不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

夜の湖で唄う少女

 歌声に導かれるように、ルッカは、丘を降りていった。

 湖の辺りに繁茂する木々の隙間から、歌声は聞こえてくる。

 物音を立てぬようにして、茂みをかき分けて進むと、木々に隠された湖のほとりにたどりついた。

 その浅瀬で、少女が一人、水浴びをしていた。

 蒼い月の光が水面に反射し、少女の栗色の髪から、蒼い雫が滴る。

  白い肌に、少し丸みをおびた、なめらかな輪郭。

 月と同じ色の、蒼い瞳。

 ルッカは、その美しさに目を奪われた。

 少女は、衣服を何も身にまとっていなかった。

 浅瀬で体を清めながら、鼻唄を歌っている。
 
 この世のものとは思えなかった。まるで、絵画に描かれる妖精のようだ。

 ルッカは、見惚れて、しばらく立ち尽くしていた。

「誰かいるの?」

 すると、気配を感じたのか、少女が振り向いた。

 ルッカは我に返ったが、棒立ちのまま、動けない。

「あなた、誰れ!?」

 少女は慌てて、木の枝にかけてあった服を取りに行く。

 なんと答えるべきか戸惑い、ルッカは何も言えなかった。

 状況はかなりよろしくない。

 これでは、ただの覗きだ。

 少女は急いで服を着ると、その場から走り出した。

「待って!」

 引き止めて、オレはどうしようというのだろう?

 そう思うが、このまま会えなくなるのは寂しかった。

 ルッカは少女を追いかけた。

 少女は立ち止まり、振り向いた。

 その表情には、不審と不安が入り混じっている。

「なぜ、追いかけてくるの?」

「その……」

 口ごもりながらも、言葉をつなぐ。

「今の歌、なんて曲か教えてほしいんだ」

 ルッカは、そう言葉を絞り出した。

 初めて聞く曲だった。

 耳に心地の良い旋律で、楽しげで、同時に悲哀も漂わせている。

 曲について知りたいのも嘘ではない。

 少女は、戸惑いの表情を浮かべた。

「オレはルッカ。丘の向こうにある道具屋の手伝いをしてる。ちょうど、この上の方に両親のお墓があってさ。お参りに来たら、君の歌声が聞こえたんだ」

 正直に伝えた。

 少女は、丘の方向を見上げた。

 そのあと、値踏みするように、じっとルッカを見つめる。

「不死鳥の恋よ、安らかに眠れ」

 小さな声だったが、はっきりと聞こえた。

 ルッカが戸惑っていると、曲名よ、と少女は付け足した。

「じゃあ、これで」

「あぁ、待って!」

「まだ、何か用?」

「あの、もう一度だけ」

「?」

「もう一度だけ、その、『不死鳥の恋よ、安らかに眠れ』を聞かせてくれないかな」

 少女は黙って、再びルッカを見つめた。

 ルッカの手にしているリュートが気になるようだ。

 たしかに、勝手なお願いだった。

 初対面で、こんな人気のない夜中に、歌を聴かせてくれなんて、怪しく思われるのは当然だ。

「だめなら、別にいいけど……」

 ルッカが弱気になってうつむいた直後に、少女は歌い出した。
 

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