不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

羞恥心と聖歌隊

「あー、あーあーあー」

 ユウは、間延びした声を出す。

「ほら、こんなんじゃ、聖歌隊なんか入れるわけがないわ」

「入る必要はない」

 ルッカは興味なさそうに、こちらを見向きもしなかった。

 聖歌隊の入隊志願は、街の教会で行われた。

 ルッカを付き添って、ユウは教会を訪れた。

 ユウは、この日のために精一杯のおめかしをしていた。

 髪を結び、顔に白粉を振った。

 人生で初めて、口紅というものをつけた。

「なんで。そんなことすんだ?」

 ルッカがそう言うので、ムッとした。

「私だって、こんなことしたくないわよ! アンドレのお母さんがご好意でしてくれたのよ! 断れないでしょ!」

 実際、化粧をするのは気恥ずかしかった。

 しかし、心の奥底では、それを、楽しんでいる自分もいる。

「まあ、いいわ。受付は終わったから、次は練習の見学よ。例の彼女がいなくても、私のせいじゃないからね!」

 ユウは、ずんずんと教会の中へ先に入っていった。

「お、おう!」

 ルッカが、緊張した面持ちで後からついてくる。

 街の教会の屋根は高かった。

 ユウたちの地元にも教会はあるが、比べ物にならない。

 装飾は美しく、清掃も抜き届き、洗練されている。

 広間に入ると、舞台の上に、少女たちが並んでいた。

 薔薇を彩ったベレー帽に、神父のように体全体を包む赤い衣服を見にまとっている。

 声を揃えて、聖歌を斉唱していた。

 建物同様、少女たちも洗練された清らかさに満ちていた。

 ルッカが見惚れてしまったのも無理はないと思う。

 私たちの住む地元にはいない種類の女性たちだ。

 途端に恥ずかしくなった。

 私なんか、本当に場違いだわ。

 ユウは、早くこの場所から離れたい衝動にかられた。

「もう、帰ろう」

 ルッカの袖を引くが、彼は動かなかった。

「いたの?」

「いや」

 ルッカの顔は険しい。

「いない……」

「残念だったね」

 ユウは、どこかホッとしていた。

「早く行こう。もう帰ろうよ」

  ささやき声で、ルッカを催促する。

「うん……」

 ルッカは唇を噛み締めながら、居並ぶ少女たちを端から端まで何度も確認していた。

 ルッカがなかなか動かないので、ユウはため息をついた。

「じゃ、この曲を聴き終えるまでよ」

 やがて、少女たちの歌声が止んだ。

 歌が終わったのだ。

「帰ろう、ルッカ。諦めな」

 あんたには、あたしがいるじゃないか。

 ユウは、心の中でそう付け加えて、先に広間を出ようと歩き出した。

「あ……」

 ルッカが吐息を漏らす。

「待て、ユウ。いた」

「え?」

 振り向くと、舞台の少女たちが入れ替わっていた。

 数も衣服も一緒だが、今度の少女たちは、胸に蒼い月のバッヂをつけている。

 少女の一人が前に出た。

 栗色の髪に、蒼い瞳。

 列の中央に立ち、この舞台の中でも、一際輝いていた。

「さて、見学の皆様。先ほどまでは研修生の練習でした。これから、私たち薔薇の蕾少女合唱隊、教皇選抜の歌唱を披露させていただきます。最後まで、ごゆっくりとお聴き下さい」

「彼女だよ」

 ルッカは、感動したように目を潤ませている。

「彼女が、オレの恋する人だ」  

 隣にいるルッカが喜びで泣きそうになっているのを見て、ユウはうんざりした。

 私の方が泣きたいわ。

 そう、誰にも聞こえない声でつぶやいた。




 

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