死神共同生活

祈 未乃流

第3話 転移

アキレス一行を配下にしてから一週間が経過した。
再びあの神殿に足を踏み入れた。
何故一週間も間が空いたかと言うと、学校があったからだ。力があろうと俺は高校生、しっかりと学校に行って授業を受けるのが仕事だ。

学校に通ってみたら、俺が超能力者だ!みたいな噂でいっぱいだった。だからって無闇に話しかけて来るやつはいなかった。なにせ、大野の一件があったからだ。
あれから大野は、随分と静かになった。
というか、俺を怯えた目で見て、目が合うとすぐに目を逸らす。そこまで怯えなくても……。

大野には少し悪いことをしたと思っている。
俺をイジメてたのは大野だけじゃない。大野はただ単に筆頭であっただけで、罪を償うべきなのは大野以外も同じ。だが、これ以上噂が広まると、俺に接触を図る人間が現れる可能性もある。
そうなると、これからの行動に色々不便がつきまとうことになるかもしれない。
それなら、今まで通り存在感を空気にして生きることにする。と言っても、既に俺は有名人になってしまっている。今は父さんの話よりも、俺自身の話で持ち切りになっている。まあそれならそれで無視を決めるとするか。

「なあグリム……」

「はい、ここに」

俺が呼び掛けると横にサッと姿を現すグリム。

「問二の(3)、分かる?」

「この問題は、まずこの公式に当てはめて……」


「……最後に代入をすれば、解が出ます」

「なるほど……。それにしても、死神が人間より勉強できるって、なんかイメージ壊れちまったな」

「イメージですか?」

「いや、こっちの話だ」

とまあ、こんな感じで一週間を過ごした。

そして今、神殿にいる。

俺はアキレスの座っていた玉座に腰掛けて、その横にグリムが仕えている。そして正面には、アキレスとその部下たち諸々が俺に向かって膝をつき頭を垂れている。
部下の中には騎士や魔術師のようなやつもいる。
うん、なんかいいな。王様になった気分だ。


まあ、今日来たのはこんな自己満足のためじゃない。

「皆、頭を上げてくれ」

俺は全員に聞こえるよう呼び掛け、皆それに従う。
俺は続ける。

「この神殿は新たに俺のものになったわけだが、これはアキレスの一存で決まったことだ。お前たちの中には不満を持つ者がいるかもしれない。不満があるやつは前に出てくれ。話を聞く」

一週間前、アキレス一行と戦い、圧勝した俺とグリムは、アキレスを配下にした。まあそうなると、自然とアキレスの配下も配下になるわけだが、その決定に異議を唱えるものもいるかもしれない。
下っ端のことは気にせずバシバシ命令!とも考えたが、俺もそこまでヒールではない。
下の奴らに嫌な上司と思われながら暮らすのは俺も嫌だからな。パワハラだなんて言われたくないし。


「前に出る奴はいないか……」

「悠様、ここにいる者で悠様に従わない者などいないと思います。少なくとも、悠様のお力を目の当たりにして反発する愚か者たちではなかったと言うことですね」

グリムの発言で、少し空気が重くなる。
堪えてくれお前ら。グリムはこれが平常運転なんだ、慣れてくれよ。

「それはよかった。それで、別に俺はお前たちを支配したいわけじゃない。ただ、悪さをすることはやめてほしいってだけだ。あと、もうすぐ目を覚ますかもしれない大敵と戦うときの戦力になってほしいだけだ」

「ユウ殿、大敵とは一体……」

少し戸惑いながら質問をするアリシア。
"絶壁のアリシア"と呼ばれていながら、その体には絶壁など存在せず、山あり谷ありの美しい容貌を持つ魔法使い。

「"最悪グラン"だ。知らないよな?」

「グラン……ですか?あの大英雄の?」

「あ、知ってるのか?」

「はい。我々の世界では知らない者のいないほど有名な人物です」

「ふ〜ん……」

なるほど。てことは、この世界と同じだな。
そういえば、アキレスはアストロノウスとアストロゼウスを知っていたよな。てことは、俺達の世界と同じ歴史が語り継がれているということだ。

