不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

川面の災難

 大河の中流で、ユウは、空から襲来する炎の雨に目を奪われていた。

 操る商船は、木製だ。

 炎が一つでも落下してきたら、瞬く間に燃え移り、沈没する。

 いや、その前に落下の衝撃で木っ端微塵に壊れるだろう。

 ユウは上空から目を離さずに、舟を動かした。

 支流に入るより、河の本流を進むことを選んだ。

 地表に落ちた紅い雨は、翼を人のような姿をしていた。

 四肢があり、顔があり、黒い目があった。

 火の化け物。

 両手は幅色で、翼の形をしている。

 不死鳥……。

 彼らの炎は大地に燃え移り、世界を焼いた。

 しかし、河に落ちた不死鳥たちは、水蒸気を迸らせて、苦悶の雄叫びを上げた。

 そして、すぐに川面から飛び去った。

 彼らは、火の化物だけあって、水は嫌いらしい。

 だからユウは、河の中央に舟を浮かべて、不死鳥の落下点を避けて、進んだ。

 いったい、世界はどうなってしまうの?  

 本当に滅ぶの?

 ルッカが、この世界の分身と出会って、新しい神とならない限り。

 ユウは、神話を思い出していた。

 天候を司るアグンと、地と再生を司るノーラの戦い。

 その戦いはいまだに続いていて、終止符は打たれていなかったのではないか。

 アグンは最後に一粒の紅い雫を投げつけ、それは、白銀の鷹リーグシャーの喉に穴を開けたという。

 天に追放される直前に、アグンは自らの分身をノーラの世界に残していたのではないか。

 一粒の紅い雫は、アグンの一部だったのではないのか。

 続いてユウは、河岸で聞いたイシドラの話を思い出す。

 白銀の月の世界の歌姫アナ。

 彼女の唄が、すべての始まりだった。

 世界の終焉の唄。

 不死鳥の恋よ、安らかに眠れ。

 空を覆う不死鳥の集団は、その唄に導かれてやってきたのだ。

 つまり、アナこそが、アグンの残した紅い雫、アグンの一部なのだ。

 ユウの考えがそこまで至ったとき、一匹の不死鳥が、甲板に落下した。

 甲板は陥没し、水が侵入した。

 不死鳥は、舟の上で踊り狂った。

 すぐに火は燃え移り、瞬く間に舟は炎上した。

 ユウは、急いで河に飛び込んだ。

 水は温かかった。

 すでに何十匹もの不死鳥が河に落下して、水温を上昇させていた。

 ユウは流れに身をまかせて泳ぎ、岸辺に向かった。

 しかし、岸にたどり着いたところで、そのあとどうすればいいのだろう?

 世界は、灼熱の地獄と化しつつあった。

 アナはアグン。

 じゃあ、アナに恋するルッカは?

 ノーラ?

 それとも、ノーラの意思を受け継ぐ新しい神?

 ルッカ、もう頼れるのはあんたしかいない。

 心の中で、願った。

 あたしの体が焼けるか煮えるかする前に、なんとかこの状況を変えて。

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