不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

魔女のいざない

 ゼウシスの視線は川面に向けられていた。

 しかし、実際はなにも見ていなかった。

 城から離れたあと、彼女はしばらく気を失っていた。

 目を覚ましてからも、何も考えられなかった。

 ゼノーによると、紅獅子王を怒らせてしまった以上、教会の存続は危ういという。

 蒼い狼男とやらを王の部下より先に捕らえるか、始末しなければ、教会は取り潰されることになった。

 慌てて、イフテリオスが情報をかき集めた。

 その狼男は、自由軍た呼ばれる反乱組織の仲間ではないかとの噂だった。

 一行は、布教船を準備して、自由軍のアジトがあるというウル湖に向かうことにした。

 ゼウシスは何も口をはさまず、ただ彼らにまかせた。

 正直、どうでもよかった。

 傷つけられた自尊心は、びくりとも回復しそうになかった。

 死んでしまいたい。

 そうだ、何も持たぬエイミー。

 心の奥底から、自分のものではない、何者かの声が立ち昇った。

 お前は、もう、死んでしまえ。

 そして、我が魂とひとつになるがいい。

 ゼウシスの中に、二つの思考が存在した。

 白銀の魔女……。

 まだ蒼の月の世界で、エイミーという名の孤児だった頃、彼女は前教皇に秘密の通路を教えられた。

 封印の部屋へと続く道。

 初めてそこに入ったとき、一つの水晶に導かれた。

 我と、ひとつに……。

 水晶から、そう声が聞こえた。

 言われるがまま水晶を壊すと、渦巻く風が口や鼻から体内に入った。

 そのとき、彼女の内側に、別の人格が現れた。

 我は、白き月の世界の女王。

 白銀の魔女。

 我に力を貸せば、其方をこの世界の王にしよう。

 その魔女と名のる人格は、そうささやいた。

 エイミーは、拒否した。

「わたしは、わたしの力でこの世界の頂点に君臨する。余計な口出しは無用よ!」

 すでに、彼女は計画していた。

 教皇を色仕掛けでたぶらかせ、次の教皇に自分を指名させるつもりだった。

 教皇が本気でなくても、冗談でもいい。

 書類さえ一時的に書いて貰えば、あとは口移しで毒を盛ればいい。

 ならば、お前の力が及ばぬときは、我に体を譲れ……。ずっと、わたしはお前の中にいる……。

「いや……だ」

 ゼウシスは、つぶやいた。

 舟の上で、ゼノーとイフテリオス、それにイフテリオスの弟クエイルは、そんなゼウシスの様子をうかがっていた。

「わたしは、ゼウシス……エイミーなどではない。この世にただ一人の、真の神の代弁者、魔女になど……紅獅子王になど、屈するわけにはいかない」

 お前一人で何が出来よう。

 我なら、あの紅獅子王でさえ、手も足も出せぬ。

「……いずれ、あの男には、紅獅子王には復讐をする。だが、今は目の前のできることをしよう。我は真の教皇。今は、その地固めをする。魔女の助言など要らぬ」

 ゼウシスは、誰ともなくつぶやいた。

 ゼノーらは、それが自分たちに向けられていないのはわかっていた。

 しかし、彼女の本心であることは伝わった。

 三人の従者は、すでにゼウシスに忠誠を誓っていた。

 白銀の魔女は、心の中でゼウシスに続けた。

 ならば、聞くがいい……世界の秘密を。ノーラが、三つに分断された世界が、一つに戻る方法を……。

「それは、わたしの役に立つ情報か?」

 もちろん。

 ゼウシスは、白銀の魔女の言葉に、心の耳を傾けた。
 

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