簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

桃園の誓い

「なぁ、あれはやんねぇのか? 桃園とうえんの誓いってやつ」

 義勇兵の集合場所は、俺たちの住む楼桑村ろうそうそんになった。
 下手に目立って、官軍と合流する前に太平道の連中から目を付けられると厄介だから、ってことで、街から離れたこの村を集合場所にしたのだ。
 でも、このさき人が集まってくると、三人で義兄弟の契りを交わすなんて、やってる暇なくなるんじゃねぇかなぁって、思ったわけ。

「桃園の……なんだいそれは?」

 劉備が首を傾げる。
 関羽と張飛も、なんだかよくわからんという顔をしている。

「ありゃ? やんねぇの? 生まれた日は違えども、同じ日に死ぬことを願う、みたいな」
「ほう! その話、もう少し詳しく聞かせてくれ」

 劉備が妙に食いついてきた。
 詳しくもなにも、お前らこの日のためにプラン練ってたんじゃないの?
 ……もしかして、桃園の誓いって創作? 俺、余計なこと言っちゃったのか?

「いや、その、あれだ。お前ら三人って兄弟みたいに仲がいいだろ? だから、こう、みんなで目標を共有して、手を取り合ってがんばろー、みたいな誓いを立ててだな、結束を固めるというか……」
「それは面白そうだ! 憲和、どうすればいい? 教えてくれ!」

 どうすればいいって言われても、なぁ。
 うわぁ、関羽と張飛も、なんかノリノリな表情じゃんか。

「あー、えーっと、じゃあ酒とさかずきを用意してくれ。杯は三つでいいぞ。あと、どこかに、桃の花は咲いてないかな?」
「村の外れに桃の木があるな。そろそろ開花の時期かもしれないね」

 酒と杯を用意してもらい、劉備の案内で村はずれに行く。

「おお、咲いてるね」

 劉備の言うとおり、桃の木には見事な花が咲いていた。
 ただ、ぽつねんと1本だけ生えていたので、桃園って感じはしないけど。

「なぁ先生、なんで桃の花なんだ?」
「あれだ、縁起物だ、たぶん」

 ほんと、なんで桃なんだろう?
 まぁ、少し寂しくはあるが、ないよりましだろうってことで、桃の木の近くに劉備お手製の筵を敷く。
 そして三人にはそれぞれ杯を手に、向きあって座ってもらう。

「なぁ、先生はやらねぇのか?」
「あー、俺は、あれだ。見届け人ってやつだ」

 いや、この三人と兄弟杯を交わすとか、荷が重すぎるわ!
 とりあえず三人の杯に、酒を注いでいく。

「それじゃあ、そうだな。それぞれ目標とか意気込みを言ってくれ」
「わかった、ではまず私から」

 劉備はそう言うと、手にした杯を掲げた。

「私は世にはびこる悪を退け、漢朝に報いることを誓おう」

 続けて関羽が杯を掲げた。

「オレは塩を商うなかで、役人の横暴と困窮に喘ぐ人たちを目の当たりにしてきた。そんな人たちが、そして互いを想い合う者同士が、安心して暮らせる世の中を作りたい」

 亡くなった妹さんのことを思い出したのか、関羽の目にはうっすらの涙が浮かんでいた。

「おれぁ……まぁ、あれだ。兄貴たちの手伝いをしながら、偉くなれりゃあそれでいいや」

 なんとも張飛らしい言葉に、思わずほっこりしてしまう。

「あとは誓いの言葉だな……えっと……」

 俺は脳みそをフル回転し、うろ覚えだった誓いの文言をなんとか絞り出して、三人伝えた。

「「「我ら三人、同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せんことを願わん!」」」」

 三人の声が村はずれに響く。
 そして彼らは、手にした杯をあおり、酒を一気に飲み干した。
 桃園の誓いに立ち会えるとは、なかなかいい経験をしたな。

「憲和、壺を」
「ん? おう」

 劉備に請われて酒の入った壺を渡した。
 彼は空になった自分の杯に酒を注ぐと、立ち上がって俺の前に来た。

「さぁ、君も一献」
「はぁ? なんで俺が?」
「見届け人なんだろう? なら君はこれからも私たちの行いを見届けると、誓いを立ててくれないか」

 そう言って劉備はにっこりと微笑んだ。
 くそう、ここでそのアルカイックスマイルを食らうと、こう、なんかくるものがあるなぁ……。

「しょうがねぇなぁ」

 鼻の奥のほうがツンとするのを感じながら、俺は劉備から杯を受け取り、一気に飲み干した。

「では、オレも」

 続けて関羽が立ち上がり、劉備から酒壺を受け取って杯を満たす。

「我ら三人の行いを一歩引いたところで見守ってくれる憲和どののことを、どこか心強く思っている。これからも、よろしくお願いする」
「雲長……」

 あとから来た大物ってことで、関羽とはうまく距離を詰められずにいた。
 いつも劉備の腰巾着みたいにフラフラしている俺を、彼はあまり好きではないと思っていたんだけどな。
 こんな風に思われていたとは、光栄だ。

「ああ、これらからもよろしく頼む」

 関羽から杯を受け取り、飲み干す。

「じゃあ、最後におれも」
「お前はいいよ」
「えー、そんなつれねぇこと言わないでくれよぉ」

 なんだかんだで、俺は三人の中では、張飛と一番仲がいい。
 未来の英雄とこんな軽口を言い合えるってのは、なんとも嬉しいことだ。

「じゃあ先生、おれたちがおんなじ日に死ねるのか、きっちり見届けてくれよ?」
「おう、まかせとけ」

 張飛からの杯を空にする。
 一気に三杯も酒を飲んだもんだから、ちょっとクラクラしてきたけど、なんだかいい気分だ。

 三人の兄弟杯に混じりたくなくて、苦し紛れに言った見届け人という役割。
 もしかすると、俺がここにいる意味って、そういうことのなのかな。

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