獅子姫魔王と詐欺師と嘘と

名無し@無名

読み切り


「これは美味い、こんな瑞々しい野菜や果物は初めてだ!私の舌を唸らせるとは大したものだよ」





 やや頭の薄い、しかし身なりだけは整った小太りの男は歓喜の声を上げる。

「いやぁ旦那はお目が高い。この野菜達はあの美食の宝庫として名高い〝ブルクテリア〟で採れたものでして、しかも極秘の品種改良に成功した、まだ世には出回っていないものなんですよ。今回はたまたま、特別なルートで仕入れたものでして……」
「おおっ!どうりで私も見た事がない訳ーーーーい、いや、噂なら聞いた事があるぞ?うんうん、そうかあのブ……ブルクテリア?の野菜か、なるほど得心した。おい君、この野菜は全部私が買い取ろう。値段は言い値でいい」
「まいど!じゃあしめて40000Gでどうでしょう?」
「わかった。おいお前達、早く馬車に積みなさい」
「かしこまりましたご主人様」
「いやぁ〜いい買い物が出来た。じゃあな商人、またよろしく頼むよ」
「はいはい、まいどあり〜」







「…………」








「ーーぷっ、ぶぁーはっはっは!なーにが〝噂は聞いた事がある〟だあのデブ。そんな街なんて存在しねぇっての!食通の肩書きでアコギな商売してる奴の舌なんざこんなモンだろうよ」

 俺は馬車が見えなくなると、ずっしりとした金貨の入った皮袋を抱えて地面を転げ回った。

「いやぁ堪らねぇよまったく。元値掛からず40000Gの儲けときた。俺の口先は時給40000Gってか。笑いが止まらねぇわ」

 路地裏で満足いくまで抱腹絶倒した後、軽々と起き上がって皮袋に頬ずりした。
 これだけあれば暫くの衣食住に困らない。宿屋で豪遊したとしてもだ。
 最近は小さな詐欺を重ねて食い繋いできたが、ここにきて漸く大きな儲けを得ることが出来た。まさか道端に大量に野菜が落ちているなんてラッキーとしか思えない。
 まぁ見た事もない野菜だったが、痛いんでもないし、毒味して問題ないのと味は抜群だったので美食家気取りで有名な貴族に充てがった訳だ。

「さってと、これで昼間っからお姉ちゃんのいるお店で浴びるほど酒をーーーー」
「飲めると思うか、この詐欺師が」
「えッ!?な、なんだよお前ら!」

 ゴテゴテとした分厚いプレートメイルに身を包んだ兵士。それが何故か五人も集まって俺を囲んでいる。
 どうやら俺を張っていたのか、事の顛末を見届けた後、ぞろぞろと体良く現れやがったみたいだ。
 そしてその中央、一人だけヘルムを装備していない髭面のおっさんが前に出て、品定めでもする様に俺を見回した。

「さっきの手際、呆れるほどに見事だったな。噂通りの男らしい」
「な、なんだよ!馬鹿を騙して何が悪い!」
「ああそうだ、騙される方が馬鹿なのは事実だ」
「……は?」
「おい、連行しろ」
「ちょ……待てよお前らいきなり……いでででで!」

 俺は四人の兵士に羽交い締めにされながら、乱暴に馬車に放り込まれた。





 ◆




「ーーーーで、何で牢屋なの?」
「馬鹿か、詐欺は立派な犯罪だ」
「いやいや、アンタさっき〝騙される方が馬鹿だ〟ってのに賛同したじゃんよ」
「さぁ、言ったかな?」
「この髭ダルマが」
「髭ダルマで結構。ここからはマルク大臣がお前と話をする」
「……あん?」

 マルク大臣?
 ああ、あの王国で有名な〝二枚舌〟のアイツか。見え透いた嘘で王を誑かし、至福を肥やすクズ野郎が俺に何の用だ?

