぶった古椅子のように安過ぎず、シンプルと言う言葉に近いデザインの椅子が五つ、円卓を囲むように配置され、そのそれぞれの椅子に異様な覇気を放つ存在が座している。
「なぁ、会議って言っても大して話すことも無ぇんだろぉ?んなら俺は帰って寝てぇんだけど」
横向きに座り、右肘を卓につきながらその手に顎を乗せて気怠そうにする男が言った。男の体にはそこかしこに模様が描かれており、要は入れ墨のようなものだが、それが顔を含む全身に黒く描かれていて、その不気味さは覇気のみではないと分かる。
「まあ待ちましょうよ、ゲルベットさん」
その男を少し宥める存在が一人。ゲルベット、と呼ばれる男の向かい側に座り、明るく優しい声音で話している青年。髪は綺麗な金色で、育ちが良さそうな顔立ち、細身の体にスーツのようなものを身に纏い、横には重そうな大剣がどしんと構えている。とてもアンバランスだ。
「つってもよぉ。ボスが来てないんじゃ、会議なんてやる意味ねぇだろうが。だろ、ツルギ」
ゲルベットなる男はその青年をツルギと呼んだ。ツルギは回答に迷う。
「そりゃそうですけど、ボスの命令なんですからとりあえず待機してましょうよ」
「めんどくせぇなぁ〜」
ゲルベットはツルギの説得も気にせず、椅子に体重をかけ、足を卓に乗せてくつろぎだした。それを見た隣の女が、眉をひそめて口を開いた。
「あんたねえ、まだ集まって3分も経ってないのよ?どうしてそんな短い時間も待てないのかしら、ほんとに短気ね」
「うるっせぇなリーシュ。オメェはまずそのガキみてぇな体をなんとかしてから言え」
女はリーシュというらしい。髪をツインテールに結び、小さい体で椅子に座っている。傍から見れば、子供にしか見えない。身につけている服は赤い大きめのボアコートのようなもの。ただ少し不可解なのは、その目が左右同色でないこと。稀に見る、オッドアイというものだろうか。左目は蒼く、右目は身に着けているコートのように真っ赤。
「あんた!もういっぺん言ってみなさいよ!こう見えてもねえ、あんたより何百歳も歳上なんだから!」
リーシュは椅子の上でぴょんぴょん跳ねながら必死の抵抗を見せる。
それを見かねた最後の存在が、面倒そうに口を開いた。
「あんたら、いつまでそんな痴話喧嘩続ける気かえ?ご主人が見たらがっかりするんとちゃう?」
「ぐ…」
「確かにそうね…」
二人は納得したように椅子に座り直した。二人を説得した大人の女性。着物に近い紫の布を身に纏い、髪は花魁のようにまとめられていて、髪には真っ赤な簪が刺さっている。目元には薄橙の化粧、口には紅色の口紅。花魁のような風貌をしている。その女が続ける。
「てかよ、お前のその方言見てぇなの何とかなんねぇのか?聞いてるとこっちまでゆっくりになるんだよ」
話題を変えるようにゲルベットが話しだした。
「ウチだってやりたくてやっとるわけやないんよ。この口調はウチの生まれた国の訛やさかい、生まれたときからのもんやからどうにもならんのやねぇ」
「それだよそれ!眠くなるからやめろ」
「だから、やめろって言っても無理だって言ってるじゃない。あんた亂花の話聞いてたの?」
「つい反応しちまうんだよ!しょうがねぇだろ!」
ゲルベットが亂花なる女性の口調に突っ込むとそれにリーシュが突っ込む。夫婦漫才のようなものを見せられている感覚だ。
「二人はいつも通りって感じですね〜……」
呆れたように愚痴をこぼすツルギなのであった。
そのとき、円卓の空気が変わった。先程まで和気藹々としていた空気が、刹那のうちにずっしりと重く悍ましいものになった。その原因は、円卓の階段の上にある玉座に座す存在に他ならない。
「あ、ボスだ」
「もう来てたのね」
ゲルベットとツルギがすぐに反応した。空気は悍ましいものだが、彼らにとってはこれが当たり前なのだ。慣れとは怖いものである。
「今来たところだ」
その男は、ゆっくりと立ち上がり、階段を降り円卓の前まで近づく。
「はて、もうあの件は済んだんですかえ?」
「ああ。今終わらせてきた」
「それで、ここに私らを集めた理由はなんですか?」
リーシュが淡々と問う。男は、眉を顰め……
「害虫が出た。それの駆除だ」
「いつもは各自で適当にやっとけって感じじゃないですか?それがぼくたちをわざわざ集めた理由になるんですか?」
ツルギは疑問に思い、質問をした。
今日のボスは何かがおかしい。そう思った。
「もしかして、なかなかの力を持つ虫なんどすか?」
「そうだ。今までとは比べ物にならんほどな」
「ほぇ〜、ボスがそんな風に言うのは初めてじゃねぇか?」
「ゲルベット。それほど敵は強力だ。お前のように油断していると、一瞬で足元をすくわれるぞ」
「平気っすよ。俺達が負けることなんてまずないっすから」
「その意見には賛成ね。"五本指"の私らに黒星つけられるやつなんて、そうそういないだろうし」
「所詮、虫は虫やからねぇ」
「お前たち、死ぬ気なのか?」
「は?」「え?」「はい?」「はえ?」
「圧倒的な力を持った生物は、やがて安堵を感じる。自分に勝てるものなど存在しないと歓喜し、安住する。そのような生物が、己よりも力を持った生物に遭遇したとき、その終わりは無様以外の何物でもない。お前たちは無様な死に体を晒して地獄に落ちるのか?落ちたくないのなら安住するな。常に焦燥しろ。自らの生命を常に守り続けるために警戒を怠るな。それが本来生物がとるべき行動だ」
男は感情の薄い言葉で場を制した。
「ご主人がそこまで言うんやったら、ウチもそうするしかあらへんなぁ」
「そうね」
「はぁ、仕事なら仕方ねぇか」
「久々の全力ですね」
全員、気持ちは同じらしい。皆、男へ燃えるような熱い視線を向けている。戦闘心だ。
「敵が大きな動きを見せ次第全員で向かう。各自準備しておけ」
「はいよ」
「分かりました」
「腕が鳴るわね」
「めんこい子だとええのう」
皆、ニヒルな笑みを浮かべてその時を待っている。
俺はギルドの扉を開け、ゆっくりと中に入った。
中には丸テーブルが8個ほどあり、テーブル一つに椅子が3,4個ついている。その大きなエントランスに入って右手には、受付嬢らしき女性が3人ほど受付に座っている。なるほど、ここでクエストとかが受理されるわけだな。にしても、人が多いな。こんなに多いもんなのか。テーブルは全て埋まってしまっている。というか……
すごく視線を感じる。確かに俺の着ている服はこの世界の人とは多少違うだろうが、それにしても視線が痛い。まさか、俺が指名手配犯だとバレたとか?
