不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

地下室の秘密

 紅獅子王カールと将軍カイゼルは、城の地下に向かった。

 城の内部の屋根は高く、王の巨体でも悠々と通れるように、廊下も広い。

 イシドラは、建物構造を利用し、主に天井に走る軒や柱を使って移動していたが、さすがに地下に行くには、廊下へ降りるしかなかった。

 途中、兵の一人の不意を打ち、気絶させて、衣服を奪う。

 幸いにも、地下への階段を使うのは、王と将軍以外にいないようだ。

 イシドラは、距離を置いて二人の後をつける。

 やがて、大きな門の前にたどり着いた。

 警備はいない。

 将軍が扉を開けると、二人で中に入っていった。

 一瞬、扉の奥から、炎の揺らぎが漏れ出た。

 と、同時に寒々とした冷気を肌に感じた。

 相反する現象に、イシドラは首をひねった。

 そのあと、扉は完全に閉められた。

 近づいて隙間が作れないか調べるが、ずいぶんと重い扉だった。

 少しでも開ければ、その動作で見つかってしまうだろう。

 仕方なくイシドラは、耳を当てて中の様子をうかがった。

 かろうじて、声が伝わった。

「紅獅子王様、よくぞいらっしゃいました」

 落ち着いた女の声。

 この世界のマディンだろう。

「マディンよ、何かわかったか、この……について?」

 紅獅子王が尋ねた。

「少しだけですが」

 マディンは、恐縮そうな声で続けた。

「あらゆる武器を試しましたが、この生き物はまったく傷つきませんでした。むしろ武器の方がだめになりました。物理的な攻撃では、なんのダメージも与えることはできないでしょう。ただ、水や氷が有効ではあることがわかりました。……の力を弱めます。しかしながら、今のところ、完全に殺す前に、水や氷の方が気化してしまいます」

「そうか」

 王の声は、淡々としていた。

「意志の疎通はできないのか?」

 カイゼルがたずねる。

「無理のようです。……は、人語を理解できません。あらゆるものを滅ぼすことが生まれた理由かと思われます」

 将軍カイゼルは続けた。

「これは、陛下が全身に火傷を負ってやっと捕らえたのだ。多くの兵士が殺された。六鬼ですら、まったく歯が立たなかった。それが殺せないとあっては、我が国の存続にかかわるぞ、マディン」

「わかっておりますが……」

「そなたはこの国一番の魔道士であろう? そなたしかいないのだ、なんとしても、この……を制御するのだ」

「しかしながら将軍、これは、これまで見たことも聞いたこともない生き物です。この世界には存在しない。簡単にいかない


 二人が口論しそうになるのを、王がいさめた。

「まあ、そうあせるなカイゼル。ところで上の状況はどうなのだ?」

 ふたたび、マディンは声を抑えて答えた。

「状況は変わらずです。しかし少しずつ、あれは近づいています」

 上?

 イシドラはふと思い返した。

 巨大な紅獅子城に近づいたとき、その天守閣に、望遠鏡のようなものが見えた。

 てっきり周囲の状況を観察するためのものと思っていたが、よくよく考えると、望遠鏡の拡大鏡は、上空に向けられていた。

 太陽の方向へ。

 マディンは、声をひそめて言った。

「間違いなく、紅い雨は降るでしょう」 

 紅い雨。

 エイミーが言っていた。

 この世界に伝わる、世界の終わりに降るという雨。

 ひとり思案していると、突然、扉の内側が激しく振動した。

 グォォォオオオオ。

 聞いたことのない生き物の咆哮が聞こえた。

 山火事のような、バチバチとした音が混じる。

 咆哮は続いている。

 イシドラは、今なら扉を開けても大丈夫ではないかと考えた。

 中にいる、謎の生き物を確認したかった。 

 王やマディンの頭を悩ませるほどのもの。

 それを確認せずに、ここを立ち去ることなんて出来なかった。

 好奇心に負けて、そっと、地下室の扉を開く。

 そして、隙間からのぞく光景を目にして戦慄した。

 まず目に入ったのは、紅獅子王と将軍カイゼル、その隣に立つ白いローブの女、三人の後ろ姿だ。
 
 白いローブの女が、この世界のマディンなのだろう。

 部屋の奥に、巨大な氷の檻が作られていた。 

 な、なんだ、あれは……?

 檻の中には、炎が蠢いている。

 炎は、鳥の形をしていた。

 燃え盛る紅い翼。

 クチバシはなく、どちらかというと、顔は人の形に似ている。

 漆黒の目がつり上がり、王を憎々しげに睨んでいた。

 口からは黒煙とともに、地下室に雷鳴のような咆哮を轟かせている。

 イシドラは、驚愕したまま動けなかった。

 それは、この世の生き物とは思えなかった。

「ふ、不死鳥……」

 思わず、イシドラはつぶやいた。

 王が振り返った。

 目が合った。

 不覚だった。

 しまった……!

 王に続いて、カイゼルとマディンの視線も向けられた。

 魔封のイシドラは、一目散に地下室の前から逃げ出した。



             第二章 完

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