何故だ?異世界のはずなのに。
質問をしてみるか。

「アリシアさん、色々聞いてもいいか?」

「ユウ殿、私のことはアリシアと呼び捨てください」

「いや、でも年上だし」

「私はあなた様の配下。王が配下に敬意を表するなど矛盾しています」

「まあそこんところはまた次の機会に。俺はあんたらの世界について聞きたいことがある」

「はっ、何なりとご質問下さい」

「それじゃあ……」

まずは、転移の目的を再確認してみるか。

「あんたらがここに転移してきた目的は?」

「それは、この世界を支配する……」

「アキレス、本当の目的を教えろ」

「承知した」

俺は質問をする相手をアキレスに変更した。
リーダーが一番事を理解してるはずだからな。

「我々は、元の世界での戦争から逃れてこの地へ逃げた。本当は、転移ではなく過去に戻るつもりだったのだ」

「過去に?」

「うむ。私は元の世界ではシャングリオン王国の第147代目の王であった。我らの国、シャングリオンは非常に栄えていて、治安も良く、民の笑顔は絶えなかった。しかし、隣国のグリタリス法国と戦争になった。それまで国交関係は良好であったのに、突然奴らは攻め込んできたのだ。そのような事態を想定していなかった我々は為す術なく負け、本城も落とされかけていた。そのとき、アリシアが魔法陣で我らを過去に戻すと言ったのだ。過去に戻ってやり直せば、民たちは血を流さずに済む、それを知った私は、直接の臣下であるスワッド、アリシア、ナトマリアを連れて過去に戻った。しかし、そこには見慣れない光景が広がっていた。そこは森に囲まれていて、我々の神殿がぽつんとおいてあるだけだった。すぐに異世界だと分かった。見たこともない建造物や奇妙な服を着たものばかりだったからな。そして、我々は悩んだ。ここに転移したところで何も変わらない、そう思っていたのだが、スワッドが力の持つ者を従えて力をつけていけば、その噂を聞きつけた強者が我々の前に姿を現すだろう、と……」

アキレスの言っていることを飲み込む。
つまり………、

「つまり、国が滅びかけててそれを過去に戻ってやり直そうとしたけど転移に失敗した。今の自分たちの力ではどうにもできないから強い人間の目に止まる行動を起こした、と?」

確認の意を込めてアキレスに視線を送る。

「そうだ」

「まあ、合理的ではあるか……」

俺は少し考え、すぐに答えを出した。

「よし、行くか」

「悠様、どちらに?」

「いや、こいつらのいた世界にだけど?」

「何故です?」

何故って言われてもな……。

「そりゃ、こいつらの世界を何とかするためだろ」

「悠様が関わるご必要はないかと」

「一応ただで神殿を貸してもらってるわけだし、そのぐらいはしてやらないと思ったんだが、だめか?」

グリムは顎に手をやり、唸っている。
数秒考え、俺を見ながら言った。

「ならば私もお供しましょう。悠様に万が一のことがあるやもしれませんので」

「ありがとう、グリム」

「いえ、配下として当然でございます」

俺はその言葉に蟠りを覚え、グリムに言った。

「その配下っていうのやめないか?俺はお前のことを師匠と思ってるし、お前だって俺と同じぐらい強いんだろ?なら主従関係なんかじゃなくて普通の仲間ってことでいいんじゃないか?」

グリムは面食らったような顔をして、優しそうに微笑んだ。

「悠様がそう仰るのであれば、私は悠様の右腕となりましょう」

「様呼びは固定なんだな」

出来れば敬語もやめてほしかったんだが、まあそれは追々だな。

俺は前に向き直り、口をぽかんと開けて固まっている奴らに向けて口を開いた。

「というわけで、俺とグリムはお前たちの国を救いに転移することになった。誰か付いてくる者はいるか?」

反応がない。と思ったら、少し遅れてアリシアが焦ったように早口で応えた。

「な、何故です?!貴方様に我々の国を救う道理はないではないですか!だというのに、貴方様はお救いになると仰るどころか、お二人で行かれるおつもりですか?!どうして……そんなに優しいのですか……」

最後の方は弱々しく、矮小な声だったが、強い感情が篭っていて徹頭徹尾聞き取ることができた。

俺は、思ったとおりのことを即答した。

「優しくなんかない。俺は自分の利益になると思ったからそうするまでだ。お前たちの神殿を貰っちまったし、一応ここの支配者としているわけだしな。だから、救う。それだけだ」

アリシアを含む騎士や魔術師は、俺を訳のわからない奴を見るような目で見ていた。おい、そんな目で見るなよ。 

「一緒に来るやつはいないのか?ならグリム、俺と二人で……」

「待つのだ!!」

神殿内にその声が響いた。
一人の影が立ち上がった。
ざわつく人混みの中でも凛として響き渡るような、鋭い声音。

アキレス•パラディンスだ。

「私も行く。己の国を他の者に救われたなどと知られたら、王としての威厳など無くなろう」

そう言って、左胸に右の拳を当て、空を見上げた。

「我、アキレス•パラディンスは!
 王として、シャングリオン王国に帰し!
 グリタリス法国から我らの国を守ると誓う!!」

その姿は、一つの国の王の威厳や、今までの幾度の戦場を乗り越えた歴戦の猛者のような雰囲気を醸し出していた。
この宣言を聞いた臣下たちは、喜びと嬉しさを織り交ぜた感情を顔に浮かべ、アキレスになおってこうべを垂れた。

