不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

アンドレの握り飯

 ルッカは順調に壁を登ると、五階の窓から大聖堂に侵入した。

 五階にだけ、廊下に面した吹き抜けの窓があった。

 ミゲルの考えたルートを、頭に思い描く。

 物覚えが良い方ではないが、しっかりと叩き込んできた。

 五階は、主要な人物の私室に当てられていた。

 教皇、司祭、神官、それに聖戦士たち。

 緊張感が走る。

 しかし、廊下には、冷んやりとした空気が漂っている。

 この階で、起きて活動しているものはいないようだ。

 運良く、誰とも遭遇はしなかった。

 ルッカは、静かな足取りで階段へ向かった。

 そして、四階を通り過ぎて、三階の通路へと入った。

 この階には、大きな広間があり、祝祭の日まで、蒼の神玉が置かれるはずだった。

 そこには、確実に警備がいるだろう。

 ルッカは、小走りで壁を沿って進み、角で立ち止まって、先の様子をうかがった。

 何事もなく目的の部屋の近くまでたどり着くと、角から、そっとのぞく。

 扉の前に二人の兵士が立っていた。

 神官の法衣を着て、槍のような長い武器を持っている。

 体格も大きい。

 ルッカは、たしかに自分が勝てる相手ではないと思った。

 二人とも腕も足も太く、顔つきも鋭い。

 さて、本当に食べてくれるものか。

 身なりを多少なりとも整えてから、ルッカはゆったりとした足取りで歩き出した。

「こんばんわ」

「何者だ?」

 兵士はすぐに気がついた。

「あ、あの聖戦士ユーダロス様に指示されて、夜食を持ってきました」

 手に、アンドレの作った握り飯を取り出して、ゆっくりと近づく。

 セリフもすべてミゲルから教え込まれた。

 聖戦士ユーダロスが、食糧の配備を指揮しているらしい。

 当然ルッカは、会ったこともない。

 二人の警備兵は顔を見合わせた。

「夜間の警備、御苦労さまです」

 ルッカは、二人の目の前に、握り飯を置いた。

「見ない顔だ。新人か?」

「はい。配属されたばかりで、右も左もわかりません……」

 上から下までじっと見られた。

「なぜ、聖衣を着てない?」

「飯のとき、汁の染みがついてしまって……」

 ルッカは苦笑いを浮かべた。

「聖衣を汚すとは、けしからんやつだ」

 バレてもいいとミゲルは言っていたが、騒ぎを起こしたくはなかった。

 ルッカはうなだれて、落ち込んだふりをした。

「どうぞ、食べて下さい」

「どれ」

 一人はまだ不審げな視線をルッカに送っていたが、もう一人の兵士が腰を落として、握り飯を掴んだ。

「腹が減っていたんだ。助かる」
 
 握り飯を一口頬張ると、兵士はその手を止めて、もう一人を見た。

「うまいぞ!」

 そういうと、丸呑みしそうに大口を開けて、バクバクと握り飯を食べ尽くした。

「こんなにうまい握り飯は食ったことがない!」

 握り飯を食べた兵士は感嘆して、もう一人にふたたび視線を送った。

「お前は食わんのか?」

「私は腹は減っていない」

「じゃあ、オレがもらおう」

 兵士は二つ目を頬張り始めた。

「じゃあ、これで」

「待て」

 ルッカが立ち去ろうとすると、食べていない兵士が呼び止めた。

「お前、ハーメルン様の部屋の前を通ったか?」

「?」

「そうか。ならいい」

 兵士は、もう行けと手を振った。

 聖戦士ハーメルンは、蒼の神玉の守護をする責任者だ。

 部屋も、蒼の神玉と同じ三階にあった。

 ルッカは、ここまで来るときにその前を通ってはいない。

「今日も女を連れ込んでたからな」

 握り飯を食べている兵士は、不満げにつぶやいた。

「女?」

「おい、余計なことは言うな。お前ももう行け!」

「うぐッ!」

「どうした!?」

 アンドレの握り飯が、床に転がった。

コメント

  • 姉川京

    聖戦士カッケェwww

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