死神共同生活

祈 未乃流

第1話 出会いと目覚め

そいつとの出会いは唐突だった。俺がバイトを終えて家に帰り、自分の部屋に入った瞬間、そいつと出会った。

「こんばんは」

そいつは、俺に満面の笑みを浮かべてきた。女だ。見たことのない女だ。白いスーツに身を包んでいて、短い白い髪、肌も透き通るように真っ白だ。何もかも白い。

「ひっ」

俺は咄嗟に110番を押そうとした。当たり前だ、部屋に見知らぬ女がいるんだから。

「無駄です」

女は透き通るような声でそう言った。それはどこか神秘的で、人ではないような何かだった。

「ふ、不法侵入だろ!通報するからな!」

俺は携帯の画面をタッチして、110番に連絡した、筈なのに。俺の手に、携帯はなかった。

「無駄だと言っているじゃないですか。私は貴方にしか見えない存在なのですから」

目の前の女を見ると、右手に俺の携帯が握られていた。どうして……。
俺は混乱した。今さっきまで己が持っていたものが、刹那のうちに目の前の女に奪われたのだ。
その驚きもあったが、女の発言に対しても、俺は驚きを隠せなかった。

「お、俺にしか……見えない?」

「左様です。疑われるのであれば、確かめてみては
?」

何だ。どういうことだよ、俺にしか見えないって。
普通ならあり得ない。この女はまともじゃない。そう思ったが、この女から伝わる確固たる自信は何だ。俺は更に混乱した。

「お前、幽霊?」

「まさか。そのような生温い存在ではありません」

女は当然というような態度で言い放った。
じゃあ、何者だよ?
俺のその疑問の答えとして、女は口を開いた。

「私は、死神です」



「は?」

この女は何を言っている?死神って言ったのか?
信じられない。嘘ハッタリもいいところだ。

「死神って……、嘘つくな!」

「いえ、嘘ではありません」

「じゃあ証明してくれよ!」

俺がそう言うと、考えるような仕草をとった。
どうせ嘘なんだろ。早く白状しちまえ。

「承りました」

そう答えて、急に上半身のスーツを脱ぎだした。
Yシャツも脱いで、上半身裸になった。

「お、おい!何してんだよ?!」

「証明しろとおっしゃったじゃないですか」

「それと服脱ぐことに関係があるのかよ?!」

「はい。背中をご覧下さい」

俺は言われるがまま、女の背中を見た。
そこには、よく分からない文字のようなものが書かれていた。意味のない記号ではない。読むことはできないが、それは分かった。
アラビア語に少し似ているが、違う。何語だ?

「なんだ……これ……」

「これは、言わば貴方と私の契約書のようなものです」

「契約書?」

「はい。貴方の詳細が書かれております」

「俺の、詳細?」

なぜ、この女の体に俺の情報が?

「何故、と思われていると思います。それは、私が貴方の死神だからです」

何だと?
こいつが、俺の死神?
意味がわからない。

「ちょっと待て!じゃあ、俺は死ぬのか?」

「はい、近いうちに」

「近いうちって、どのくらい?」

「よいのですか?お聞きになって」

「構わない、教えてくれ」

このときの俺は、何故か既にこいつを、心の何処かで信じてしまっていた。それは、こいつが自分の裸を見せてまで証明してくれたからか。いや、まだ確実にそうと決まったわけではない。とにかく、このときは流れに任せて行動してしまったのかもしれない。

「では。貴方は一ヶ月後、転落して死にます。場所はあなたの通う高校。屋上から落ち、脳を大きく損傷して即死します」

「転落死……」

どうやら俺は、一ヶ月後に屋上から飛び降りて死ぬらしい。聞いてみたはいいものの、やはり信じられない。というより、貴方は一ヶ月後に死ぬと言われ、はいそうですかとすんなり納得する人間などいない。俺は正常だ。

「てことは、あんたはそれを俺に伝えるためにここに来たってこと?」

「左様でございます」

「あのさ、それって絶対避けられないの?屋上から落ちて死ぬっていうんなら、屋上に近づかなきゃいいんじゃないのか?」

「避けることは不可能です。今までそのような事例は存在しませんので。私は、それを伝えるのが仕事でございます」

「なるほど」

俺はすっと納得してしまった。
俺、死ぬのか。
全く怖くない。
俺は、もう死んでるようなものだから。

「今殺すことはできないの?」

俺は、自分でも分からないくらい死んでいたのかもしれない。死を、怖いと感じなくなってしまった。さっきまでは、目の前の女に恐怖を感じていた筈なのに、今ではこの状況を受け入れられている。
それは、俺が異常だからだろうか。
絶対に避けられない。
そう聞いて、俺は吹っ切れてしまったのかもしれない。