アキレスは臣下たちに向き直り………

「また王になれるかは分からんが……お前たち、最後まで私の剣になってくれるか?」

その問いに、全員が答える。

「「この身は、我らが国、我らが王の剣に!!」」

「ありがとう、我が剣よ」

そう言ってアキレスは俺の方に向き直り、

「我々も向かうぞ。我々の国は、我々が取り返さなければな」

そこには、王と、その剣がひかえていた。
俺は大きく頷いた。無意識に口がニヤける。

「よし、じゃあ行くぞ。転移は3日後。皆それぞれ準備はしておいてくれ」

「「はっ!!」」

「じゃあ、帰ろう」

「そうですね」

俺はグリムの服の裾を掴み、グリムが転移スキルを発動させる。この感覚にも慣れたものだ。

一瞬のうちに、神殿から自室に移動した。

とりあえず、俺たちは異世界に転移することになった。行き方は知らないが、多分グリムがなんとかしてくれるだろう。グリム頼りで少し自分の惨めさを感じるが、これからまた色々スキルを教わろう。

その日は、母さんと夕飯を食って終わった。




次の日。明後日は転移当日。
俺は今、母さんにどう言い訳しようか考えている。
ただ、中々良い言い訳が思いつかない。

「なあグリム、母さんになんて言えばいいと思う?」

窓に座って小説を読むグリムに質問する。
グリムは本を閉じ、俺に向き直る。

「そうですね……、友人と旅行に行くとでも言っておけば良いのではないですか?」

なるほど、旅行か。

「何日かかるか分からないのに、旅行なんて言ったら心配されないか?」

「悠様は本当にお義母様がお好きなのですね」

ため息混じりのその発言に不快感を感じるが、続けてもらう。

「それでは、留学ということにしておくのはどうでしょう?留学なら旅行よりも期間が長いので、少し日が伸びても融通が利くと思われます」 

「それ採用!」

というわけで、今日母さんが帰ってきたら話そう。
今日は土曜日だから、学校はない。ひたすらスキル特訓に精を出せるな。
早速、転移のスキルを教わった。
自分が今いる場所と行きたい場所を意識して、その2つの地点をエネルギーの糸で繋ぐイメージとグリムは言っていた。言われた通りやってみたが、最初は失敗した。
あの上下に引っ張られる感覚はあるのに、その場から移動していない。
その後も、何度かやってみた。
すると、少しの距離なら転移できるようになった。
俺の家から神殿までは転移できた。
土地をなんとなく把握していれば、転移はできる。
これに慣れれば、徐々に転移距離は伸びるらしい。また、時空を超える転移も可能になるのだとか。
幸い、グリムは時空を超える転移もできるため、俺達はなんとかシャングリオン王国に転移することができる。いやー、グリムすごい。俺も見習おう。

そして、その日の夜。母さんが帰ってきた。

「おかえり、母さん」

「ゆ〜う〜!ただいまぁ〜」

玄関に上がったと同時にただいまのハグ。
母さんは少々スキンシップが激しすぎる。まあ嫌ではないが。

「もうご飯は作ってあるよ。今日はシチューにした」 

「え、母さんの大好物!もう、悠大好き!!」

「ちょ、早く食べようよ」

「え〜母さんもっと悠とイチャイチャしたい〜」

その瞬間、部屋の端にいるグリムから殺気がむんむん伝わってきた。何でキレてるんだよ?!