混乱する脳内をいちど落ち着かせ、平静を装う。余裕を持つんだ。こういうときに変に動揺してしまえば、もはや自分で悪いやつですと言ってるようなもの。だからこういうときは、あえて余裕を態度に出す。そうすれば、バレることはない。多分。
「おい、あれ見ろよ」「何だあの装備。見たことねぇぞ」
「相当強そうだな。何級だ?」「少なくともB、もしかするとAかもな」
冒険者たちが露骨にひそひそ話をしだした。何と言っているかは分からないが、間違いなく俺のことだろう。「あのマスク、センスねぇよな」とか言ってたら即効で燃やす。
「なあ、あんた」
「はい?」
突然背後から声をかけられ、咄嗟に返事をして振り返ると、そこには爽やかイケメンがいた。銀のゴツゴツした鎧を身に纏い、背中には太刀のようなものを担いでいる。まるでモンス○ーハンターだな。
「あんた、冒険者だよな?」
「いえ、まだ違います」
「まだってことは、登録はしてないのか」
登録?気になったので質問してみた。分からないことは何でも質問する。ファンタジーゲームの定石だな。
「登録って何ですか?」
「あんた登録も知らないのか?」
「はい、遠い所からきた田舎者なので」
「その装備を見る限り只者じゃねぇと思ってたんだが、あんた坊っちゃんか?」
少し小馬鹿にするように男は言った。どちらかというと甘えた生活はしてきてないから、坊っちゃんではないか。だが男からすれば、最上級の装備をつけている人が、これから冒険者になると言われたら、その答えが一番先に出るのは当たり前ではあるか。
「この装備は友人から譲り受けたものなんです。あの、登録とはどうすれば……」
「登録は、受付に『新規なんですけど』って言えば書類をくれるぜ。それを書いて出せば、冒険者プレートが貰えるっていう流れだ。最初はE級からだが、コツコツ依頼をこなしてけば、Cまでは簡単に行けるさ」
「あ、ちなみに」と男は付け足し……
「冒険者には階級があって、実質EからAまである。本当はAの上にS級って言うのがあるんだが、S級の冒険者なんて聞いたことねぇから、多分いないんだろうな。てことで、実質A級までなんだよ」
「なるほど」
男は親切に、そして丁寧に教えてくれた。とりあえず、俺は冒険者登録をしなきゃいけないな。
「ありがとうございました」
男に礼をしておく。優しい人だな。
「構わねぇよ。また困ったことがあったら聞いてくれ。依頼に出てるとき以外は大抵、ここにいるからよ」
俺は席に戻ってゆく男の背中を見ていた。名前ぐらい聞いておけばよかっただろうか。今はまず、冒険者登録が先だな。
受付に向かい、受付嬢に声をかける。
「あの、冒険者登録をしたくて」
「新規の方ですね。ではこちらにお名前と性別を」
そう言って名前の書く欄がある書類と万年筆を渡された。
「あ……」
そういえば……この世界の文字、知らない。
や、やばい。どうすれば。書いてもらうしかないか。
「すいません、字が分からなくて…」
「それでは代筆いたしますので、お名前を教えて下さい」
「ヤジマ ユウです」
「はい。ヤジマ ユウ様ですね。書類は完成しましたので、冒険者プレートを今お持ちしますね」
「はい、お願いします」
待っている間、背中の方から視線を感じたので、振り返らずに耳を澄ましてみると。
「おい、あの見た目で新規だってよ」「人は見かけによらないねぇ」
「てっきり流離いのベテラン冒険者かと思ったんだけどな。マスクとかつけててミステリアスだし」
マスクは好評みたいだな、よしよし。それはさておき、やっぱりこの見た目で新規はおかしいのだろうか。まあいいか。これから生活していくために難易度の高い依頼も受けることだろうし。誰しも最初は向かい風に立つんだからな。
「お待たせしました。こちらが冒険者プレートになります」
「あ、どうも」
これが冒険者プレートか。手のひらサイズの長方形の銀板に、文字が書かれている。おそらく、これがこの世界の"E "なのだろう。
「おめでとうございます。これであなたは冒険者となりました。依頼書が掲示されている掲示板はあちらにありますので、受けたい依頼書を手に取っていただいて、こちらの受付までお持ちください。依頼書の貼り替えは毎朝八時となっています。何か質問などございますか?」
「ここあたりで、一番安い宿ってどこですか?」
「そうですね……、"アレスの宿"がおすすめですかね。一泊夜の食事付きで銅貨4枚です」
はたして、銅貨4枚が安いのかどうかもわからないのだが、とりあえずはそこにしておくか。金銭基準は買い物で把握するとして、まずは依頼を受けなきゃ始まらん。バリバリ働くぞ〜。
「ありがとうございます」
「何か他にご質問はありませんか?ないようでしたら登録は終了となります」
よし、登録が終わった。これで俺は新人冒険者となったわけだ。まずは宿泊金探しだな。
というわけで、掲示板に向かう。俺はここで、また転移の弊害を受けることになる。
「あ……」
字読めねぇ。完全に忘れてた〜。今さっきそのやり取りしたばっかだろうが。何か、何かないか。
あ!グリムからもらったアイテムで、何かないか。
俺はポーチの中をガサゴソ探してみると、不思議な形をしたルーペのようなものを見つけた。試しにそれを依頼書にかざして見ると、文字がうねり始めた。そしてみるみるうちに日本語に変わったのだ。
おぉ!何だこの魔法のアイテムは?!
こういう事態に備えてグリムが用意してくれたのだろう。ほんと、用意周到過ぎて怖い。
俺が今見ている依頼書は、どうやら薬草の採取の依頼らしい。またなんとも初級クエストのテンプレって感じだな。えーと、なになに。
〈採取依頼〉
場所:カリバスの郊外
内容:青い花の薬草の採取 二十本
報酬:銅貨 二十枚
推奨階級:E級以上
なるほど。カリバスの郊外に咲いている青い花の薬草を20本採取してくればいいんだな。報酬は銅貨20枚か。お、ギルドからの地図まで描いてある。E級以上なら誰でもOKの依頼だから報酬は少ないと考えても、アレスの宿とやらに泊まれば5泊はできる。これからどんどん金が必要になることは間違いない。とにかく稼がなくては。
カリバスの繁華街から歩いて15分ほど。カリバス郊外、あたり一面に広がる十花十色の花たち。すんげぇ綺麗だな。空気もおいしいし、このまま寝っ転がったら寝てしまいそうになる。そんなゆったりとした空気は、予想外に壊された。
寒気がした。
焦って背後を見やると、そこにはただ畑があるだけ。畑には、備中鍬のようなもので畑を耕すお年寄りがいる。気のせいか。あれだ、きっと異世界に来て体が拒否反応みたいなのを起こしてるんだろう。根拠はないけど。そんなことより、農業もやってるんだな、この国。
「おやそこの人、採取依頼かの」
「あ、はい。薬草採取をしてまして」
じっと見ていると、声をかけられた。適当に返しておく。おじいさんで、腰は曲がってはいないが、ひょろっとしている。しかし髪はオールバックで、輪郭も骨ばっているから、顔は凛々しい。
「何を探しとるのかの」
「えーと、青い花びらの薬草です」
「ほぉ、アオバナかの」
「アオバナ?」
「花びらをすり潰して茎汁と混ぜると薬になるんじゃよ。傷口に塗れば早く治るし、水に溶かして飲めば風邪薬にもなる。万能薬の素じゃよ」
「へぇ。そうなんですか」
このおじいさん、物知りだな。この世界で少しの間暮らすことになりそうだし、今後この人に色々聞いて情報を集めるのもいいかもしれない。
「あの、また何か分からないことがあったら聞きに来てもいいですか?」
「構わんよ。こんな老いぼれの世間話を聞いてくれるなんて物好きな人だよ」
そう言っておじいさんは、鍬で再び畑を耕し始めた。よし、さっさと終わらせてしまおう。
採取は二時間ほどで終わった。だいぶ時間がかかってしまった。腰も痛いし。早く休みたい。薬草を束紐でまとめ、ポーチにしまう。よし、帰るか。まあ帰ると言っても、ギルドだけど。空はだいぶ青黒くなってきて、夜の訪れを感じさせた。
来た道をそのまま戻り、ギルトに帰ってきた。ドアを開けると、今さっき見たばかりの光景が蘇った。多少違うところを挙げるなら、冒険者がワイワイ酒を飲んでいるところか。
昼間は酒を飲んでおらず、席で話をしているだけだったのが、今は同じ席の人間と楽しそうに酒を堪能している。
「お、帰ってきたか」
左から声をかけられ、そちらを向くと、少し前に色々教えてくれたイケメン冒険者だった。
「何の依頼だ?」
「ええと、薬草採取です」
「採取か。まあ、最初の依頼はそんなもんだ。受付に依頼書と採取物持ってけば報酬と交換してもらえるからな」
「はい、ありがとうございます」
わざわざ教えるために話しかけてくれたのか。本当にいい人だな、あのイケメン。さぞかしモテるんだろうな。
俺は言われた通り受付で依頼書と採取物を渡し、報酬として銅貨20枚を貰った。バイトの初給料みたいな感覚だ。ついでに宿の場所も聞いた。今日からそこが俺の住処になるからな。
言われた場所に向かおうとギルドを出かけたとき、また声をかけられた。イケメンだった。
「なあ、これから少し時間あるか?」
「え?」
「もしあんたが良ければなんだか、一緒に飲まなねぇ?」
突然の誘い。イケメンが指差す方を見ると、女性が二人いる。え、なにこれ合コン?