「それはどうしてでしょうか」

「生きてても良いことなんかない。いっそのこと、今殺してくれないかなって」

「それは、今の世界に満足していないと?」

「不満しかないな。学校に行けばイジメられ、殴られ、物を盗まれたり壊されたり三昧。もううんざりなんだ」

ここで、ある男の話をする。
その男は、ごく普通の家庭に生まれた。
不満になんて思ったことは一度もなかった。
兄弟はいなかったが、父と母、仲良く暮らしていた。
しかし。
その男が高校生になった頃。
父の会社で事件が起こり、その責任を父が全て負うことになった。その責任は、父一人が抱え込める責任ではなかった。
父は死んだ。家の風呂場で首を吊って死んでいた。
それから、地獄が始まった。
生活は苦しくなり、家を売り古いアパートに移った。
学校に行けば、父のことでイジメられるようになった。ただ、俺は父を恨んでいない。
父は被害者だ。父はとても優しかった。きっと、誰も拭えない罪を父が被ったんだと思う。
だから、俺は社会を恨んだ。
そんなことも知らずに父を語るクラスメイトに腹が立った。お前に何が分かる。俺は抵抗した。
イジメは更にエスカレートした。
最初は、ものが無くなったりするくらいだったのが、殴る、蹴る、縛る。そんなこともされるようになった。
辛かった。死のうと思った。
でも、残された母のことを考えたら、イジメられているなんて言えなかった。
言えば、母はもっと苦しむ。なら、自分が強がればいい。母にこれ以上苦しんでほしくない。
だから、死ねなかった。
死ねたらどれだけ楽だろうと思った。
俺をイジメているときのあいつらの顔。
まるで小動物を甚振っているかのような猟奇的な目。今でも忘れない。
最初は恐怖で一杯だった。それが段々と、恨みに変わっていった。
そいつらは、母のことも貶すようになった。
ふざけるな。
本当は一番辛いはずなのに、いつも笑顔な母。
自分が情けなくなった。
俺が守るんだ、母を。
男はそう決意した。
だけど、無理だった。
何をしようが、自分の無力さを目の当たりにするだけ。

話し終えた俺を見て、死神は顎に手を当てた。

「やはり、そうでしたか」

「やはりって?」


「屋上での転落死、考えられるパターンは二つです。一つは、うっかり落ちてしまうパターンです。二つ目は……」

「自殺ってことか」

「だと思われます」

「あんたは、俺にそのことを伝えて終わりなんだろ?」

「本来はそうなります。ですが、少々予定が崩れました」

「予定?」

「はい。予定なら、貴方だけが死に、貴方の母親はそのまま生きるのですが……」

まさか……

「このままだと、貴方の母親は死んでしまいます」

「え……」

母さんが、死ぬ?目の前が真っ暗になった。
息苦しい。手足が痺れる。何も考えられない。

俺は、力の抜けたまま机に寄りかかった。

「母……さんが………死ぬ?」

「はい。貴方のあとを追って自命を絶ちます。しかし、これは予定外。ですから、私は貴方の母親を死なせないように行動します。本来であれば、死神が人に手を施すのは禁忌なのですが」

「母さんは、助かるのか?」

「現在の状況ですと、その質問には答えかねます。確証がありませんので」

「頼むっ!!母さんを助けてくれ!!!」

気づいたら、俺は床に頭をつけていた。先程まで痺れていた手先は、とっくに感覚を取り戻していた。

「最善は尽くします。その前に、貴方はご自分の心配をされた方がよいのではないですか?貴方は、一ヶ月後、死ぬのですよ?」

そうだ。俺は死ぬのだ。しかも、避けられないと言われた。
俺が死んだら、母さんは悲しむだろうか。
俺は悲しい。母さんを残して死ぬのが悲しい。
それなら、母さんも一緒に死んだほうがいいんじゃないのか?
馬鹿か俺は。それじゃあ何も意味ないじゃないか。