「ほら、早く座る!」

俺は母さんを無理やり椅子に座らせ、俺も向かいに座る。
よし、言うなら今だ。

「あのさ……」

「ん?」

お茶をコップに注いでいる最中の母さんがこっちを見て続きを促している。俺はそのまま続ける。

「実は、俺明後日から留学するんだ。ずっと母さんには黙ってたんだけどね!サプライズしようと思って!」

「そうなの?!凄いじゃん悠!留学費は母さんが稼ぐから!」

そう言って胸に手を当てる。無理しているのはわかる。

「いや、留学費用は学校が負担してくれるんだって。俺ひょっとしたら超優秀なのかも?」

「あったりまえでしょ!母さんとお父さんの子なんだから!留学、頑張るんだよ!」

「うん!頑張るよ!」

母さんを騙すのは心が痛む。が、事実を言っても同じこと。なら、母さんが喜んでくれた方がいい。

「じゃあ、食べよっか!」

「そうだね、俺の留学祝いに!」

「かんぱーい!」

コツンッとプラスチックとプラスチックがぶつかる音がする。グラスなんかの音よりも、聞き馴染みのある音。それが心地良い。

ふと部屋の中にいるグリムを探したが、いなかった。

死神界に顔を出しているのかもしれない。

「留学って言っても、どこに行くの?」

「えーっと、オーストラリアに」

「オーストラリアか!コアラ見れるじゃん!」

「コアラ以外にも凄いのがいっぱいあるよ!」

母さんが嬉しそうにしていて、俺も嬉しい。
ただ、俺が話し終わると、母さんは少し悲しい顔をしていた。
俺は、その顔が頭から離れなかった。




夕飯を食い、母さんと話して。疲れ切って寝た母さんを寝室まで運び、ふとんを掛けてやる。
俺から見ても、凄い美人だ。
母さんは、今まで本当に辛い思いをして苦しんできた。俺は、それを少しでも取り除いてあげたくて、色々なことをしてきた。
それでも、母さんの根本にある苦しみの種は、きっとまだ残り続けている。
だから、もしその時が来れば、この力で母さんを苦しめる元凶を……

未来の話はやめよう。兎に角、今は今のことを精一杯考えよう。
母さんの寝室から出て、自分の部屋に入る。
ベッドに飛び込み、天井を見上げる。
明後日、俺はシャングリオン王国に行き、国を救う。 
今の俺にならできる。

そのとき、ふと思った。
国を救ったら、あいつらは国に戻るんだよな。 
そしたら、あの神殿はどうする。
あいつらの物を半強制的に譲り受けて今となっているが、あいつらが国に戻ったら神殿は用無しになる。本来はグラン討伐のための戦力になってもらうという話だったが、国を取り戻したらおそらく白紙になるだろう。あいつらも色々忙しくなるだろうし。

「でも、あいつらはそれを望んでるんだよな……」

大して関わっていなかったが、あいつらがいなくなると考えると、どこかぽっかりと開いた虚無感のようなものを感じてしまう。
寂しい……のだろうか。

俺は首を振り、その思考をかき消した。

元々、あいつらの居場所はシャングリオン王国だったのだ。それを俺の勝手でここに無理矢理住まわせるというのは、明らかに傲慢で自己中心的すぎる。
アキレス含むシャングリオン王国騎士団は、自分たちの国を取り返すと誓った。なら、俺はそれに力を貸すことぐらいしかできない。
自らの利益のために動くとか豪語したのに、実際にはタダ働きになっちまうかもな。

その日は、グリムがいないことも忘れて、眠りについた。




さっきまで転移のことを考えていたと思ったら、朝になっていた。

布団をはねのけ、時間を確認する。
いつも通り、母さんが起きる少し前に起きれた。
母さんの弁当係は俺だからな。

布団を適当に畳み、リビングへ。

母さんの弁当を作り、適当に寛いでいた。
うちにはテレビがないから、見るものは特にない。

ぼーっとしていたら、母さんが起きてきた。
母さんはいつもみたくぱぱっと朝食を済ませ、仕事に向かった。

「ついに明日か……」

口から溢れていた。
明日、俺は母さんを騙して異世界へ行く。
父さん、ごめん。
そうだ。グリムが帰ってきたらあそこへ行こう。

俺は自室に戻り、私服に着替えてグリムの帰りを待っていた。

「只今戻りました」

「お、お帰り」

グリムは右手に何か持ちながら帰ってきた。

「グリム、それは何だ?」

黒いポーチのようなもので、手の平サイズで小さい。

「これは死神のポーチと呼ばれるもので、その中は異空間が広がっていてどんなものでも収納できるポーチです。悠様に使って頂こうと思いまして」

そう言って俺にポーチを差し出してきた。

「いいのか?凄い大事なものなんじゃ……」

「私には必要ありませんから。ほら」

そう言って、白スーツジャケットの内ポケットから同じポーチを出した。グリムも持ってたんだな。

「さらに、悠様の装備もお持ちしました。ご覧ください」

そう言って、グリムは自分のポーチから色々なアイテムや服を出した。

「沢山あるな……」

「悠様がお召しになるものですから、死神界で最高級のものをご用意いたしました」

「まず、どんなスキルや魔術でも傷一つつかない繊維でできた死神のロングコート。中にはここにあるシャツを着てください。ズボンはコートと同じ繊維でできたスキニーパンツでございます。そして靴は、死神界で最も強い魔物と言われるリーサルドラゴンの革を使った黒ブーツ。こちらを3セットほどご用意させ…」