 そんな疑問を浮かべていると、趣味の悪い装飾に塗れた小柄な太った人物が現れ、そして俺の前に立つと爬虫類を思わせる目でこちらを見下ろしてきた。

「やぁ、君が噂の詐欺師バテルだね?」
「あん?俺ってば噂になってんの?」
「質問に質問で返すのは関心しないねぇ。富豪層だけを狙って小銭稼ぎをする小悪党として有名だよ」
「そいつは違うな。俺が狙うのは〝汚い方法で金持ちになったクズ〟だよ。つまりアンタみたいな人種だ」
「ひはは、中々言うじゃないか。気に入ったよバテル」

 チラチラと金歯を見せながら、くぐもった下品な笑いを浮かべる。

「え?じゃあ釈放してくれるの?」
「いいとも、けれど条件がある」
「条件?」
「そうだ……その条件とはーーーー」





 ◆



「はぁ〜〜〜〜」

 長いため息をつき、重い足取りで歩を進める。目的地は目の前にあるのに、いざとなると大いに踏み出せずにいた。

 マルク大臣の出した条件、それは〝魔王〟を騙してこいと言うものだ。
 今この世界には魔王が存在する、もちろん魔物もだ。
 しかし人類とは対立している訳では無く、停戦協定の大義名分の元、世界を半々にして領土を分けているという状態だ。
 不可侵条約……的なものもあり、互いの領土には立ち入らないのが前提である。もちろん本気を出せば魔王側の方が圧倒的な強さなのは間違いない。だって相手はバケモノの集団だ。人間側にも兵士は居るがとても相手にならない。

 ーーと、思っていたのだが。

 マルク大臣の話を聞くと、なんと人間側の軍事力は〝秘密裏〟に拡大しているらしい。
 しかし、月に一度は魔王の城で定例会を開いている。その場で互いの情報を共有しているらしいが、そこで軍事力の公開も行われているそうだ。だが秘密裏と言うくらいだ、そこでの報告は当然嘘なのだろう。
 狡いマルク大臣のやりそうな事だが、奴は俺にその秘密裏な兵力増加の〝核〟を任せてきやがった。

『魔王を誑かし、魔王軍の兵力の全ての裏をとり、そして情報を掌握しろ。奴らを根絶やしにする機会を作れば、お前には貴族の地位を与えると約束しよう』

「いやいや、無茶だって馬鹿なのか?それに貴族の地位なんていらねぇっての」

 一介の詐欺師の俺が魔王を誑かす?
 なにそれ悪い冗談なの?
 そもそも単身で魔王城の前に放り出されて、そんでもって「騙してこい」じゃあ余りにも酷いと思う。
 俺にだって心の準備と、そもそも騙すのだって行き当たりばったりで上手く出来るわけがない。念密な作戦すらも考える時間も与えられない俺は、死の覚悟すらしながら魔王と相見えなければならないのだ。

「……つーか無駄にでっけぇし、すんごい禍々しいな魔王城」

 見上げると、てっぺんすら見えないレベルで聳え立つ魔王城があった。
 なんで停戦協定をしているのにこんなデザインなのか意味不明だが、やはりそこは魔王的なセンス故なのだろうか?まぁそれについては答えが出るとは思えないが、それでもやはり、何か手を考えなければならないのは確かだ。

(やり方は任せるって言われてるけど、どうやって取り入るか……だな)

 真正面から馬鹿正直に行くのはあり得ない。
 かと言って下手な小細工でもしてミスったら俺の身が危ない。
 黙って逃げようとも考えた。だが大臣の野郎が、部下の魔法使いを使って俺に探知用の魔法をかけて来やがる始末だ。逃げてもバレてしまう。
 逃げられないとなれば、ここは上手くやるしかない。
 正攻法とは言えないまでも、有り合わせの小道具を使ってとりあえず変装する事にした。



 ◆



「あの〜……誰か居ますかぁ?」

 一応、魔物に偽装する為の準備は済ませた。趣味の悪い仮面とボロ布を組み合わせて、呪詛師か悪魔神官にでも見えればいいと思ったが、もし即バレするなら逃げる算段だ。
 まぁこんな付け焼き刃の変装で誰が騙されるかなんて火を見るより明らかだが、とりあえずの手がこれしかないので仕方がない。