「さっきから何回か言ってたけど、その"予定"って何だよ?」

「予定というのは、この世界の人間の生死の予定のことでございます」

人間の、生死の予定。ということは、人間は生まれる前からどう生まれて、どう死ぬのかが予定という名の運命として定められているということか。

「運命、みたいなものなのか……」

「人間は面白い言い回しをします。運命という言葉、とても興味深いです。しかし、それは都合の良い解釈に他なりません。人間は弱い生き物ですから」

都合のいい解釈。確かにな……。
人間は弱い。人を貶めて優越感を感じていないと生きられない、そんな人間もいる。

「対して、貴方はとても強い。貴方のような強い人間が、化学反応を起こすのですが……。とても残念です。貴方のような存在が失われてしまうのは」

俺が、強い?
そんなことはない。俺は強くなんかない。ただ強がっているだけだ。

「ですので、私はこれから、貴方の側にいようと決めました」


「は?」

「貴方を強くするものは何なのか、この目で確かめてみたいのです」

「どうやって暮らすんだよ?まさか、この家で?」

「はい。私に家というものはありませんので」

「でも、死神と生活するのはちょっと……」

「貴方にしか見ることはできませんし、ご迷惑をかけることはございません」

「俺、死ぬんだろ?それをどうにかしてくれよ!」

「それは無理だと先程申したはずです」

このままだと、俺が死んで母さんが取り残されてしまう。
この女は、死神なのに母さんを助けるつもりらしい。それなら、それを逆手にとれば……

俺は、死神に提案をした。

「なら、こうしよう」



「あんたは母さんを助けて、尚且つ俺の側にいたい。なら、俺の願いも聞いてくれ」

「今殺してほしい、という願いに答えるならば、できません。死神というのは、予定された死を宣告し、予定を調整するだけの存在なのです。よって、貴方の命を奪うことは……」

「いや、気が変わった」

「それでは、何でしょう?」

俺は勝手に上がってしまう口角を自分で感じながら……


「俺を生かしてくれ」

あいつらを、絶対に地獄に落としてやる。





「ふふふ」

死神は笑った。 

「何が面白い」

「いえ、やはり貴方は面白い方です」

死神は笑いを止め、真っ直ぐに俺を見た。

「本来ならば、予定を崩すのは死神にあるまじき行為。ですが、状況が状況です。貴方の願いを聞き届けました」

そう言って、死神はニコッと笑った。実に人間的だ。

「それじゃあ、これからよろしくな、えーと……」

そういえば、名前を聞いていなかった。

「あの、名前は?」

「名前ですか?死神には名前という概念が存在しませんので、お好きなように呼んで頂いて構いません」

名前は無いのか。しかし、名前がないとなると色々厄介だな。お前、って呼ぶのも何か嫌だしな。

「確か、死神って英語でGrim Reaperグリムリーパーって言うから……」



「よし、じゃあグリムで!」

「ぐりむ?」

「ああ、お前の名前は今日からグリムだ!」

「グリム……、良い響きです。名付けて頂き、感謝します」

「感謝なんかしなくていいって、俺が付けたくて付けたんだから」

「貴方がそう仰るのであれば」

あ、俺の名前を言ってなかったな。
人に名前つけたのに。

「俺は矢島 悠やじま ゆう。よろしく、グリム」

「はい。宜しくお願いします、悠様」

「さ、様はちょっと……」

こうして、俺と死神、グリムの共同生活が始まった。







「悠!ご飯出来たぞ〜!」

「あ、今行く!」

グリムについて、色々話を聞いておきたかったが、後にしよう。俺は先に夕飯を食べることにした。

「私もついていって宜しいですか?」

「バレないように頼む」

「勿論でございます」

俺は扉を開け、リビングに出た。


「ねぇ悠、さっきからずっと独り言言ってたけど、演劇の練習?」

「え?あ、う、うん!意外とセリフ多くてさ!」

「良かった、母さん悠がおかしくなったのかと思って心配したんだから」

「何だよおかしくなったって!」

「冗談だって。ほら、飯食うよ」

「うん、いただきます」

「いただきます」

今日はカレーか。俺の好物だ。一口食べる。

「うんまっ!!」

「よかった。ていうか、あんた昔からカレー好きだよね〜」

「母さんのカレーは世界一だからな」

「ふふっ、ありがとね」

そう言って、頭を撫でてくれる母さん。
俺にとって、母さんとの時間は宝物だ。
この時間は、絶対に失いたくない。
そのために、俺はグリムに交換条件を提示した。
母さんを守るため。母さんを守る俺を守るためでもある。

「母さん、これ今月分」

俺は、母さんに今月の給料を渡した。

「ごめんな、悠。あんたに無理させちゃって」

「無理してるのは母さんだよ。だからたまには休んで」

「母さんは大じょゴホッゴホッ」

「風邪?」

「そうみたい。心配かけて悪いね」

「ううん。ちゃんと休んでね」

『なるほど、お母様の強さが遺伝しているのかもしれませんね』

後ろからそんな声が聞こえた。グリムだ。
ほんとに俺にしか聞こえないんだな。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様」