「多すぎるわ!!ていうか中二病満載だな!全身黒だしコートとかブーツとか!」

職業ないけど世界最強になれちゃいそうな勢いだぞこれ。ポーチは○次元ポケットみたいに中身は別次元でものが何でも入るようになってるし。色々混ざってるなおい。


「お気に召しませんでしたか?しかしこれ以上の品は私では用意することができないのですが……」

申し訳なさそうに下を向くグリム。
少し悪いことをしたな。グリムは俺を思って用意してくれたのに、それを蔑ろにするようなことを言ってしまった。

「いや、用意してくれてありがとうグリム。俺がこんなの身につけていいのか?」

「勿論でございます!お似合いになると思います!是非お召しになってください」

「分かった、着てみるよ」

まずシャツを着る。
何だこれ、すげぇすべすべ。
次にパンツ。
おお、ぴたっとするけど動きやすいし伸びる。
ブーツ。
一見重そうなのに、履いてみるとその軽さに驚いた。なのにもの凄く頑丈だ。底もしっかりしているから走りやすい。
そしてコート。
襟には赤と白のラインが入っていて、軍服のような感じ。暑苦しいと思ったが、全くそんなことはなく、寧ろ通気性は抜群。風通しが良すぎて着てないのではないかと錯覚するほどだ。

グリムの方に向き直り、

「どうだ?似合うか?」

「………」

返答がない。流石にダメだったか。
そりゃこんなの着こなせるわけないよな……

「す、凄くお似合いです。カッコイイです」

「まじか?!」

俺の中二心も捨てたもんじゃないな!

「はい。思わず見惚れてしまいました」

「そ、そうか」

普段そんなこと言わないから少しドキッとしてしまう。

その後は、転移スキルアップの指輪や、数々のサポートアイテムを貰った。そのどれもが素晴らしい出来だったが、俺には必要なさそうだ。殆どのことはスキルで事足りるからな。まあ、何かのために一応持っておくか。グリムから貰ったポーチにしまっていおいた。

装備から私服に着替え、俺はグリムに話を切り出した。

「グリム、これから行きたいところがあるんだが、一緒に来るか?」

「勿論、お供させていただきます」

「分かった、じゃあ行くか」

そう言って、俺は転移を使わずに普通に家を出た。

「その、悠様?転移を使った方が早いのでは?」

まあ、当然の質問だよな。俺もできればそうしたいんだが。

「今から行くところは、なぜだか何回やっても転移できなかったんだよ。だから、普通に向かう」

「左様ですか」

そのまま、俺とグリムは家から最寄り駅まで歩き、目的の駅で降り、そこからまた少し歩いた。
そして、目的地に着いた。

「ここは……」

グリムが見渡して口を閉じる。

「墓地……ですか……」

「そうだ」

俺は一定間隔に置かれている墓たちの横を通り過ぎ、墓地の端。
他の墓のように囲っている枠は無く、ただ墓石がポツンと置かれている。
墓石には落書きやスプレーがかけられていて、そこらには空き缶やゴミが捨てられている。

ここが、父さんの墓。

「たく、また散らかってるな」

俺はトングでささっとゴミと空き缶を別々のゴミ袋に捨て、水で濡らした雑巾で墓石を拭く。

これが父さんの墓に来たときの日課だ。

グリムは、俺が黙々と墓周りを整えるのを黙って見ていた。

1時間ほど経って、やっと墓の汚れが取れた。

俺は行き途中で買った線香とライターを取り出し、線香に火をつけた。
線香置きはないから、墓の前に線香を置くだけ。
俺は墓の前にしゃがみ、手を合わせる。
すると、さっきまで黙ってたグリムが俺の隣に来て、同じように手を合わせた。

父さん、俺は母さんを騙しました。
でも、父さんなら分かってくれると思う。
俺達を気遣って、明るく振る舞って静かに死んでいった優しい父さんなら、分かるでしょ?

俺は知ってる。
他人を思ってしたことが、必ずしも他人の為になるとは限らない。
それは、結局は自分への優しさの裏返しに過ぎないということ。
だから、優しく見守っててください。
俺がいない間、母さんを上から守ってあげてください。
母さんは強そうに見えて凄く弱いから。
俺は大丈夫。
なんか凄い力に目覚めたんだよ。俺を虐めてたやつなんか一瞬で倒しちゃう力にさ。
転移とかもできるんだよ?凄いでしょ?
ここにも何度も転移しようとしたんだけどさ、ここをイメージすると、胸が張り裂けそうになるんだ。
こんなボロボロの墓に住まわせてごめんね。
俺が大人になって稼げるようになったら、もっともっと立派な墓を建てるからさ。それまで待っててよ。
将来何になりたいとかは無いけどさ、夢のある仕事がいいな。
消防士とか、自衛隊とか。
人を守る仕事がしたいな。