「いや、でも俺お金持ってないんで……」
「俺が出すから気にすんなって!な、いいだろ?」
く…。ここまで言われると断れない。俺は内心でため息をつき、了承の返事をした。
「それじゃあお言葉に甘えて」
「よっしゃ!こっちだ」
イケメンについていく。そこには先程の女性が二人。片方は可愛い系、もう片方は大人美人系。どちらも容姿は整っている。
「ささ、座った座った」
俺は半ば強引にその二人の間に座らされ、木製のジョッキを渡された。
「それじゃあ、新入り冒険者の初依頼達成を祝って……」
「「かんぱーい!!」」
「え?」
イケメンの声を筆頭に、二人の女性が乾杯をする。
俺は状況が飲み込めず、たじろいでしまった。
「主役が何ぼうっとしてんだよ!ほら飲んだ飲んだ!」
や、やめろ!ジョッキをグイグイ押すな!俺はまだ未成年なんだぞ!飲んだら法律違反なんだぞ!
「いや、俺未成年なんで……」
「え?そうなの?」
「あ、はい」
いや、気づいてなかったのか。気づいてたら流石に勧めないか。いや待てよ。気づかなかった原因ってこのマスクじゃないか?これしかないだろ。というか、異世界にも未成年の概念は流石にあるんだな。
「いやー悪いな!背もまあまあ高いから大人かと思ってたんだが」
「いえ、俺がマスクをつけてたからですよね」
「そうなんだけどよ。ていうか、俺ってことは、男なのか?」
「はい、そうですけど……」
「細身だからてっきり女かと……」
おいおい、いくら細身だからってそれはないだろ。確かに声はそこまで低くないから女性と間違われる可能性もあるかもしれないけど。まあいいか。とりあえず、この状況をいち早く脱出したい。
「私は一目見て男だって分かったわよ?だってこんなにイイ筋肉してるんだもの……」
そう言って大人美人系の女性が俺の上腕二頭筋をタッチ。さりげないボディタッチで異性をオトすビッチ系も追加されたようだ。前の俺ならあっさり意識してしまっていたかもしれないが、今は違う。俺にはグリムという愛すべき女性がいるからな!死神だけど。容姿は比べ物にならないし中身だって非の打ち所がないんだからな。そんな人(死神)が彼女なら、ボディタッチ程度で舞い上がるはずがない。甘いな、大人美人ビッチ系。
「特に鍛えてはないんですけどね」
「またまたぁ。ねぇ、そのマスク取ってよ」
そうきたか。まあ取らんけど。ただ、理由を考えなきゃな。
「それはできないんです。すみません」
「結構硬派なのね。私のタイプよ」
いや、あなたのタイプは聞いてないんですが。
「そういえばまだ名前聞いてなかったわね。名前は?」
だいぶ近距離で名前を尋ねられたが、スルッとスルーして名乗ろうとして……はっとなった。
そうだ、俺は指名手配されているんだ。俺の見た号外には名前は出ていなかったが、もしかしたら別のものには名前も載っているかもしれない。おそらく、ミレアには名前バレしているだろうし。
うーむ、偽名なんて持ってないしな……。グリムは死神だから、俺は悪魔とかだとなんか似たような感じで収まりがいいか。なら……
「アモン」
「アモン?」
「はい、アモンです」
ソロモン王が封印した七二柱の一柱の悪魔で、"隠されたるもの"・"不可解なるもの"という意味を持つ。今の俺にピッタリと考える。
「アモンくんはどうして冒険者に〜?」
大人美人ビッチ系が体をすり寄せながら質問をしてくる。おい、近いぞ。
「金を稼ぐためです。あと近いのでもう少し離れてください」
「あら、ほんとに硬派なのね」
俺がそう言うと、体をすっと引いてジョッキを呷り出した。
「おぉ、すげぇなアモン。そいつのお色気に騙されねぇなんて」
イケメンが俺を見てそう感嘆したように言った。俺も名乗ったのだし、あんたらも名前を教えてくれよな。
「おっと、まだ名乗ってなかったな。俺はウォリナー・トベスティ。ウォリナーでいいぞ」
イケメンの名はウォリナーだった。歯がキランと輝く。おーイケメン。その流れに乗り、大人美人ビッチ系女が続ける。
「私はレベッカ・グラウディア。二人からはベッキーって呼ばれてるけど、呼び方は何でもいいわよ?それで……」
レベッカさんは俺の隣を指差し、続きを促すような視線を向けた。
「ナ、ナーシャ・トベスティです……」
俯きながら小さな声でポツリと言った。ん?トベスティってことは……
「悪いなアモン。こいつ人見知りだからよ。お察しの通り、ナーシャは俺の妹だ」
ナーシャさんは、顔を赤くしながら下を向いたままだ。ナーシャさんの座る椅子には、おそらく木の杖であろうものがかけられている。
「そうなんですね。皆さんは、同じパーティでクエストをこなしてるんですか?」
「そうだな。他のパーティと合同でやるとき以外はずっとこのメンバーだな。編成は俺とベッキーが前衛、ナーシャが後衛だ」
「ということは、ナーシャさんは魔法使い?」
「そうだ。俺とレベッカは見ての通り剣士だ。アモンは攻撃型・サポート型、どっちだ?」
うむ、どっちだろう。火や水スキルで前からバンバン攻撃することもできるし、土、風、光、闇スキルで味方のステータスを上げたり相手の攻撃を阻害したりすることもできるから、一概にどっちとは決められないよな。
「そうですね、まだなりたてなのでどちらかは判断できませんが魔法は使えるので、サポートから始めようと思ってます。だけど知り合いがいないので、パーティを組む予定はなくて……」
「ならちょうどいい!」
ウォリナーさんは机を叩いて立ち上がり、大きな声でそう言った。何が丁度いいんだ?