「母さん、俺が洗うよ」

「良いってこのぐらい」

「風邪気味なんだから、体休ませて」

「ごめんね」

「ううん」

俺は皿を洗い、風呂を沸かした。
母さんは仕事で疲れているから、できることは俺がなるべくするようにしている。

「ここに薬置いとくから。風呂沸いたら入ってね」

「ありがとね、悠」

「毎日働いてもらってるこっちがお礼言いたいくらいだよ」

「あんたはほんとできた子だよ」

「こんなの普通だよ」

俺はそのまま自分の部屋に戻った。

俺はグリムに聞きたいことがあった。

「なあ、グリム」

「何でしょう?」

俺は椅子に腰掛け、グリムに問いかけた。グリムは、部屋の端に凛と立っている。

「死神って何なの?」

「そうですね。簡単に申しますと、死期に入った人間に宣告をし、予定通りその人間が死ぬか監視しています。しかし、極稀に、予定通りにいかない場合がございます。死ぬ筈の人間が生きていたり、生きる筈のものが死んでしまったり……。その乱れを正すのも我々の仕事でございます」

なるほど。てことは、世間で扱われてる死神とは少々イメージが違うのか。死神というより、案内人みたいな感じか。

ん?今、我々って……

「我々ってことは、グリム以外にもいるのか?死神って」

「左様でございます。私以外にもおります」

「上下関係とかあるの?」

「そうですね……。一応リーダーはいますね」

「どんな人?」

「私です」

「グリムなの?!」

ほぇ〜。グリムは死神のリーダーなのか。

「そう聞くと死神って凄い力を持ってるよな?人の生死を左右するほどの力なんだから」

「悠様の言う通りです。我々死神は強力な力を得ています」

「じゃあ、なんで俺に敬語使ったり下手に出るんだ?もっと偉そうにすればいいのに」

慢心しろって言ってるわけじゃないが、こんなに畏まらなくてもいい気がする。相手は俺なわけだし。

「いえ、悠様はそれほど優れた人間なのですよ。私如きが対等でいてはいけない存在なのです」

「死神のリーダーがそこまで言うって、俺、ひょっとして凄いの?」

「今はまだ力がお目覚めになっていませんが、その力が解放されれば、私をも凌ぐ存在になることは間違いありません」

そこまでか。自分でも自分が少し怖くなったぞ。

「悠様は心がとてもお強い。それは強い力を持つことよりも誇れることなのです。力を行使するには、それだけ心が強くなければいけないのです」

「俺が力に目覚めたら、例えば何ができる?」

グリムは少し考えて、真顔で言い放った。

「そうですね……。女の感情を支配してハーレムを作ったり、自分の言うことを絶対に聞く女をつくったり、他には……」

「ちょっと待て!内容が偏り過ぎてないか?!」

「悠様はこういったものがお好きなのでは?」

「何を根拠にっ!」

「携帯電話の履歴にたくさん……」

「それ以上言うな〜!!」

こいつ、覗いたの?!俺の履歴見たの?!

「一回それは忘れてくれ。もう少しまともなのはないのか?」

「まともなのですか……」

そう言ってグリムはまた考え出した。
今度は普通なのにしてくれよ……

「主に、精神支配ができるようになると思います。他には幻覚を見せたり、精神支配の延長で魔法なども使える可能性はございます」

「魔法っ?!」

俺は分かりやすいぐらいに食いついてしまった。
だって魔法だぞ?男なら憧れるだろ?主に中学二年生あたりの頃に。

「はい。悠様の感情エネルギーであれば、人間などいとも簡単に殺せます」

「それは………ちょっと怖いな」

「何故です?気に入らない贋作がんさくどもを皆殺しにできますよ?」

「いや、そういうのは違うんだ」

魔法と聞いて、テンションが上がってしまったが、これは現実リアル。バーチャル世界じゃないんだ。
人が死ぬんだ、俺の力で。
そう考えたら、怖くなった。
ふと、父さんのことが頭に浮かんだ。
俺と母さんは、父さんが死んでどう思った?悲しいなんて言葉では表せないほどのショックを受けた。
ということは、俺が力を使えば、俺や母さんと同じ思いをする人が出てきてしまう。

それは嫌だ。

俺は違う質問をした。
死神の能力について。
グリム曰く、死神は人間を殺せないらしい。
詳しく言うと、人間を殺す程の力は持っているが、太古の昔、人の先祖と死神の先祖で契約を結んだのだとか。その契約のせいで、死神は人を殺すことはできないらしい。なんとも興味深い。