ごめん、そろそろ行かなきゃ。
行ってきます、父さん。





「よし、じゃあ行くか」

立ち上がって、身支度を済ませながら。
グリムは、複雑な顔をしている。

「悠様……」

「どうした?」

何か言いたそうな顔で、俺を見ている。
何が言いたいのかは、顔で分かった。

「私は今の今まで、悠様の感情エネルギーを只々凄いものだと思っていました……」

俺は黙って話を聞いた。

「感情エネルギーには、色があります。その色は様々で、その人が持つ感情によって違うのです。喜びや楽しさは白や黄、怒りや憎悪は赤、悲しみは青系統の色になります。ですが悠様の感情は、真っ黒です。何者にも染まらず、何も残らない"無"の感情」

「"無"の感情……」

「私にはそれが不思議でなりませんでした。人間が黒い感情を抱くことなど、今までありませんでしたから。とても興味が湧いたのです。しかし、実際にお側にいて感じました。悠様は、心の底から怒ったり、喜んだりしていました。なのに、心は黒いままで…」

「……………」

俺はただ、黙ってそれを聞いていた。
俺の心は真っ黒で、何も感じていないらしい。
何かで塗りつぶされたように何色にも染まらない黒。

「おそらく、お義父様の過去が悠様の心を染めているのだと思います。悠様がスキルの修行で上手く言って喜んでいるとき、満面の笑みなのに……心は黒くて……。どんなときでも、悠様の心は黒いんです。私、そんな悠様を見ているのが辛いです……」

そう言って、グリムは静かに泣いた。
泣いたのだ、あのグリムが。
死神で、アストロゼウスの因子を持つ最強の死神が、たかが人間一人のために泣いた。
俺は訳がわからなかった。何でお前が泣くんだよ。
お前は俺の辛さを知らないのに、何で泣いてくれるんだよ。
どうして、俺のことを分かってくれようとするんだよ。

「悠様……私は…」

静かに頬を伝う涙を気にすることなく、俺を見つめるグリム。

「貴方が本当に辛い思いをしたとき、力になりたいのです。できることならば、あなたの一番側にいたい。でも……それは叶うことはありません。貴方の一番は常にお義母様であり、貴方の原動力でもあるからです。貴方の力にもなれない……一番近くにもいられない。私は貴方の何になれるのですか……?」

何になれる…。
グリムは、俺にとって師匠であり、母さんを除けば、一番近しい存在だ。
でも、その存在定義を言葉にできない。

わからない。そう、わからないのだ。

グリムがどんな答えを望むのか、俺がどんな答えを持っているのか。いや、持ってすらいないのかもしれない。

それを知った瞬間、自分が怖くなった。
俺は、知ったような気でいて、何も知らなかった。
自分は無の感情なことなんて、たった今知ったばかり。

矢島 悠は、一体何者なんだ。

俺は、何者なんだ。

誰か、教えてくれ。

怖い。

わからない。何もかも。

誰か……俺を………


「たすけてくれ……」

自分の口からそう溢れたことに違和感を感じながら、それを否定できないでいた。

そのとき、体が何かに包まれた。
気づいたら、グリムが目の前にいた。
俺は今、グリムと触れ合っている。
そう認識したとき、体中から力が抜けていった。

「やっと……やっとです……」

「ぐ…りむ……」



「やっと……、近くに来れましたよ…」

そう言って、優しく俺を抱き締める。

「グリム……ありがとう……」

「はい……!」

「俺、こんなときでも涙が出ないんだ……」

「はい……」

「でも、俺は今嬉しいって感じてる。それは、グリムには見えないかもしれないけど、俺は心の底から思ってる。それだけは分かってくれ」

「はい……!」

「だから、俺がまたダメになったら……こうやって抱き締めてくれるか?」

「はい…!勿論です!」

「そっか……。嬉しいな……」

俺とグリムは時間も忘れて、触れ合っていた。






家に帰り、自室で考えていた。

グリムは、何故あんなことをしてくれたんだろう。
"見ていられない"とグリムは言っていた。
何故、見ていられないと思ったのだろうか。
俺はベッドに寝転がっている。
グリムはベッドに座っている。
その顔は、俺には少し嬉しそうに見えた。
どこか安心したような、自分を見つけたような。

思えば、俺もグリムも、自分が分からなくなっていた。
グリムは、自分の無力さを嘆いて自分の存在価値が分からなくなった。
俺は、他人のほうがよく知っているの自分自身が分からなくなった。
似た者同士、なのだろうか。

少なくとも、俺はグリムに何度も助けられた。
そのことに気づいたとき、俺は口を開いていた。

「なあ、グリム」

「はい、何でしょうか」

「グリムは、自分が俺の何なのか分からないって言ったよな」

「……はい、そうですね」

「分からなくていいんじゃないか?」

「え?」

さっきまで前を見ていたグリムが、俺の方に振り返る。

俺は思ったままのことをそのまま言った。

「まず、グリムが俺の目の前に現れなかったら、俺は自殺することになってただろ?しかも母さんも俺の後を追って死ぬことになってた。グリムは、俺と母さんの運命を変えてくれた。その時点で、俺はグリムに感謝してもしきれないぐらいなんだよ。それなのに、俺の力を目覚めさせてくれるし修行もしてくれるし……。て、よく考えたら、俺の方がグリムに何もしてなかったなぁってさ……」