 ビビりながらも、俺は巨大な扉を何度もノックしてみる。その度にゴンゴンと分厚い鉄を叩くような音が木霊した。
 すると、呆気なくその扉は開き、中から巨大な土塊の巨人が現れた。

『ナンダ?ミナイ顔ダナ』
「あ、ええとですね。私は魔王様の配下に志願しに来た者でして、可能なら魔王様に御目通しを……」
『?仲間ニナリタイノカ?』
「は、はい。そうです!」
『ワカッタ、ソコヲ通ッテ三階ノ部屋。ソコガ魔王様ノ部屋ダ』
「え!?通っていいんですか?」
『仲間ニナリタインダロ?』
「え、えぇ!じゃ失礼しまーす!」

 微塵も疑われず、俺は城門を突破した。
 拍子抜けというか、あのゴーレムは門番として機能してないんじゃないのかって位に呆気なかった。いやまて、油断させて中で捕まえる算段なのかも知れない。気を抜いてはダメだ。
 緩みかけた気を引き締めて、俺は言われた通りの通路を進んだ。

 道中はやはり魔王城だけあり、何処を見ても魔物だらけだった。しかし、掃除をする者や食事の配膳など、凡そ人間のそれとは変わらない風景が広がる。
 そして大きな通路の脇には、一段と目を惹く巨大な石像が立っていた。その姿は獅子を彷彿とさせる、如何にも魔王している御尊顔だった。頭から下は人間みたいだが、腕はパンパンに筋肉で膨れ上がっており鋭利な爪が恐ろしさを助長させていた。
 その足元には〝魔王ライオグラン〟の文字が刻まれている。マジか、こんなのが世界の半分を支配してんのかよ。

(……コイツを騙すのか?いやいや、いやいやいや)

 あんな大袈裟な魔王相手に俺の小手先の言葉が通用するのか?即バレして頭から食いちぎられるんじゃねぇの?
 そんな事が頭を過ぎりつつ、それでも言われた場所へと足を運んだ。

 そこからは迷う事は無く、あのゴーレムの言葉通りに部屋に辿り着いた。
 あの石像の文字もそうだが、通路に案内の看板がある辺り人間用のものなのかも知れない。定例会は此処らしいが、それなら大臣から魔王について聞いておくべきだった。前情報があるのと無いのでは結果はぜんぜん違ってくる。
 後悔先に立たずと言うが、俺は今一度その言葉を飲み込み、目の前の豪華な扉をノックした。すると、押した訳でも無いのに独りでに扉は内側へと開いたのだ。

 まず、目の前のレッドカーペットが視界に入り、そしてその先の玉座に視線が釘付けにされる。

 ーー豪華絢爛。

 一言で言えば呆気ないものだが、その玉座は金をベースに作られ宝石で装飾されていた。一体いくらするのかも想像出来ないが、そこに鎮座する魔王の姿に更に言葉を呑んだ。

「ん、なんだお前は?さては私の配下になりたい魔物か?」
(お……女!?)
「おいどうした、そんな遠くでは顔がよく見えない。もう少しこっちへ来い」
「は、はい!た……只今!」

 俺は声の主の機嫌を損ねない様、言われた通り目の前に進み、そして膝をついて見せた。
 てっきりあの石像が魔王だと思っていたが、実はそうではないらしい。娘か何かは知らないが、まぁあの強面の魔王に比べたらハードルは下がった気はする。
 確かに獅子を連想させる獣耳とネコ科の目は父親譲りなのか、身体については豊満な胸とへそに目が行く。服装は獣の皮で作られたもので露出は多いが、これはこれで目のやり場に困る。