「行くあてがないんなら、俺たちのパーティに入ろうぜ!後衛がナーシャだけで困ってたんだ」
「そうね、アモンくん頼りになりそうだし」
「わ、私のサポート、してくれるんですか?」
「いや、その……」
これは、断れる流れじゃないよな…。ナーシャさん、上目遣いで頼まれたら断れるわけがない。かわいいとかそういうのではなく、単に断るのが申し訳ないという意味で。でもこれって、よく考えたら得しかしないよな、俺。だって、ランク上の冒険者のパーティに入れてもらえるなんて。絶好のチャンスだな。
誰かと関係を持つといざというときに動きづらくなるかもしれないが、そこは上手くやろう。グリムたちは今頃どうしてるだろうか。俺は悪者にされてしまったわけだが、ミレアは王としての威厳は持っている。だから戦争が激しくなったときは、アモンとして手伝ってやるか。
とりあえず、パーティに入れてもらうとするかな。
「俺なんかで良ければ」
「本当か!いやー助かる!これからよろしくな、アモン!」
ウォリナーは立ち上がって俺の手をとり、握手の形をとった。
「これからよろしくね、アモンくん」
レベッカさんも、普通に挨拶してくれた。普通でいいんだよ、普通で。
「はい。よろしくお願いします」
「あ、あの……、これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします、ナーシャさん。分からないことばかりなので、色々教えてくださいね。あと敬語じゃなくていいですよ、多分俺のほうが年下なんで」
「は……、う、うん。わかった」
「アモン、お前歳いくつだ?」
「16です」
「16?!」
ウォリナーが声を上げながら立ち上がった。立ったり座ったり忙しいなウォリナーさん。
「思ってたより若いのね…」
驚きを含む声音でレベッカさんが言った。
「わ、私よりすごく下だった……」
ナーシャさんも驚いたように声を漏らす。え、なに。16歳で冒険者ってそんなに異例なの?
「16歳で冒険者を始めるのって珍しいんですか?」
「珍しいも何も、冒険者を始めるのは成人からってのが暗黙の了解なんだよ。成人を迎えてねぇガキンチョが冒険者を始めると、C級のクエストで大抵の輩が死ぬか、仲間を失うのさ。俺はそんなやつを何人も見てきた。稀に成人を迎える前から冒険者を始めてB級やA級まで登り詰めるやつがいるが、そんなのは伝説級の力を持ってなきゃ無理だ」
「そうなんですか…」
若気の至り、というやつに似たものか。若いが故の過ち。取り返せない死という重い現実。軽はずみな気持ちで挑んだクエストで自らの、仲間の命を落とし、心を折られる。それは、とても苦しいことだ。
命が消される辛さは、知っている。
だが。俺はそうなるつもりは毛頭ない。
「俺が死ぬことはあっても、皆さんを死なすことは絶対にありません」
ここは新人らしく弱さを見せておくのがベター。
「馬鹿野郎、お前も死んじゃいけねぇんだよ」
「なら、私たちが守ればいいじゃない。アモンくんが私たちを守って、私たちがアモンくんを守る。仲間らしくていいんじゃない?」
ありがちな名言のようなものを言うレベッカさん。
「こういうときだけいいこと言うよな、ベッキー」
そこにツッコミを入れるウォリナーさん。
「何よその言い方。私がいつも変なことしか言ってないみたいじゃない」
「みたいじゃなくて、実際そうだし…」
そこにナーシャさんが追い打ちをかける。どうやらこのテーブルにレベッカさんの味方はいないらしい。
「ちょっとナーシャまで!ねぇアモンく〜ん」
「すみません、俺宿を取りに行かなきゃいけないので」
「アモンくんまで〜!」
程よくレベッカさんをいじっておき、俺は席から立ち上がった。
「それでは、これからよろしくお願いします」
「おう!」「よろしくね?「よ、よろしく」
俺は3人の返事を聞き、ギルドをあとにした。
受付嬢に教わった道を行き、5分ほどで着いた。
アレスの宿。
外装はこじんまりとしていて、木材で作られた感満載の建物だ。地震とか来たら即アウトだろ、これ。
だが、中は思ったより綺麗で驚いた。俺の案内された部屋は、シングルベッドと机、食卓のみと言った、至ってシンプルな部屋だ。広さは10畳ほどで、最安の宿にしてはすごく快適な気がする。シャワーも浴びれるしトイレも共同じゃない。そう考えたら他の宿がとても気になるところだが、俺はこの宿でも十分満足できる。コートをハンガーラックにかけ、ベッドにダイブ。やってみたかったんだよな、これ。
と、ちょうどのタイミングで宿主のおばさんが晩飯をもってきてくれ、食べた。フランスパンのようなパンと少し味の薄いシチューのようなスープ。そして焼かれたよくわからん動物の肉だった。肉が小ぶりなことが少し残念だが、我慢して食べた。このままだと寝る前に腹が減りそうだな。正確な時刻は分からないが、空の明るさから考えるに、9時前後だろう。この時間に店が空いてるか分からないが、とりあえず外に出てみるか。
俺はコートも着ずにシャツのまま外にでて、食べ物の店を探した。う〜、寒い。昼はそこまでではなかったが、夜は寒いな。日本で言うと、だいたい11月くらいだろうか。
適当にブラブラ歩いていると、肉屋を見つけた。
「すみません」
「はいよ」
そこには網の上に串に刺された肉が焼かれている光景が広がっていた。これはまさか、焼き鳥?!