俺はベッドから起き上がり、グリムの前に立った。

そして大きく息を吸って、はっきりと口にした。



「これから俺は、お前と母さんのために生きるよ」



グリムは、目を大きく見開いて固まっていた。

「悠……さま…」

「この感情が好きなのかどうかは分からないけど、俺はグリムとそういうのになっても良いって思ってる。いやいや、めっちゃ上から目線だよな!ごめん!今のは忘れ……」

「わ、私もです!」

「え?」

「私は、悠様をその……好き…なのだと思います……」

素直に驚いた。
グリムが俺のことを好き?
あまりに信じられない。

「ひたむきに修行をするお姿、失敗したときの笑顔、成功したときの笑顔、全て好きです。ですから、お義母様と仲睦まじくしている後様子を見たとき、胸に靄がかかったように違和感を感じたのです。これは……嫉妬、なのでしょうか…?」

グリムが照れるように聞いてきた。
グリムが照れている。
そんなこと、今までなかった。

「グリム、その……」

「はい」

「俺でいいのか?」

「はい…!」

満面の笑みで答えてくれた。
そんな顔を見るのも、初めてだな。

「それじゃあ、そういうことで……」

なんだか急に照れくさくなってきて、顔が熱くなってきた。あーくそ、なんだこれ。

ポワポワした空気を切り替えるためにベッドに腰掛ける。すると、隣にグリムが座った。にしても近い。太ももが当たってる。

「その…、グリム……?」

「何でしょう?」

「やけに近くないか?」

「恋人同士なんですから、このぐらい当たり前では?」

「まあ確かにそうなんだけどさ……」

うわー、めっちゃドキドキする。
グリムってこんな美人だったっけ。今はなんか可愛く見える。自分で近づいておいて顔真っ赤だし。

ドキドキしすぎてベッド上で手をわなわなさせていたら、グリムが手を握ってきた。

「グ、グリム?」

「…………」

何も言わないグリム。ただ俺の手を両手で包んで、顔を真っ赤にしながら口を頑張って閉じている。

そのとき、頭から火が出そうなほど顔が熱くなった。
普段は凛として大人のグリムが、こんなに乙女だったなんて。

クーデレって、最強なのでは?

右手から伝わる、温かさ。
その温かさは右手から全身に伝わり、心を癒やしてくれた。これ程幸福を感じたことはない。

俺とグリムは、母さんが帰ってくるまでの間、ずっと手を握り合っていた。





「お帰り!母さん」

「たっだいまぁ〜!ってあれ?何かいいことあった?」

「い、いや、明日からオーストラリアだから楽しみだな〜ってね!」

「あらそう?楽しんできなさいよ!!」

「うん、それで、今日はハンバーグにしたよ!俺の好物だから」

「って自分のかい!」

「「ははは」」

「母さんナイスノリツッコミ!」

「なら一緒に漫才コンビやる?」

「俺緊張しちゃうから無理!」

「「はははは!」」

「あ、ハンバーグ冷めちゃうから食べないと!」

「え〜ただいまのハグは〜?」

その瞬間、部屋の端にいるグリムが殺気を放った。
昨日とは段違いの殺気。嫉妬ってレベルじゃないぞこれ!

俺は気づかないふりをして、席について手を合わせた。母さんも同じようにする。

「いよいよ明日だね、準備は大丈夫?」

「うん、パスポートも服もばっちり」

「よし!偉い!」

そう言って頭を撫でられた。高校生なのに、こんなにマザコンでいいのだろうか。
部屋の端から感じられる絶望のオーラは今は無視。

「でも、悠がいなくなるのは母さん寂しいな〜」

「いなくなるって言っても一ヶ月ぐらいだよ?まあ俺も寂しいけど…」

そう言うと母さんが「そうだ」と、何かを閃いたらしい。

「今日は目一杯母さんには甘えなさい。いつも頑張ってくれてるお礼だよ」

「いいの?」

「うん、何でも言う事聞いてあげる!」

何でもか……。うーん、悩む。
流石に母さんにエッチなのは頼めないしな。
特に何も思いつかない。

「なら、耳かきは?」

「耳かき?」

「そうそう、小さい頃、よくやってたじゃん。どうよ?」

「じゃあ、それにする」

「よし!決まり!」

「なら、早く食べちゃわないとね」

「そうよそうよ〜」



「く……なんとも羨ましい……」





母さんに目一杯甘え、自室にいる俺はというと、それはそれは大変だった。
グリムがジェラシーむんむんで、やれ私にも耳かきさせろだのと言うから仕方なくさせてやったらもの凄く上手くてびっくりした。あれ、べつに大変じゃなかったな。