「ふむ、珍しいな。昨今は神官系の魔物は数も少なくなっていると聞いていたが。おいお前、名前は?今までは何処で何をしていた?」
「は、はい!私は悪魔神官バーテルと申します。ここより遥か北に住んでおりましたが、魔王様のお噂を聞きつけ、配下に志願した次第です」
「ほう?」
「私の両親はかつて魔王ライオグラン様に仕えていたらしく、私も魔王様に支える事を夢見て今日まで励んでおりました」
「おお、父上の配下だった者の子息とは。今は亡き父上に変わって礼を言っておくぞ。よく仕えてくれた」

 俺は頭に浮かんだ適当な言葉を並べた。
 よかった、とりあえずは怪しまれていないらしい。そしてあの石像の魔王ライオグランは既に死亡していて、娘のコイツが現魔王らしい。

「なら自己紹介しておこう。私は魔王ライオネアだ。魔王ライオグランの一人娘にして、魔物を統括している現魔王だ、よろしく頼む。魔王城の皆からは〝姫〟やら〝魔王様〟やら〝獅子姫様〟と呼ばれている。好きに呼んでくれ」
「はッ……では魔王様と呼ばせていただきます」
「うむ!ではお前も今日から我が魔王城の住人として認めよう。そうだな……おーいリデア、このバーテルの部屋を見繕うのと、あと簡単な案内も頼む」

 魔王ライオラは側でグラスを片付けていたサキュバスを呼び止める。
 俺自身、生のサキュバスは初めて見たが、なるほど噂通り裸に近い際どい格好をしてやがる。
 リデアと呼ばれたサキュバスは仮面の下で鼻を伸ばしていた俺に対し、城内の一通りの説明を兼ねてから部屋を案内すると言った。

「凄いと思いませんここの魔王城。大きさもそうですけど、食べる物も敷地内で栽培しているんですよ」
「へぇ、それは凄い」
「あ、着きましたよ。今日から此方をお使い下さい」
「ありがとうございます」
「では……あぁそれと」
「はい?」
「……魔王様には内緒にしておきますので、後でちょっぴり吸わせて下さいね?」
「ーー!?」

 それだけ言い残し、サキュバスはそそくさと帰って行った。
 思いっきりバレているが、成る程、サキュバスは男性の精気を吸うとされている魔物だ。上部だけの変装なんて無いに等しいのだろう。

(……ま、バレてても内緒にしてくれるならいいか。エロい夢も見せてくれそうだし)

 楽観的に考えつつ、大きめのソファーに腰掛け辺りを見回した。

 中々に立派な部屋だが、ここに住む魔物の待遇は悪くなさそうだ。
 部屋には見たことも無い変なアイテムが転がっており、その中に悪魔神官が持っていそうな杖を見つけた。

「いいじゃんコレ、雰囲気出るし」

 山羊の頭を模した装飾を付けた杖。それを振りかざしながら俺は満更でもない気分に浸っていた。しかし、安堵していた俺だったが、不意に誰かが部屋をノックしてきた。

「は、はい。どうぞ」

 上ずった声で返事をするとゆっくりと扉が開かれる。なんとそこには魔王ライオネアが立っていたのだ。

「やぁバーテル、部屋はどうだ?気に入って貰えたか?」
「それは勿論です。私の様な新入りにこの様な部屋など勿体ない位です」
「なら良かった……しかしだな、魔物みんなが高待遇な訳ではない。これには理由が……まぁ簡単に言えば、お前に求めるものがあるから待遇が厚いのだ」
「?……と、言いますと?」
「悪魔神官であるお前に求めるもの……おいバーテルよ、お前は〝頭は良いか〟?」
「……はい?」

 ーー頭は良いか。
 確かにライオネアはそう言った。
 それが既に頭の悪そうな言い回しで俺は何となく察したが、とりあえず「はい」とだけ返事をしてライオネアの言葉を待つ事にした。