また、死神の暮らしについて聞いてみた。
さっき言っていた通り、死神に家はないらしい。
しかも、普通にそこら辺にいる。
死神は睡眠や食事を必要としないため、死界と言う空間にいて、死期が見えた人間がいたら寿命宣告をして、また死界に戻るという生活を送っているらしい。

また、身体的な成長はするのか?俺は質問してみた。

結論から言うと、成長はしないらしい。グリムは生まれつき成人の体型だったらしい。ただ、見た目は死神によって子供っぽかったり大人っぽかったりするのだとか。人間とは全然違う理屈だな。

さらに、質問をした。
他の人から見えなくなるという現象は、どうやって起こっているのか。
グリムは、あれは死神の持つスキルのようなもので、自分で制御できるらしい。
要するに、自分の決めた人にしか見えないようにしたりできるってことだ。
なんとも便利な能力だこと。

このぐらいの質問をして、今日は終わった。

さて、明日からどうなるのだろうか。

風呂に入って、そのまま俺は眠った。

「っておい!」

「如何いたしましたか?」

「何で同じ布団入ってくるんだよ!お前寝なくていいんだろ?!」

「確かに仰る通りなのですが、悠様のお側にいたくて」

「は?」

「悠様がうなされないように、私を抱き枕にしても構いませんよ?」

「いや、しないから!」

「そんな!フカフカですよ?」

く、確かにフカフカかもしれないけど。
グリムは、めちゃくちゃスタイルいいしな。
見た目の年齢は、人間で言うところの25,6歳ぐらい。しかも美人なのだ。それもとびきり。

「とにかく、もう寝かせてくれ!」

「私のことが嫌いなのですか?」

「べ、別に嫌いじゃないけど……」

「それでも、駄目、でしょうか?」

近い近い!ほんと近いから!
こいつ、分かってないでやってるから質が悪い。

「あーもう!分かったよ。ほら、入れよ」

「ありがとうございます!悠様!」

少し嬉しそうなグリム。夜のテンションってやつか。

布団の中で、グリムは頭を撫でてくれた。
こいつ、俺を子供とでも思っているのだろうか。
俺にはもう母さんがいるから。残念だったな。
でも、凄い落ち着く。グリムの指、凄く細いくて冷たい。

すると、耳元で囁かれた。

「お休みなさいませ、悠様」

そこから、俺の意識はなかった。






目が覚めた。目の前にはグリムの顔があった。

「おはようございます、悠様」

「うわっ!」

あまりの近さに飛び起きてしまった。

「昨日はよくお眠りになられたようで何よりでございます」


「一つ聞きたいんだけど、グリム。昨晩、何してた?」

「昨晩は、悠様のお可愛い寝顔を拝見させて頂いておりました」

「正直に言うんだな」

「これは任務ですから」

「任務?」

「悠様の心の強さの秘密を知るためでございます」

いや、寝顔は関係ないだろ。断言できるわ。

起きた時間はいつも通り。五時半。
起きてすることは、母さんの朝ごはんと弁当を作り、洗濯物を干す。昨日の夕飯はカレーだったから、弁当に入れられないからな〜、一から作らなくては。

俺は母さんを起こさないようにリビングに入る。

フライパンに油を引き、火をつけて熱する。
ウィンナー、卵焼き、生姜焼き。
自分の分の弁当も作り終え、余った物を朝ごはんへ。トーストができたタイミングで、母さんが起きてきた。