少し生臭さはあるものの、なんとも食欲をそそられる匂い。
「この串、2本ください」
「はいよ、鉄貨50枚だ」
鉄貨?なんだそれ。とりあえず銅貨を一枚だしておく。
「50枚の釣りだ」
50枚返ってきた。てことは、銅貨1枚=鉄貨100枚
ってことか。なるほどな。
「毎度あり!」
俺は串の入った紙袋を受け取り、宿に戻った。
宿に戻り、串を食らう。うん、少し生臭いが美味い。少し甘めな味付けがされていて、余計腹が減るような感覚を味わう。あっという間に2本平らげてしまった。空腹感はなくなった。
俺はポーチを整理しようと開くと、記憶の彼方にあったものを手に取った。
「あ、これ」
俺が手に取ったのはウシバナなる植物。店主によれば、花びらを潰して髪に塗り込めば、脱色できるらしい。少しでも変装を本格化するために買ってみたものだ。マスクをしているから平気だとは思うが、念には念をということでね。俺はその束をポーチから取り出し、マスクを外した。シャワールームの鏡の前に立ち、束の花びら全部を潰して髪に塗り込み始めた。
少し時間が経って、頭皮がヒリヒリし始めた。何だこれ、ちょっと痛いぞ。手もピリピリする。ひょっとして、何か間違えたか?とりあえず続けていると、痛みは増していった。30分ほど経った頃には、頭が焼けるように痛く、指も同様に激痛が走っていた。幸い俺には自動再生があるため、水で手を洗ったら痛みは消えたが、頭の方は依然にして激痛。もう我慢できず、髪を水で流した。すると……
「……え?」
そこには、呆けた顔で正面を見る白髪の俺がいた。
転移した俺は王宮でミレアにグリタリス法国ののスパイ扱いをされ、指名手配となった。しくしく。
そこには四つの席があった。その座椅子は高級過ぎず、かといってホコリをかぶった古椅子のように安過ぎず、シンプルと言う言葉に近いデザインの椅子が五つ、円卓を囲むように配置され、そのそれぞれの椅子に異様な覇気を放つ存在が座している。
「なぁ、会議って言っても大して話すことも無ぇんだろぉ?んなら俺は帰って寝てぇんだけど」
横向きに座り、右肘を卓につきながらその手に顎を乗せて気怠そうにする男が言った。男の体にはそこかしこに模様が描かれており、要は入れ墨のようなものだが、それが顔を含む全身に黒く描かれていて、その不気味さは覇気のみではないと分かる。
「まあ待ちましょうよ、ゲルベットさん」
その男を少し宥める存在が一人。ゲルベット、と呼ばれる男の向かい側に座り、明るく優しい声音で話している青年。髪は綺麗な金色で、育ちが良さそうな顔立ち、細身の体にスーツのようなものを身に纏い、横には重そうな大剣がどしんと構えている。とてもアンバランスだ。
「つってもよぉ。ボスが来てないんじゃ、会議なんてやる意味ねぇだろうが。だろ、ツルギ」
ゲルベットなる男はその青年をツルギと呼んだ。ツルギは回答に迷う。
「そりゃそうですけど、ボスの命令なんですからとりあえず待機してましょうよ」
「めんどくせぇなぁ〜」
ゲルベットはツルギの説得も気にせず、椅子に体重をかけ、足を卓に乗せてくつろぎだした。それを見た隣の女が、眉をひそめて口を開いた。
「あんたねえ、まだ集まって3分も経ってないのよ?どうしてそんな短い時間も待てないのかしら、ほんとに短気ね」
「うるっせぇなリーシュ。オメェはまずそのガキみてぇな体をなんとかしてから言え」
女はリーシュというらしい。髪をツインテールに結び、小さい体で椅子に座っている。傍から見れば、子供にしか見えない。身につけている服は赤い大きめのボアコートのようなもの。ただ少し不可解なのは、その目が左右同色でないこと。稀に見る、オッドアイというものだろうか。左目は蒼く、右目は身に着けているコートのように真っ赤。
「あんた!もういっぺん言ってみなさいよ!こう見えてもねえ、あんたより何百歳も歳上なんだから!」
リーシュは椅子の上でぴょんぴょん跳ねながら必死の抵抗を見せる。
それを見かねた最後の存在が、面倒そうに口を開いた。
「あんたら、いつまでそんな痴話喧嘩続ける気かえ?ご主人が見たらがっかりするんとちゃう?」
「ぐ…」
「確かにそうね…」
二人は納得したように椅子に座り直した。二人を説得した大人の女性。着物に近い紫の布を身に纏い、髪は花魁のようにまとめられていて、髪には真っ赤な簪が刺さっている。目元には薄橙の化粧、口には紅色の口紅。花魁のような風貌をしている。その女が続ける。
「てかよ、お前のその方言見てぇなの何とかなんねぇのか?聞いてるとこっちまでゆっくりになるんだよ」
話題を変えるようにゲルベットが話しだした。
「ウチだってやりたくてやっとるわけやないんよ。この口調はウチの生まれた国の訛やさかい、生まれたときからのもんやからどうにもならんのやねぇ」
「それだよそれ!眠くなるからやめろ」
「だから、やめろって言っても無理だって言ってるじゃない。あんた亂花の話聞いてたの?」
「つい反応しちまうんだよ!しょうがねぇだろ!」
ゲルベットが亂花なる女性の口調に突っ込むとそれにリーシュが突っ込む。夫婦漫才のようなものを見せられている感覚だ。
「二人はいつも通りって感じですね〜……」
呆れたように愚痴をこぼすツルギなのであった。
そのとき、円卓の空気が変わった。先程まで和気藹々としていた空気が、刹那のうちにずっしりと重く悍ましいものになった。その原因は、円卓の階段の上にある玉座に座す存在に他ならない。
「あ、ボスだ」
「もう来てたのね」
ゲルベットとツルギがすぐに反応した。空気は悍ましいものだが、彼らにとってはこれが当たり前なのだ。慣れとは怖いものである。
「今来たところだ」
その男は、ゆっくりと立ち上がり、階段を降り円卓の前まで近づく。
「はて、もうあの件は済んだんですかえ?」
「ああ。今終わらせてきた」
「それで、ここに私らを集めた理由はなんですか?」
リーシュが淡々と問う。男は、眉を顰め……
「害虫が出た。それの駆除だ」
「いつもは各自で適当にやっとけって感じじゃないですか?それがぼくたちをわざわざ集めた理由になるんですか?」
ツルギは疑問に思い、質問をした。
今日のボスは何かがおかしい。そう思った。
「もしかして、なかなかの力を持つ虫なんどすか?」
「そうだ。今までとは比べ物にならんほどな」
「ほぇ〜、ボスがそんな風に言うのは初めてじゃねぇか?」
「ゲルベット。それほど敵は強力だ。お前のように油断していると、一瞬で足元をすくわれるぞ」
「平気っすよ。俺達が負けることなんてまずないっすから」
「その意見には賛成ね。"五本指"の私らに黒星つけられるやつなんて、そうそういないだろうし」
「所詮、虫は虫やからねぇ」
「お前たち、死ぬ気なのか?」
「は?」「え?」「はい?」「はえ?」
「圧倒的な力を持った生物は、やがて安堵を感じる。自分に勝てるものなど存在しないと歓喜し、安住する。そのような生物が、己よりも力を持った生物に遭遇したとき、その終わりは無様以外の何物でもない。お前たちは無様な死に体を晒して地獄に落ちるのか?落ちたくないのなら安住するな。常に焦燥しろ。自らの生命を常に守り続けるために警戒を怠るな。それが本来生物がとるべき行動だ」
男は感情の薄い言葉で場を制した。
「ご主人がそこまで言うんやったら、ウチもそうするしかあらへんなぁ」
「そうね」
「はぁ、仕事なら仕方ねぇか」
「久々の全力ですね」
全員、気持ちは同じらしい。皆、男へ燃えるような熱い視線を向けている。戦闘心だ。
「敵が大きな動きを見せ次第全員で向かう。各自準備しておけ」
「はいよ」
「分かりました」
「腕が鳴るわね」
「めんこい子だとええのう」
皆、ニヒルな笑みを浮かべてその時を待っている。
俺はギルドの扉を開け、ゆっくりと中に入った。
中には丸テーブルが8個ほどあり、テーブル一つに椅子が3,4個ついている。その大きなエントランスに入って右手には、受付嬢らしき女性が3人ほど受付に座っている。なるほど、ここでクエストとかが受理されるわけだな。にしても、人が多いな。こんなに多いもんなのか。テーブルは全て埋まってしまっている。というか……
すごく視線を感じる。確かに俺の着ている服はこの世界の人とは多少違うだろうが、それにしても視線が痛い。まさか、俺が指名手配犯だとバレたとか?
