不死鳥の恋よ、安らかに眠れ
彼女の名前①
彼女は、記憶を失っていた。
何か大きなショックが起きたのはわかっていた。
文字通り、世界がひっくり返るようなことが起きた。
それで、目覚めた時に、何も覚えていなかった。
「大丈夫か?」
近くにいた男が言った。
むさ苦しい顔立ちで、彼女はこの男は嫌いだった。
「他の者たちはどうしたんだ? いったい何が起こったんだ?」
男も動揺していた。
「どこへ行く?」
彼女は、男から離れた。
空はまだ暗い。
異様に紅い月が、血のような光を夜空に滲ませていた。
フラフラとした足取りで、彼女は丘を降りた。
男は男で、別の道を行った。
彼の方も、それほど彼女に興味を持っていなかったようだ。
森を抜けて、やがて街についた。
朝がやって来た。
活気のない街だった。
住人は、物珍しげに彼女を見たが、声をかけるものはいなかった。
彼女は、やはり何も思い出せなかった。
とりあえず、体の思うままに、歩いた。
たどりついた場所には、古びた家が立ち並んでいた。
人々の身なりも貧しそうだ。
女、子供、老人たちばかりだ。
ある建物の前に着いた。
錆びついた十字架と聖印が飾られている。
皮膚のはげた女神の像。
ここには、もっと大きな建物があったような気がした。
その中心に、私は座っていた。
「あなた」
老女が声をかけた。
「あなた、よその国の子かい? 蒼い目なんて、初めて見るよ」
老女は、十字架の建物へ手招きした。
「今夜は満月だ。あなたみたいな若い女がフラフラしてきたら、危険だよ。男どもに、取っ替え引っ替え襲われることになる」
彼女は、老女に招かれるまま、十字架の建物に入った。
「ここなら安心だよ。ここには、野蛮な奴らは訪れない。教会なんだから」
「教会……」
その響きが、頭の奥を刺激した。
「教皇様」
老女が先に奥へと歩き出した。
礼拝堂になっていた。
女神像の前に、一人の老人がひざまずいていた。
老女は、教皇と呼ばれた老人に、彼女のことを説明した。
「私は教皇ゼノーです。旅の方、泊まる場所がなければ、今夜はここで休んでいくといい」
ゼノーは、にこやかに笑った。
食事をしているか怪しいほど、骨と皮だけのやせ細った老人だった。
「教皇……」
記憶は蘇りつつあった。
しかし、目の前の現実があまりにも違いすぎて、何が本当なのか、受け入れがたかった。
食事があてがわれたが、味のないすえた臭いの粥だけだった。
碗には、獅子の絵が描かれていた。
紅い月。
獅子を祀る教会。
寝床も、カビの生えた毛布を敷くだけだ。
「わたしは……」
彼女は、一人つぶやいた。
粥の入っていた陶器の碗を投げつける。
壁に当たって、砕けた。
「わたしは……」
彼女は身を起こして、自問した。
彼女は、自分の名前を思い出していた。
彼女は、蒼の月の世界で教皇だった。
大聖堂の中心に座っていた。
しかし、その前は。
孤児院の娘。
ゼウシス=アキレウス、それは教皇になるときに、与えられた名前だった。
「わたしは……」
彼女は、久しぶりに本当の自分の名前を口にした。
「わたしはエイミー」
何か大きなショックが起きたのはわかっていた。
文字通り、世界がひっくり返るようなことが起きた。
それで、目覚めた時に、何も覚えていなかった。
「大丈夫か?」
近くにいた男が言った。
むさ苦しい顔立ちで、彼女はこの男は嫌いだった。
「他の者たちはどうしたんだ? いったい何が起こったんだ?」
男も動揺していた。
「どこへ行く?」
彼女は、男から離れた。
空はまだ暗い。
異様に紅い月が、血のような光を夜空に滲ませていた。
フラフラとした足取りで、彼女は丘を降りた。
男は男で、別の道を行った。
彼の方も、それほど彼女に興味を持っていなかったようだ。
森を抜けて、やがて街についた。
朝がやって来た。
活気のない街だった。
住人は、物珍しげに彼女を見たが、声をかけるものはいなかった。
彼女は、やはり何も思い出せなかった。
とりあえず、体の思うままに、歩いた。
たどりついた場所には、古びた家が立ち並んでいた。
人々の身なりも貧しそうだ。
女、子供、老人たちばかりだ。
ある建物の前に着いた。
錆びついた十字架と聖印が飾られている。
皮膚のはげた女神の像。
ここには、もっと大きな建物があったような気がした。
その中心に、私は座っていた。
「あなた」
老女が声をかけた。
「あなた、よその国の子かい? 蒼い目なんて、初めて見るよ」
老女は、十字架の建物へ手招きした。
「今夜は満月だ。あなたみたいな若い女がフラフラしてきたら、危険だよ。男どもに、取っ替え引っ替え襲われることになる」
彼女は、老女に招かれるまま、十字架の建物に入った。
「ここなら安心だよ。ここには、野蛮な奴らは訪れない。教会なんだから」
「教会……」
その響きが、頭の奥を刺激した。
「教皇様」
老女が先に奥へと歩き出した。
礼拝堂になっていた。
女神像の前に、一人の老人がひざまずいていた。
老女は、教皇と呼ばれた老人に、彼女のことを説明した。
「私は教皇ゼノーです。旅の方、泊まる場所がなければ、今夜はここで休んでいくといい」
ゼノーは、にこやかに笑った。
食事をしているか怪しいほど、骨と皮だけのやせ細った老人だった。
「教皇……」
記憶は蘇りつつあった。
しかし、目の前の現実があまりにも違いすぎて、何が本当なのか、受け入れがたかった。
食事があてがわれたが、味のないすえた臭いの粥だけだった。
碗には、獅子の絵が描かれていた。
紅い月。
獅子を祀る教会。
寝床も、カビの生えた毛布を敷くだけだ。
「わたしは……」
彼女は、一人つぶやいた。
粥の入っていた陶器の碗を投げつける。
壁に当たって、砕けた。
「わたしは……」
彼女は身を起こして、自問した。
彼女は、自分の名前を思い出していた。
彼女は、蒼の月の世界で教皇だった。
大聖堂の中心に座っていた。
しかし、その前は。
孤児院の娘。
ゼウシス=アキレウス、それは教皇になるときに、与えられた名前だった。
「わたしは……」
彼女は、久しぶりに本当の自分の名前を口にした。
「わたしはエイミー」
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