「おはよう、母さん」

「おはよう、悠。ほんと、悪いね」

「こら、それは言わない約束でしょ」

「でもね……」

「ほらほら、朝ご飯食べよ」

母さんを座らせ、俺も座る。
母さんと過ごせる時間は朝飯と夕飯の二回しかない。だからとても貴重なのだ。

「美味しい?」

「いつも通り最高!」

「それはよかった」

そう言って、俺が母さんの頭を撫でる。

朝と夜では、立場が逆になる。

「ごちそうさまでした!」

「お粗末さま」

「はいお弁当」

「ありがとう!それじゃあ行ってきます!あ、その前に……」

玄関に向いたつま先を反転させて、

「行ってきますのハグ〜!」

ぎゅっと抱きついてきた。これは毎朝恒例である。

「はい、行ってらっしゃい」

「悠も学校頑張ってね」

「うん……」

「行ってきまぁ〜す!」

母さんは元気に仕事へ向かった。

「もう大丈夫だ、グリム」

「はい」

「ん?どうした?」

「いえ、"学校"という言葉が出た途端、悠様の顔が強張ったので」

「………」

「怖いのですか?」

「……ああ」

やはり怖いのだと思う。
自分に力があると分かったところで、その力はまだ使えないし、これでは到底母さんを守るなんて言えない。

「なあ、グリム」

「何でしょう?」

「俺の力を解放するには、どうすればいいんだ?」

「そうですね……。やはりその場面に直面しないと、目覚める可能性は低いと思われます」

「なら、学校に行くか」

「しかし、行けば悠様が苦しまれるのでは?」

「俺の心の強さの秘密を知れるかもよ?」

「承知しました。私もお供いたします」

俺は、グリムと学校に行くことにした。
最近は、学校に行くと言って、適当にそこら辺を夕方までぶらついて家に帰っていた。
理由は、もし学校に通ったりしたら、前より酷い傷ができるかもしれない。そうなると、母さんに気付かれてしまう。流石に顔の傷はどうしようと隠せない。
あとは、あいつらが怖かったからだ。

俺はグリムと並んで通学路を行く。
他の人から見たら、俺が一人で歩いてるだけだが。

「ここだ」

「これは中々立派な建造物ですね」

「うちの高校、ここらでは名門なんだ」

「なるほど……」

「あと、ここから、応答は静かにするからな」

「承知いたしました」

「じゃあ、行くぞ。これから何があっても、お前は手を出すなよ」

「悠様がそう仰るのならば」

今の言葉は多分、グリムにというより、自分自身に対して放った言葉なのだと思った。

一年B組。俺のクラスだ。と言っても、ここ二週間ほど通ってなかったが。
俺が教室に入ると、それまで騒がしかった教室内が、ざわっとしだした。

「うわ、矢島きたよ」 「早く転校しろよな」

「こっちの態度で察しろっての」 「それな」

色々な罵詈雑言が聞こえる。こんなのは序の口だ。

「お〜い矢島ぁああ!!」

俺が油性ペン出落書きだらけの机に座ったタイミングで、イジメの筆頭である大野が目の前に来た。
俺の机は一番後ろの端。大野が黒板前からオラオラと肩を怒らせながら歩いてくる。

「何だよ」

「この二週間どうしたよ?金は用意できたのかよ、10万」

「前にも言ったが、金を渡す気はない」

「またゲロ吐きてぇのか?あぁ?」

俺に顔を近づけて威圧してくる。

「なら、今日は顔いくか」

クラスがざわっとする。こいつらも想定外らしい。

「話が違うだろ。顔は絶対しないって前言ったじゃねーか」

「気が変わった。てか、お前が悪いんだぜ?言われた通り10万持ってこねぇから」

大野は右手を強く握った。くる。

「おらぁぁぁ!」

「くっ!」

俺はなんとか両手で大野の右手を抑えたが、吹っ飛ばされた。

「何守ってんだよ矢島、生意気だな。ゴミの息子のくせによ〜?」

「お前に何が分かる」

「またそれか。もっと他に言い訳はないのかよ〜、なぁ!」

座り込んでいる俺の腹に、思いっきり蹴りを入れてきた。息ができない。苦しい。

「おら、立てよ」

俺は胸ぐらを掴まれ、無理矢理立たされる。
乱暴に扱わないでくれ、制服が破ける。

「お前、調子乗ってねぇか?」

「それは大野だろ?」

「……お前、今何つった?」

「…………」

「何つったって言ってんだよっ!!」

大野は右手で俺の顔を殴った。
俺はそのまま壁に吹き飛んだ。
ドカン!と大きな音を立てて、そこに倒れ込む。
痛ぇ。初めて顔を殴られた。今まで、俺は母さんにバレないように、顔だけはやめてくれと言ってきた。だけど、その約束は破られた。 