混乱する脳内をいちど落ち着かせ、平静を装う。余裕を持つんだ。こういうときに変に動揺してしまえば、もはや自分で悪いやつですと言ってるようなもの。だからこういうときは、あえて余裕を態度に出す。そうすれば、バレることはない。多分。
「おい、あれ見ろよ」「何だあの装備。見たことねぇぞ」
「相当強そうだな。何級だ?」「少なくともB、もしかするとAかもな」
冒険者たちが露骨にひそひそ話をしだした。何と言っているかは分からないが、間違いなく俺のことだろう。「あのマスク、センスねぇよな」とか言ってたら即効で燃やす。
「なあ、あんた」
「はい?」
突然背後から声をかけられ、咄嗟に返事をして振り返ると、そこには爽やかイケメンがいた。銀のゴツゴツした鎧を身に纏い、背中には太刀のようなものを担いでいる。まるでモンス○ーハンターだな。
「あんた、冒険者だよな?」
「いえ、まだ違います」
「まだってことは、登録はしてないのか」
登録?気になったので質問してみた。分からないことは何でも質問する。ファンタジーゲームの定石だな。
「登録って何ですか?」
「あんた登録も知らないのか?」
「はい、遠い所からきた田舎者なので」
「その装備を見る限り只者じゃねぇと思ってたんだが、あんた坊っちゃんか?」
少し小馬鹿にするように男は言った。どちらかというと甘えた生活はしてきてないから、坊っちゃんではないか。だが男からすれば、最上級の装備をつけている人が、これから冒険者になると言われたら、その答えが一番先に出るのは当たり前ではあるか。
「この装備は友人から譲り受けたものなんです。あの、登録とはどうすれば……」
「登録は、受付に『新規なんですけど』って言えば書類をくれるぜ。それを書いて出せば、冒険者プレートが貰えるっていう流れだ。最初はE級からだが、コツコツ依頼をこなしてけば、Cまでは簡単に行けるさ」
「あ、ちなみに」と男は付け足し……
「冒険者には階級があって、実質EからAまである。本当はAの上にS級って言うのがあるんだが、S級の冒険者なんて聞いたことねぇから、多分いないんだろうな。てことで、実質A級までなんだよ」
「なるほど」
男は親切に、そして丁寧に教えてくれた。とりあえず、俺は冒険者登録をしなきゃいけないな。
「ありがとうございました」
男に礼をしておく。優しい人だな。
「構わねぇよ。また困ったことがあったら聞いてくれ。依頼に出てるとき以外は大抵、ここにいるからよ」
俺は席に戻ってゆく男の背中を見ていた。名前ぐらい聞いておけばよかっただろうか。今はまず、冒険者登録が先だな。
受付に向かい、受付嬢に声をかける。
「あの、冒険者登録をしたくて」
「新規の方ですね。ではこちらにお名前と性別を」
そう言って名前の書く欄がある書類と万年筆を渡された。
「あ……」
そういえば……この世界の文字、知らない。
や、やばい。どうすれば。書いてもらうしかないか。
「すいません、字が分からなくて…」
「それでは代筆いたしますので、お名前を教えて下さい」
「ヤジマ ユウです」
「はい。ヤジマ ユウ様ですね。書類は完成しましたので、冒険者プレートを今お持ちしますね」
「はい、お願いします」
待っている間、背中の方から視線を感じたので、振り返らずに耳を澄ましてみると。
「おい、あの見た目で新規だってよ」「人は見かけによらないねぇ」
「てっきり流離いのベテラン冒険者かと思ったんだけどな。マスクとかつけててミステリアスだし」
マスクは好評みたいだな、よしよし。それはさておき、やっぱりこの見た目で新規はおかしいのだろうか。まあいいか。これから生活していくために難易度の高い依頼も受けることだろうし。誰しも最初は向かい風に立つんだからな。
「お待たせしました。こちらが冒険者プレートになります」
「あ、どうも」
これが冒険者プレートか。手のひらサイズの長方形の銀板に、文字が書かれている。おそらく、これがこの世界の"E "なのだろう。
「おめでとうございます。これであなたは冒険者となりました。依頼書が掲示されている掲示板はあちらにありますので、受けたい依頼書を手に取っていただいて、こちらの受付までお持ちください。依頼書の貼り替えは毎朝八時となっています。何か質問などございますか?」
「ここあたりで、一番安い宿ってどこですか?」
「そうですね……、"アレスの宿"がおすすめですかね。一泊夜の食事付きで銅貨4枚です」
はたして、銅貨4枚が安いのかどうかもわからないのだが、とりあえずはそこにしておくか。金銭基準は買い物で把握するとして、まずは依頼を受けなきゃ始まらん。バリバリ働くぞ〜。
「ありがとうございます」
「何か他にご質問はありませんか?ないようでしたら登録は終了となります」
よし、登録が終わった。これで俺は新人冒険者となったわけだ。まずは宿泊金探しだな。
というわけで、掲示板に向かう。俺はここで、また転移の弊害を受けることになる。
「あ……」
字読めねぇ。完全に忘れてた〜。今さっきそのやり取りしたばっかだろうが。何か、何かないか。
あ!グリムからもらったアイテムで、何かないか。
俺はポーチの中をガサゴソ探してみると、不思議な形をしたルーペのようなものを見つけた。試しにそれを依頼書にかざして見ると、文字がうねり始めた。そしてみるみるうちに日本語に変わったのだ。
おぉ!何だこの魔法のアイテムは?!
こういう事態に備えてグリムが用意してくれたのだろう。ほんと、用意周到過ぎて怖い。
俺が今見ている依頼書は、どうやら薬草の採取の依頼らしい。またなんとも初級クエストのテンプレって感じだな。えーと、なになに。
〈採取依頼〉
場所:カリバスの郊外
内容:青い花の薬草の採取 二十本
報酬:銅貨 二十枚
推奨階級:E級以上
なるほど。カリバスの郊外に咲いている青い花の薬草を20本採取してくればいいんだな。報酬は銅貨20枚か。お、ギルドからの地図まで描いてある。E級以上なら誰でもOKの依頼だから報酬は少ないと考えても、アレスの宿とやらに泊まれば5泊はできる。これからどんどん金が必要になることは間違いない。とにかく稼がなくては。
カリバスの繁華街から歩いて15分ほど。カリバス郊外、あたり一面に広がる十花十色の花たち。すんげぇ綺麗だな。空気もおいしいし、このまま寝っ転がったら寝てしまいそうになる。そんなゆったりとした空気は、予想外に壊された。
寒気がした。
焦って背後を見やると、そこにはただ畑があるだけ。畑には、備中鍬のようなもので畑を耕すお年寄りがいる。気のせいか。あれだ、きっと異世界に来て体が拒否反応みたいなのを起こしてるんだろう。根拠はないけど。そんなことより、農業もやってるんだな、この国。
「おやそこの人、採取依頼かの」
「あ、はい。薬草採取をしてまして」
じっと見ていると、声をかけられた。適当に返しておく。おじいさんで、腰は曲がってはいないが、ひょろっとしている。しかし髪はオールバックで、輪郭も骨ばっているから、顔は凛々しい。
「何を探しとるのかの」
「えーと、青い花びらの薬草です」
「ほぉ、アオバナかの」
「アオバナ?」
「花びらをすり潰して茎汁と混ぜると薬になるんじゃよ。傷口に塗れば早く治るし、水に溶かして飲めば風邪薬にもなる。万能薬の素じゃよ」
「へぇ。そうなんですか」
このおじいさん、物知りだな。この世界で少しの間暮らすことになりそうだし、今後この人に色々聞いて情報を集めるのもいいかもしれない。
「あの、また何か分からないことがあったら聞きに来てもいいですか?」
「構わんよ。こんな老いぼれの世間話を聞いてくれるなんて物好きな人だよ」
そう言っておじいさんは、鍬で再び畑を耕し始めた。よし、さっさと終わらせてしまおう。
採取は二時間ほどで終わった。だいぶ時間がかかってしまった。腰も痛いし。早く休みたい。薬草を束紐でまとめ、ポーチにしまう。よし、帰るか。まあ帰ると言っても、ギルドだけど。空はだいぶ青黒くなってきて、夜の訪れを感じさせた。
来た道をそのまま戻り、ギルトに帰ってきた。ドアを開けると、今さっき見たばかりの光景が蘇った。多少違うところを挙げるなら、冒険者がワイワイ酒を飲んでいるところか。
昼間は酒を飲んでおらず、席で話をしているだけだったのが、今は同じ席の人間と楽しそうに酒を堪能している。
「お、帰ってきたか」
左から声をかけられ、そちらを向くと、少し前に色々教えてくれたイケメン冒険者だった。
「何の依頼だ?」
「ええと、薬草採取です」
「採取か。まあ、最初の依頼はそんなもんだ。受付に依頼書と採取物持ってけば報酬と交換してもらえるからな」
「はい、ありがとうございます」
わざわざ教えるために話しかけてくれたのか。本当にいい人だな、あのイケメン。さぞかしモテるんだろうな。
俺は言われた通り受付で依頼書と採取物を渡し、報酬として銅貨20枚を貰った。バイトの初給料みたいな感覚だ。ついでに宿の場所も聞いた。今日からそこが俺の住処になるからな。
言われた場所に向かおうとギルドを出かけたとき、また声をかけられた。イケメンだった。
「なあ、これから少し時間あるか?」
「え?」
「もしあんたが良ければなんだか、一緒に飲まなねぇ?」
突然の誘い。イケメンが指差す方を見ると、女性が二人いる。え、なにこれ合コン?
