不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

侵入

 天宙に、蒼い月が昇った。

 ほぼ真円に近い丸い月だ。

 夜は暗い。

 街は静まり返り、灯りは少ない。

 それは、神を祀る大聖堂でも一緒だった。

 ただし、かがり火は絶えず灯されているし、それを守る番もいる。

 交代で巡回する兵士もいる。

 教皇や聖戦士の一部も、大聖堂で寝泊まりしているから、彼らの世話をするために、待機する者たちもいる。

 つまり、大聖堂は、何時になろうが完全に寝静まることはない。

 それでも、一番警戒が薄まるのは、この時間だと、ミゲルは判断した。

 だから、ルッカはそれを信じて、侵入する。

 裏通りから、大聖堂を見上げると、黒い壁にしか見えなった。

 月の反対側になり、影も濃い。

 今の彼らにとって、その姿は、神を祀る場所というよりは、巨大な怪物に見えた。

 大理石の壁に触ると、つるつるしていて、引っ掛かりが少なかった。

「よし!」

 目が慣れてくると、ルッカは気合を入れた。

 腰には、アンドレの握り飯といくつかの工具を吊るしている。

「じゃあ、オレはここまでだ」

「ありがとう、ミゲル」 

「礼は、無事に成功してからだ」

 二人は握手した。

「行ってくる」

 ルッカは、指を掛けると、体を持ち上げた。

 よくもまあ、こんな垂直の壁を器用に登るもんだ。

 ミゲルは、改めてルッカの特殊な身体能力に感嘆した。

 近くの物影に身を潜めて、ルッカが壁を登る様子を見守った。

 帰りのルートもこの壁沿いだった。

 万一、この下に人が来たら、ミゲルがなんとかしなくてはならない。

 ここで、待つのが、彼の仕事だった。

 アンドレは、付近の兵士たちに酒と夜食を振る舞う予定だった。

 睡眠効果のあるハーブ入りだという。

 裏通りを守るのは、王宮の兵士たちだ。

 大聖堂の兵に比べると士気が低い。

 森までの警備を弱めることができるだろう。

 その森の付近で、グレンが馬をつないで待機している。

 ルッカを馬に乗せ、丘へと導く。

 もし兵士たちが追ってきたら、グレンは自分が食い止めるつもりのようだった。 

 三人の決意は本物だった。

 何が得られるわけでもない。

 むしろ見つかれば、最悪死刑かもしれない。

 未成年だろうが、教皇の裁判は容赦がないのだ。

 しかし、後悔はしていなかった。

 ミゲルは、もっと幼い頃、本ばかり読んでいる孤独な子供だった。

 友達なんかいらないと思っていた。

 兄弟の世話に追われて遊んでいる時間だってないと、自分に言い訳をして、周りに壁を作っていた。

 そんなミゲルに、ルッカは気軽に声をかけた。

「お前、勉強できるんだろ? オレに字を教えてくれ。叔父さんに怒られて困ってるんだ」

 ルッカが出したのは、建物の見取り図だった。

 彼は、それが読めないと仕事の手伝いが出来ないのだという。

 あまりにしつこかったので、ミゲルはしぶしぶ字の読み書きを教えた。

 ルッカは、呆れるほど物覚えが悪かった。

 そのうち、ユウとグレンも参加した。

 菜の花茶店に場所を移したら、アンドレも参加した。

 ミゲルには、いつのまにか友達が出来ていた。

 いまや、かけがえのない親友たちだ。

 きっかけを作ってくれたのは、ルッカだ。

 感謝している。

 だから、この計画は、何があっても、必ず成功させなくてはならない。

 そうミゲルは、覚悟していた。

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