不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

白銀の魔女

 エイミーの魂は、崩壊寸前だった。

 体の感覚は、半分以上麻痺している。

 五感が、かろうじて今の状況を伝えてはいるが、思考はそれを理解することを拒否していた。

 苦しい。

 息がほとんどできずに、目の前がクラクラする。

 両手両足の筋肉が悲鳴をあげていた。

 とくに両足のあいだは、異物を出し入れされ、擦り切れ、激痛が続いた。

 しかし朦朧とした意識の中では、その痛みでさえも、もはやどこか他人事だった。

 この状況から解放されるなら、死んでしまったほうがマシに思えた。

 ルッカ……。

 アナ……。

 エイミーは、最期に、愛するものたちの名前を思い浮かべた。

 すると不意に、体を拘束していた化け物の力が弱まった。

 触手から解放されて、エイミーの体は地面に落ちる。

 うっすらと目を開け、確認した。

 すぐ横に、苦悶するタコの化け物の姿があった。

 教皇ゼウシスと名のる、自分と同じくらいの背丈の少女が対峙している。

 彼女の両眼は、眩く光っていた。

 頬は、残酷な笑みで歪んでいる。

 彼女は、わたしだ。

 エイミーは思った。

 魔女の娘。

 母を裏切った娘。

 母を自分の力で殺した女。

 幼いころ、エイミーは、自分の力を制御できなかった。

 癇癪を起こして泣き出した。

 不意をつかれた母は、その力で両目両耳から血を流し、絶命した。

 父は、孤児院に捨てた。

 別れ際、エイミーは、父の耳元で声を張り上げて泣いた。

 それで、父も死んだ。

 クローチェの触手が、見えない力で千切れ飛んだ。

 ゼウシスという名の教皇がやっていることは、明らかだった。

 触手が引きちぎれるたびに、彼女は愉快そうに笑っている。

 エイミーも同じような笑みを浮かべた。

 いい気味だと思った。

 自分で、獣化の薬を与えておいてなんだが、クローチェを解放したのは失敗だった。

 こんなひどい仕打ちを受けるとは思ってもいなかった。

 ぼんやりと状況を、見守っていると、やがてクローチェの体は、内側から盛大に爆発した。

 ブフォンと奇妙な音をたてて、木っ端微塵となった。

 ブヨブヨとした彼の残骸が辺りに散乱した。

「ひゃっ!」

 三角の突起物が目の前に飛んできたので、エイミーは思わず悲鳴をあげて後ずさった。

 教皇ゼウシスも、クローチェの黒い皮膚と血の雨を全身に受けて、汚れていた。

 しかし、平然としている。

 彼女は、エイミーに近づいた。

 エイミーは逃げようと思ったが、足に力が入らない。

 このときばかりは、悲鳴も出なかった。

「恐れる必要はない」

 ゼウシスの白銀に光る目は、青に変わった。

「わたしと、一つになるだけだ」

 そうかと思うと、また白銀に戻った。

 ゼウシスは、優しい手つきでエイミーを抱え起こす。

 じっと、明滅する二色の目で見つめられた。

「共に三色月華の神になるのだ」

 そういうと、ゼウシスは、エイミーの首筋に噛み付いた。

「……い、痛い……あ、あ、あ……」

 ゼウシスは、エイミーの肉を食いちぎった。

 咀嚼して、それを飲み込んだ。

 エイミーの白い肌から、どくどくと血が溢れる。

 ゼウシスは、それを舌で舐めて、啜った。

 それは、ゼウシスとエイミーが一つになるための儀式だった。

 エイミーの意識は、すでに消えていた。

 ゼウシスは血塗れになりながら、満足そうに微笑んでいた。

 外では、すでに紅い雨が降り始めていたが、彼女は、まだそれを知らない。

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