不死鳥の恋よ、安らかに眠れ
エイミーとイシドラ
イシドラは、岩陰で焚き火をはじめた。
「その虎は、もうダメだろう」
シーザーは、なんとかここまで歩いてきたが、ぐったりと横になっていた。
息をしているかどうかもわからない。
水を与えたが、一滴も飲まなかった。
イシドラは、懐から小瓶を出して、エイミーに渡した。
「こいつをその少年につけてやれ。ケガの治りが早くなる」
エイミーは、まだイシドラを完全に信用していなかったが、小瓶を受け取った。
「じつは、わしもまだ来たばかりでな。この国について何も知らんのだ。教えてくれないか、お嬢さん」
彼の私を見る目には、不信感がある……。
エイミーは、そう感じていた。
エイミーとて、助けてくれたとはいえ、イシドラは見ず知らずの怪しい男にしか見えない。
信頼したわけではない。
しかし、頼りにするのは彼しかいなかった。
「何から、話せばいい……?」
「そうだな、この国の支配者は誰だ? 教会ではないようだな」
「この国の支配者は、紅獅子王カール」
エイミーは、続けた。
「王国一の戦士にして、武力ですべてを支配しています。歯向かうものは容赦なく殺すし、戦えないものに慈悲は与えないわ」
エイミーは、自分やアナの両親が治世に異論を唱え、殺されたことを教えた。
街の中心部に、巨大な王宮があり、紅獅子王カール自体も身の丈三メートルを越す大男だという。
「なるほど。三メートルとは、化け物の王だけのことはあるな。では、教会はどうなっている?」
「教会は、街の外にひっそりとあるけど、力は何もありません」
「教会で祀られるのは、蒼の狼ライアロウか?」
「ちがいます。教会が祀るのは、紅の獅子バルティアン」
「男たちは、いつもあんなふうに野人化するのか?」
「いえ、満月の夜だけ……。普段は善良な人も、紅の満月を見ると、獣になるの。進んで野獣になるものもいるし、そうならないよう、満月の夜は早く寝るものもいます」
「呪雨は降るか?」
「なんですか、それ?」
「黒い雨だ」
「わかりません」
 
「そうか」
「でも、紅い雨が降る……という話は、聞いたことがあります」
「紅い雨」
「アグンの軍隊と呼ばれています」
「いつの日か、アグンの軍隊が紅い雨となって、空から降り注ぐ。この国には、そういう言い伝えが、昔からあるんです」
「初めて聞くな……」
イシドラは考え込んだ。
「この国に、イシドラというものはいるか、もしかしたら知っているか?」
「イシドラ……あなたと同じ名前の人?」
「そうだ」
「わからないです……多くの人が亡くなったから。丘にある墓石に名前がなければ、どこかで生きているかも」
「ふむ」
イシドラは髭をさすり、立ち上がった。
「とにかく、その紅獅子王に会いに行ってみよう」
「殺されますよ」
「わからんぞ。わしも相当の腕利きだからな」
イシドラは笑った。
「わたしは、どうすればいいでしょうか?」
「そなたには、その少年のことを頼みたい」
「ルッカのことをですか?」
「そうだ。わしと同じく、その少年も、大きな宿命を背負っているのだろう。いや、そなたも、か」
イシドラの表情は厳しかった。
「そなたは、わしの知っているある女性に似ている。もしかしたら、ここで我ら三人が揃ったことは、何か重要な意味があるのかもしれん」
エイミーは、意味がわからず、ただ黙っていた。
「では、もうわしは行こう。また会う時まで、達者でな」
「あ、あの」
エイミーは、イシドラを少しだけ、引き止めた。
「あの、もしアナに、アナ=オレオソルトという紅い髪の女性に出会ったら、私たちは無事だったと伝えて。彼女は、紅獅子王に囚われているはずだから」
「ああ。わかった」
イシドラは、夜が明ける前にその場所を離れた。
「その虎は、もうダメだろう」
シーザーは、なんとかここまで歩いてきたが、ぐったりと横になっていた。
息をしているかどうかもわからない。
水を与えたが、一滴も飲まなかった。
イシドラは、懐から小瓶を出して、エイミーに渡した。
「こいつをその少年につけてやれ。ケガの治りが早くなる」
エイミーは、まだイシドラを完全に信用していなかったが、小瓶を受け取った。
「じつは、わしもまだ来たばかりでな。この国について何も知らんのだ。教えてくれないか、お嬢さん」
彼の私を見る目には、不信感がある……。
エイミーは、そう感じていた。
エイミーとて、助けてくれたとはいえ、イシドラは見ず知らずの怪しい男にしか見えない。
信頼したわけではない。
しかし、頼りにするのは彼しかいなかった。
「何から、話せばいい……?」
「そうだな、この国の支配者は誰だ? 教会ではないようだな」
「この国の支配者は、紅獅子王カール」
エイミーは、続けた。
「王国一の戦士にして、武力ですべてを支配しています。歯向かうものは容赦なく殺すし、戦えないものに慈悲は与えないわ」
エイミーは、自分やアナの両親が治世に異論を唱え、殺されたことを教えた。
街の中心部に、巨大な王宮があり、紅獅子王カール自体も身の丈三メートルを越す大男だという。
「なるほど。三メートルとは、化け物の王だけのことはあるな。では、教会はどうなっている?」
「教会は、街の外にひっそりとあるけど、力は何もありません」
「教会で祀られるのは、蒼の狼ライアロウか?」
「ちがいます。教会が祀るのは、紅の獅子バルティアン」
「男たちは、いつもあんなふうに野人化するのか?」
「いえ、満月の夜だけ……。普段は善良な人も、紅の満月を見ると、獣になるの。進んで野獣になるものもいるし、そうならないよう、満月の夜は早く寝るものもいます」
「呪雨は降るか?」
「なんですか、それ?」
「黒い雨だ」
「わかりません」
 
「そうか」
「でも、紅い雨が降る……という話は、聞いたことがあります」
「紅い雨」
「アグンの軍隊と呼ばれています」
「いつの日か、アグンの軍隊が紅い雨となって、空から降り注ぐ。この国には、そういう言い伝えが、昔からあるんです」
「初めて聞くな……」
イシドラは考え込んだ。
「この国に、イシドラというものはいるか、もしかしたら知っているか?」
「イシドラ……あなたと同じ名前の人?」
「そうだ」
「わからないです……多くの人が亡くなったから。丘にある墓石に名前がなければ、どこかで生きているかも」
「ふむ」
イシドラは髭をさすり、立ち上がった。
「とにかく、その紅獅子王に会いに行ってみよう」
「殺されますよ」
「わからんぞ。わしも相当の腕利きだからな」
イシドラは笑った。
「わたしは、どうすればいいでしょうか?」
「そなたには、その少年のことを頼みたい」
「ルッカのことをですか?」
「そうだ。わしと同じく、その少年も、大きな宿命を背負っているのだろう。いや、そなたも、か」
イシドラの表情は厳しかった。
「そなたは、わしの知っているある女性に似ている。もしかしたら、ここで我ら三人が揃ったことは、何か重要な意味があるのかもしれん」
エイミーは、意味がわからず、ただ黙っていた。
「では、もうわしは行こう。また会う時まで、達者でな」
「あ、あの」
エイミーは、イシドラを少しだけ、引き止めた。
「あの、もしアナに、アナ=オレオソルトという紅い髪の女性に出会ったら、私たちは無事だったと伝えて。彼女は、紅獅子王に囚われているはずだから」
「ああ。わかった」
イシドラは、夜が明ける前にその場所を離れた。
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