教室を見渡すと、角にグリムが立っていた。

『良いのですか?』

目でそう訴えてきた。俺は頷いた。

やばいな、顔の感覚が無くなってきた。
手で触ってみると、鼻がありえない方向に曲がっていた。こりゃ折れてるな。くそ。

大野の怒りはまだ収まらない。

「まじでムカつくな、お前」

大野は、俺の頭を両手でがっしり掴み、そのまま自分の膝に勢い良くぶつけた。

「ぐぼぉっ!」

やばい、前歯が折れた。痛ぇ。めっちゃ痛い。

「ねぇ大野……、もうその辺にしといたら……?」

「あぁ?オメェらはすっこんでろ」

口から血がボタボタ垂れてくる。
床に、俺の歯がポロポロ落ちてる。

蹲ってうめき声を上げる俺を、大野は持ち上げた。
そして、そのまま顔を壁に叩きつけた。

「ドォオンッ!!!」

あ、やばい。俺、死ぬかもしれない。
自分の顔の骨がバキバキ音を立てている。
そのまま床にずり落ちた。



母さん、ごめん。


目の前が真っ暗になる。




それが真っ黒な部屋ということに気付くのに、そこまで時間は掛からなかった。

俺は、倒れたまま。

よく見ると、俺の目の前に黒い何かがいる。

「こりゃ酷くやられたな」

目の前の黒い人型の何かが、俺に話しかけた。

「あ……がぁ……ば……」

「あ、歯折れてんだっけ。悪い悪い」

そいつは面白そうに笑った。おい、こっちは真剣なんだよ。

にしても、この声……どこかで聞いたことあるような……。

「ここがどこか分かるか?」

俺は首を横に振った。

「ここは、お前の精神世界だ。で、オレはここの住人」

俺の、精神世界?
目の前の黒いやつが俺の心?

「見ての通り、真っ黒だよな〜、オレもこの部屋も」



「要するに、お前の心は真っ黒なんだよ。それはお前が悪いわけじゃない。父親を貶し、お前を痛めつけるあいつらが悪い。だよな?」




「返事はなしか。まあいい。お前の側にいるあの死神は、味方だ。それは保証しよう。だから、マジでやばくなったらあいつを頼れ。心の中で訴えれば、アイツに届くはずだ」


「ぢ………が……ら……」

「あ?」

「ぢ……がら……」

「……力?」 



「ぢがらを………くれ……」


「力をくれ?何言ってやがる、お前」



「お前は、とっくに力を持ってるじゃねーか。それ以上、何を求める?」

「ぢがう……」

「あ?」


「おでの……ぢがらを……めざめ……させてぐれ……」


「あ〜、そういうこと」




「いいぜ。けど、オレが直接解放するのは無理だ。オレにはその権限がない。だから、やり方を教えるぜ」

 

「今から俺が質問をする。それに心の中で答えろ」

俺は頷く。




「お前は、どうして力が欲しい?」


それは、母さんを守るため。


「お前は何故、そこに倒れている」

それは、大野にボコボコにされているから。


「お前は、まだその巨悪に立ち向かうか」


立ち向かう。俺かあいつが死ぬまで、何度でも。



「お前の敵は、何だ」


俺の敵は、大野。いや、父さんを殺したこの世界。
俺は、世界に復讐をする。


「お前は、誰が為に生きる」


そんなの、決まってるだろ。




母さんを守るためだっっっっっ!!!!!!!




「フッ、合格だ」




ズゴォオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!




「うわっ!なんだこれ?!地震?!」



「やだっ!!めっちゃ揺れてるっ!!」



「おいっ!誰か先生呼べよっ!!!」





「ふふふ。おめでとうございます、悠様」




「お力を解放されたのですね」








なんだ、これ。
体中が熱い。焼けるように熱い。熱い熱い熱い。

治まれ治まれ治まれ治まれ治まれ治まれ!

そう心で叫んだら、熱さはスッと引いた。
代わりに、全身から力が漲ってきた。


これが…………俺?
信じられない。
指先までエネルギーが込められているみたいだ。
拳を握ってみる。
ジンジンする。何だこれ。
パンパンに腫れた顔と鼻を触ってみる。
あれ、元にに戻ってる。
確かに俺の顔はパンパンになったし、鼻は曲がって歯はボロボロに折れたはずなのに。
状況が理解できず、グリムを見た。
グリムはさっきの場所で、右手を胸に当て、左手を後ろに回し俺に向かってお辞儀をしていた。