いや、実は今日からグリムと添い寝することになり、それが大変だった。
前までスーツ姿しか見たことのなかったグリムが、急にレース下着姿になったことで、俺は理性を失いかけたが、やっとのところでとどまることができた。いやー、危ない橋を渡ったぜ。
そのせいでほとんど寝れなかった。
改めて知ったことだが、どうやら死神は睡眠を取る必要はあるようだ。ただ、それが人間と比べて少量でいいだけのことだった。




そして、とうとう当日。

俺は今、玄関前で母さんに見送られている。

「気を付けるんだよ!変な人にはついていかない!財布は尻ポケットに入れないでちゃんとカバンに入れるんだよ!」

「母さん俺もう高校生だから!大丈夫、行ってきます!あ、そうだ」

俺は一つ思い出し、母さんに抱きついた。

「どど、どうしたの?」

「行ってきますのハグ」

「うん、行ってきな」

「はい!行ってきます!」

俺は母さんに見送られながら、家を出た。
家を出てすぐ、キャリーバッグをポーチにしまった。

「グリム、行こう」

「はい……」

「なんだか元気ないな」

「朝から恋人の浮気現場を目撃してしまいまして」

「浮気じゃない…けど、悪かったよ。じゃあ、グリムにもする?」

「は、はい!」

「ほら、これでいいか?」

「あぁ、何たる幸福……」

そんなにかよ。と思わずツッコミそうになってやめた。

「じゃあ、このまま転移するぞ」

「はい」

刹那のうちに、家の前から神殿の玉座前についた。
既にアキレス含む騎士団は待機していた。
俺はポーチ内の装備に換装し、玉座に座った。

「ごめん、待ったか?」

「いや、大丈夫だ」

アキレスが答える。
そういえば、アキレスを見るのは3日ぶりだな。
前よりも肝が据わったように見える。
他の面々も皆、覚悟を決めた顔をしている。

式波は十分……か。
俺は自然と口角が上がっていることに気づきながらも、直さずにそのままにしておく。
これから起こることに対して、笑みが溢れてしまう。

「そうだ、グリム。確か地図があれば転移できるんだよな?」

「はい。大体の土地の把握が出来れば転移は可能です」

「誰か、シャングリオン王国の地図を持ってるものはいるか?」

「はい、私が」

そう言って地図を差し出してきたのはアリシアだった。

「いけるか?グリム」

「はい、今すぐにでも」

「そうか」

待ってましたと言わんばかりに、騎士団たちがざわつく。
俺はそれを流して、言葉を伝える。

「これからシャングリオン王国に転移するが、準備はいいか?」

「「オォオオオ!!」」

「ふっ、威勢がいいな」

「悠様、転移魔法陣、設置完了しました」

「サンキュー、グリム」

「礼などいりません。恋人・・として当然ですから!」

恋人ってところがやけに強調されてたような気がするが、まあいいか。

総勢30人が巨大な転移魔法陣の上に立つ。
グリム曰く、魔法陣があれば、発動者なしで誰でも転移できるらしい。

「最後の確認だ。お前ら、覚悟はできたか?」

「「………」」

「いい面構えだな。よし、行くぞ!行くのはシャングリオン王国中央都市カリバス!」

俺の呼び声と同時に転移魔法陣が発動し、全員が一気に転移した。体が上下に引っ張られる感覚に陥り、意識が戻ったとき、そこには……


中世のヨーロッパのような風景が広がっていた。

「今日はビッグブルーラットの毛皮が半額だ!早いもん勝ちだぜ!」

「そっちの店では銀貨3枚だけど、こっちの店なら銀貨2枚で売るわよ〜!」

「また値切り勝負か、飽きねぇなオメェもよ……」

「あらあら、そっちの方こそわざわざ同時期に特売だなんて怪しいんじゃないかしら〜?」

そんな会話が聞こえ、都市の中は多くの人で賑わっていた。

すげぇ活気だ。

「本当に、帰ってきたんだ……」

スワッドがそう呟いた。馬鹿、これからだろうが。

「行くぞ、まずは今の王と謁見をせねばなるまい」

アキレスが列の戦闘を突っ切っていく。

その後ろに二つ名持ちの三人がつき、そのまた更に後ろに騎士たちがつく。そして俺とグリム。殿は任せな、なんちって。ただ置いてかれただけだわ。

当初の目的通り、まずシャングリオン王国中央都市、カリバスに転移することに成功した。
















































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