「いや、でも俺お金持ってないんで……」
「俺が出すから気にすんなって!な、いいだろ?」
く…。ここまで言われると断れない。俺は内心でため息をつき、了承の返事をした。
「それじゃあお言葉に甘えて」
「よっしゃ!こっちだ」
イケメンについていく。そこには先程の女性が二人。片方は可愛い系、もう片方は大人美人系。どちらも容姿は整っている。
「ささ、座った座った」
俺は半ば強引にその二人の間に座らされ、木製のジョッキを渡された。
「それじゃあ、新入り冒険者の初依頼達成を祝って……」
「「かんぱーい!!」」
「え?」
イケメンの声を筆頭に、二人の女性が乾杯をする。
俺は状況が飲み込めず、たじろいでしまった。
「主役が何ぼうっとしてんだよ!ほら飲んだ飲んだ!」
や、やめろ!ジョッキをグイグイ押すな!俺はまだ未成年なんだぞ!飲んだら法律違反なんだぞ!
「いや、俺未成年なんで……」
「え?そうなの?」
「あ、はい」
いや、気づいてなかったのか。気づいてたら流石に勧めないか。いや待てよ。気づかなかった原因ってこのマスクじゃないか?これしかないだろ。というか、異世界にも未成年の概念は流石にあるんだな。
「いやー悪いな!背もまあまあ高いから大人かと思ってたんだが」
「いえ、俺がマスクをつけてたからですよね」
「そうなんだけどよ。ていうか、俺ってことは、男なのか?」
「はい、そうですけど……」
「細身だからてっきり女かと……」
おいおい、いくら細身だからってそれはないだろ。確かに声はそこまで低くないから女性と間違われる可能性もあるかもしれないけど。まあいいか。とりあえず、この状況をいち早く脱出したい。
「私は一目見て男だって分かったわよ?だってこんなにイイ筋肉してるんだもの……」
そう言って大人美人系の女性が俺の上腕二頭筋をタッチ。さりげないボディタッチで異性をオトすビッチ系も追加されたようだ。前の俺ならあっさり意識してしまっていたかもしれないが、今は違う。俺にはグリムという愛すべき女性がいるからな!死神だけど。容姿は比べ物にならないし中身だって非の打ち所がないんだからな。そんな人(死神)が彼女なら、ボディタッチ程度で舞い上がるはずがない。甘いな、大人美人ビッチ系。
「特に鍛えてはないんですけどね」
「またまたぁ。ねぇ、そのマスク取ってよ」
そうきたか。まあ取らんけど。ただ、理由を考えなきゃな。
「それはできないんです。すみません」
「結構硬派なのね。私のタイプよ」
いや、あなたのタイプは聞いてないんですが。
「そういえばまだ名前聞いてなかったわね。名前は?」
だいぶ近距離で名前を尋ねられたが、スルッとスルーして名乗ろうとして……はっとなった。
そうだ、俺は指名手配されているんだ。俺の見た号外には名前は出ていなかったが、もしかしたら別のものには名前も載っているかもしれない。おそらく、ミレアには名前バレしているだろうし。
うーむ、偽名なんて持ってないしな……。グリムは死神だから、俺は悪魔とかだとなんか似たような感じで収まりがいいか。なら……
「アモン」
「アモン?」
「はい、アモンです」
ソロモン王が封印した七二柱の一柱の悪魔で、"隠されたるもの"・"不可解なるもの"という意味を持つ。今の俺にピッタリと考える。
「アモンくんはどうして冒険者に〜?」
大人美人ビッチ系が体をすり寄せながら質問をしてくる。おい、近いぞ。
「金を稼ぐためです。あと近いのでもう少し離れてください」
「あら、ほんとに硬派なのね」
俺がそう言うと、体をすっと引いてジョッキを呷り出した。
「おぉ、すげぇなアモン。そいつのお色気に騙されねぇなんて」
イケメンが俺を見てそう感嘆したように言った。俺も名乗ったのだし、あんたらも名前を教えてくれよな。
「おっと、まだ名乗ってなかったな。俺はウォリナー・トベスティ。ウォリナーでいいぞ」
イケメンの名はウォリナーだった。歯がキランと輝く。おーイケメン。その流れに乗り、大人美人ビッチ系女が続ける。
「私はレベッカ・グラウディア。二人からはベッキーって呼ばれてるけど、呼び方は何でもいいわよ?それで……」
レベッカさんは俺の隣を指差し、続きを促すような視線を向けた。
「ナ、ナーシャ・トベスティです……」
俯きながら小さな声でポツリと言った。ん?トベスティってことは……
「悪いなアモン。こいつ人見知りだからよ。お察しの通り、ナーシャは俺の妹だ」
ナーシャさんは、顔を赤くしながら下を向いたままだ。ナーシャさんの座る椅子には、おそらく木の杖であろうものがかけられている。
「そうなんですね。皆さんは、同じパーティでクエストをこなしてるんですか?」
「そうだな。他のパーティと合同でやるとき以外はずっとこのメンバーだな。編成は俺とベッキーが前衛、ナーシャが後衛だ」
「ということは、ナーシャさんは魔法使い?」
「そうだ。俺とレベッカは見ての通り剣士だ。アモンは攻撃型・サポート型、どっちだ?」
うむ、どっちだろう。火や水スキルで前からバンバン攻撃することもできるし、土、風、光、闇スキルで味方のステータスを上げたり相手の攻撃を阻害したりすることもできるから、一概にどっちとは決められないよな。
「そうですね、まだなりたてなのでどちらかは判断できませんが魔法は使えるので、サポートから始めようと思ってます。だけど知り合いがいないので、パーティを組む予定はなくて……」
「ならちょうどいい!」
ウォリナーさんは机を叩いて立ち上がり、大きな声でそう言った。何が丁度いいんだ?