てことは。

目覚めたのか、力が。

これが、俺の感情エネルギー。

今まで蓄積された恨みや怒りの感情が、力となって体現した。

「ややややや矢島?!」

目の前には、何が何だか分からなくて固まっている大野が突っ立っていた。

丁度いい、人体実験だ。

俺は大野の腹に本気で拳を叩き込んだ。

「がぼぁっ!」

大野はすごい勢いで窓ガラスの方へ吹っ飛び、窓の縁にめり込んだ。口からは血を大量に吐き、俺の殴った部分は皮膚が裂け、内臓が露わになっていた。

「キャアアアアアア!!!」

一人のクラスメイトが叫んだ。恐怖の慟哭。

俺は、咄嗟に教室全体に聞こえるように言い放った。

「お前ら、聞け」

教室が静まる。全員の怯えた目。その視線は、皆俺と大野を行き来していた。

「こうなりたくなかったら、俺には関わるな。安心しろ、大野は死んでねぇ」

本気で拳を叩き込んだと思ったのだが、人を殴ることに少し躊躇をしたのか、力が抜けた。
多分、あのまま殴れば、大野は確実に死んでいただろう。

「いいな?」

クラスメイト全員が、俺のことを見ながら一斉に首を縦に振った。

「グリム、スキル解いていいぞ」

「ご命令とあらば」

グリムがクラスの端から俺のところまで瞬間移動し、姿を現した。

「だ、誰っ?!」

「こいつはグリム。死神だ」

「し、死神?!」

「おい矢島、嘘だろ……」

「グリム、自己紹介してやれ」

「いえ、このような贋作がんさく共には自己紹介など必要ありません。貴様ら、数々の悠様へのご無礼、死んで詫びろ」

グリムから出たとは思えないぐらい低い声をだして、右手に真っ赤な鎌を出現させた。


「グリム、俺は大丈夫だ」

「しかし!」

「ていうか、契約で人は殺せないんだろ?嘘つくな」 

「も、申し訳ありません!」

すごいしおらしい。

「とりあえず……」

俺はクラスメイト全員に向き直り、

「俺はお前たちと仲良しごっこをする気はねぇ。もう関わらないでくれ」

「貴様ら、命拾いしたな。だが、次は無い。そのときはこの鎌で、貴様らの首を一つずつ刈る。精々怯えて生きるがいい」

「こら」

「うっ」

チョップしておいた。ビビらせる必要はないんだよ。





放課後まで時は進んだ。
結局、俺のせいで授業どころではなくなった。
皆震えてるし、中には泣くやつもいたし。
ちなみに大野は、ギリギリ生きていた。
グリムが言うに、ほぼ死んでいたらしいが、グリムに頼んで治療してもらった。できなかったらどうしようと思ったが、グリムは人間を治療できるらしい。生きていれば、完治させられるらしい。
ただ死んでしまうと、どうしようもないとか。

久々の授業で全くついていけなかったが、これから頑張ればいいか。

帰り道、グリムは嬉しそうだった。

「何でそんなに嬉しそうなんだ?」

「それは、悠様の力が解放されたからでございます。お体の方は大丈夫ですか?」

「あー、何か変な感じ。痛いとかじゃないんだけど、体がフワフワしてるんだよな……」

「おそらく、エネルギーが一気に暴発したのが原因だと思われます。体がまだ追い付いていないので
す」

「それってやばいんじゃ……」

力の大きさに器が耐えきれずにドカン!とかやめてくれよ。

「いえ、ご安心ください。悠様のお体は、既に力に順応し始めておりますので。しかし、何故でしょう?大抵、身体が力に慣れるのには、かなりの時間がかかると言われているのですが……」

「まあ、ドカンしないならいいんだけど」

「それはありえませんよ」

それなら良いんだよ。でも、万が一がある。用心はしておきたい。

「あ、そう言えば」

一つ思い出した。

「グリム、姿出しちゃったけど、大丈夫なのか?」

「何故です?」

「いや、これからの仕事に差し支えたりとかするのかなって……」


「仕事も何も、このグリム、貴方様に仕えることこそ、使命となりました」

「は?なんで?」

「死神の仕事は、他のものにやらせておきます。というより、そもそも私自ら人間に接触することはほとんどありませんので」

そうなのか。じゃあ俺は、結構なレアケースってこと。

「他の死神に怒られないか?それ」

「問題ありません。私に歯向かうものなどいません。やれと言えば絶対に従いますから」

「うわ、パワハラ」

こらこら。そういうのはダメなんだぞ?最近は益々そこら辺が厳しくなってきてるんだから。

「ぱわ……はら?」

「簡単に言うと、偉い人が威張って部下をいびることだ」

「我々の世界では、リーダーの言うことに従ううことこそが嗜好であると言われているのですが……」

パワハラどころか超々ブラックだった。
どうなってんだ死神の世界は。

とりあえず、話題変更だ。

「一先ず、学校は何とかなったな」

「それでは、次は?」

俺はニヤッとした笑みをグリムに浮かべて……

「もちろん、世界だよ」

俺の言葉を聞いて、グリムは楽しそうに微笑んだ。

「やはり、貴方は人で収まっていい方ではない」

見てろよ、お前ら。

俺は許さない。父さんを苦しめた奴らを。







































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