「行くあてがないんなら、俺たちのパーティに入ろうぜ!後衛がナーシャだけで困ってたんだ」
「そうね、アモンくん頼りになりそうだし」
「わ、私のサポート、してくれるんですか?」
「いや、その……」
これは、断れる流れじゃないよな…。ナーシャさん、上目遣いで頼まれたら断れるわけがない。かわいいとかそういうのではなく、単に断るのが申し訳ないという意味で。でもこれって、よく考えたら得しかしないよな、俺。だって、ランク上の冒険者のパーティに入れてもらえるなんて。絶好のチャンスだな。
誰かと関係を持つといざというときに動きづらくなるかもしれないが、そこは上手くやろう。グリムたちは今頃どうしてるだろうか。俺は悪者にされてしまったわけだが、ミレアは王としての威厳は持っている。だから戦争が激しくなったときは、アモンとして手伝ってやるか。
とりあえず、パーティに入れてもらうとするかな。
「俺なんかで良ければ」
「本当か!いやー助かる!これからよろしくな、アモン!」
ウォリナーは立ち上がって俺の手をとり、握手の形をとった。
「これからよろしくね、アモンくん」
レベッカさんも、普通に挨拶してくれた。普通でいいんだよ、普通で。
「はい。よろしくお願いします」
「あ、あの……、これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします、ナーシャさん。分からないことばかりなので、色々教えてくださいね。あと敬語じゃなくていいですよ、多分俺のほうが年下なんで」
「は……、う、うん。わかった」
「アモン、お前歳いくつだ?」
「16です」
「16?!」
ウォリナーが声を上げながら立ち上がった。立ったり座ったり忙しいなウォリナーさん。
「思ってたより若いのね…」
驚きを含む声音でレベッカさんが言った。
「わ、私よりすごく下だった……」
ナーシャさんも驚いたように声を漏らす。え、なに。16歳で冒険者ってそんなに異例なの?
「16歳で冒険者を始めるのって珍しいんですか?」
「珍しいも何も、冒険者を始めるのは成人からってのが暗黙の了解なんだよ。成人を迎えてねぇガキンチョが冒険者を始めると、C級のクエストで大抵の輩が死ぬか、仲間を失うのさ。俺はそんなやつを何人も見てきた。稀に成人を迎える前から冒険者を始めてB級やA級まで登り詰めるやつがいるが、そんなのは伝説級の力を持ってなきゃ無理だ」
「そうなんですか…」
若気の至り、というやつに似たものか。若いが故の過ち。取り返せない死という重い現実。軽はずみな気持ちで挑んだクエストで自らの、仲間の命を落とし、心を折られる。それは、とても苦しいことだ。
命が消される辛さは、知っている。
だが。俺はそうなるつもりは毛頭ない。
「俺が死ぬことはあっても、皆さんを死なすことは絶対にありません」
ここは新人らしく弱さを見せておくのがベター。
「馬鹿野郎、お前も死んじゃいけねぇんだよ」
「なら、私たちが守ればいいじゃない。アモンくんが私たちを守って、私たちがアモンくんを守る。仲間らしくていいんじゃない?」
ありがちな名言のようなものを言うレベッカさん。
「こういうときだけいいこと言うよな、ベッキー」
そこにツッコミを入れるウォリナーさん。
「何よその言い方。私がいつも変なことしか言ってないみたいじゃない」
「みたいじゃなくて、実際そうだし…」
そこにナーシャさんが追い打ちをかける。どうやらこのテーブルにレベッカさんの味方はいないらしい。
「ちょっとナーシャまで!ねぇアモンく〜ん」
「すみません、俺宿を取りに行かなきゃいけないので」
「アモンくんまで〜!」
程よくレベッカさんをいじっておき、俺は席から立ち上がった。
「それでは、これからよろしくお願いします」
「おう!」「よろしくね?「よ、よろしく」
俺は3人の返事を聞き、ギルドをあとにした。
受付嬢に教わった道を行き、5分ほどで着いた。
アレスの宿。
外装はこじんまりとしていて、木材で作られた感満載の建物だ。地震とか来たら即アウトだろ、これ。
だが、中は思ったより綺麗で驚いた。俺の案内された部屋は、シングルベッドと机、食卓のみと言った、至ってシンプルな部屋だ。広さは10畳ほどで、最安の宿にしてはすごく快適な気がする。シャワーも浴びれるしトイレも共同じゃない。そう考えたら他の宿がとても気になるところだが、俺はこの宿でも十分満足できる。コートをハンガーラックにかけ、ベッドにダイブ。やってみたかったんだよな、これ。
と、ちょうどのタイミングで宿主のおばさんが晩飯をもってきてくれ、食べた。フランスパンのようなパンと少し味の薄いシチューのようなスープ。そして焼かれたよくわからん動物の肉だった。肉が小ぶりなことが少し残念だが、我慢して食べた。このままだと寝る前に腹が減りそうだな。正確な時刻は分からないが、空の明るさから考えるに、9時前後だろう。この時間に店が空いてるか分からないが、とりあえず外に出てみるか。
俺はコートも着ずにシャツのまま外にでて、食べ物の店を探した。う〜、寒い。昼はそこまでではなかったが、夜は寒いな。日本で言うと、だいたい11月くらいだろうか。
適当にブラブラ歩いていると、肉屋を見つけた。
「すみません」
「はいよ」
そこには網の上に串に刺された肉が焼かれている光景が広がっていた。これはまさか、焼き鳥?!
少し生臭さはあるものの、なんとも食欲をそそられる匂い。
「この串、2本ください」
「はいよ、鉄貨50枚だ」
鉄貨?なんだそれ。とりあえず銅貨を一枚だしておく。
「50枚の釣りだ」
50枚返ってきた。てことは、銅貨1枚=鉄貨100枚
ってことか。なるほどな。
「毎度あり!」
俺は串の入った紙袋を受け取り、宿に戻った。
宿に戻り、串を食らう。うん、少し生臭いが美味い。少し甘めな味付けがされていて、余計腹が減るような感覚を味わう。あっという間に2本平らげてしまった。空腹感はなくなった。
俺はポーチを整理しようと開くと、記憶の彼方にあったものを手に取った。
「あ、これ」
俺が手に取ったのはウシバナなる植物。店主によれば、花びらを潰して髪に塗り込めば、脱色できるらしい。少しでも変装を本格化するために買ってみたものだ。マスクをしているから平気だとは思うが、念には念をということでね。俺はその束をポーチから取り出し、マスクを外した。シャワールームの鏡の前に立ち、束の花びら全部を潰して髪に塗り込み始めた。
少し時間が経って、頭皮がヒリヒリし始めた。何だこれ、ちょっと痛いぞ。手もピリピリする。ひょっとして、何か間違えたか?とりあえず続けていると、痛みは増していった。30分ほど経った頃には、頭が焼けるように痛く、指も同様に激痛が走っていた。幸い俺には自動再生があるため、水で手を洗ったら痛みは消えたが、頭の方は依然にして激痛。もう我慢できず、髪を水で流した。すると……
「……え?」
そこには、呆けた顔で正面を見る白髪の俺がいた。
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