「良かった!実は、我々魔物は……私含めてそこまで知能が高くないのだ」

 なるほど、それはすごーく良く解る。

「それでだな、兼ねてより行っている人間側との定例会議の席。そこにお前にも同行して欲しいのだ」
「定例会議……ですか?」
「ああ、今は我々魔王側と人間の間には停戦協定が結ばれ、その会議以外では不可侵条約を結んでいるのは知っているか?」
「あ、はい(それ破って侵入したんだけどな)」
「その席で上手く立ち回っては貰えないだろうか?私は人間ともっと友好的な関係を築きたいのだが、しかしアプローチが下手なのか中々取り合って貰えない」
(いやいや、友好的とかの前に人間サイドは潰しに掛かる準備してるし)
「頼めないか、バーテルよ」
「…………」

 ここにきてまさかの提案だった。
 しかし待てよ?これで上手く魔王の信頼を勝ち取れたとするなら一気に有利になるんじゃないのか?しかも人間との和平を求めているなら、怪しまれる事無く魔王軍の兵力も調べられる。
 なら、断る理由が無いじゃないか。

「わかりました。このバーテルが魔王様の理想の為に人間との交渉の席に着きましょう!」
「そうか!ありがとうバーテル!」

 思いっきり抱きつかれたが、モフモフしているのと見た目通りの肉感に押し潰される。
 しかし魔物もおっぱいは柔らかいらしい。

「ではさっそく、一時間後にはマルク大臣がやって来て定例会議が始まる。その時にまた迎えに来るから、それまではゆっくりとくつろいでいてくれ」
「は、はぁ」
「お、その杖……気に入ったのか?」
「す、すみません勝手に……!」
「いや、その杖は感情が高ぶった状態で嘘を付くと音が鳴る、言わば呪いの杖だ。呪いと言っても音が出るだけで他に副作用は無いんだ。お前の様な悪魔神官が持つとサマになるし貰ってくれ」
「あ、ありがとう……ございます。とても嬉しいです」

『ビー、ビー、ビー』

「!?」
「あはは、無理はしなくていいぞ」
「い、いえ……頂戴します」
「なら貰ってくれ、ではまたな」

 そう言ってライオネアは部屋を出て行った。
 え?会議って言ってんのにこれまでの議事録的なものは見せて貰えないの?下手すりゃそれも無いってレベルなのか?
 安請け合いはしたが、魔物と人間のアレコレを懸けた場に前情報も無しに挑むのは無謀だろう。それに俺は詐欺師だ。賢いといってもベクトルが違う、〝ズル賢い〟だけなのだから。
 とりあえず、和平条約に絡んだ想定問答を頭に巡らせながら、俺は会議の場で切れるだけのカードを探る事にした。





 ◆




 きっかり一時間後、ライオネアは俺を呼びに来た。
 共に廊下を歩き、言っていた大きな部屋の前で立ち止まる。するとゆっくり扉が開き、長いテーブルの端には見知った顔が複数有った。

「やぁ、待たせてすまないなマルク大臣殿。それと兵の方々」
「いえいえお気になさらず」

 マルク大臣は口元だけの笑みを浮かべてライオネアを見た。相変わらず含みのある嫌な笑い方だ。
 その傍らには、俺を拘束した兵士ーーあの髭面の奴もいる。なるほど、あの髭も王族直下の兵士だったのか。

「して、そちらの仮面の方は……」
「うちの新入りの悪魔神官バーテルだ。どうかこの会議に同席させて欲しいのだが」
「バーテル?……あ〜はいはい、問題ありませんとも」

 マルクは再びニヤリと笑う。
 早速、俺が悪魔神官を装っているのを理解したのだろう。名前のもじり方が雑な俺も悪いが。
 ーーともあれ、俺はライオネアの隣に腰掛けると、とりあえずこの会議の進行を見守る事にした。

「えーでは、まずは我々の方からですが、前回提出した資料と変化点は御座いません。兵力も現状維持であり、特に目立ったものは無くーーーー」

 つらつらとマルクはでっち上げの情報を垂れ流している。しかし、ライオネアは終始笑顔でそれを聞いていた。
 こいつ、本当に馬鹿なのか?人間を疑う事を一切していない気さえする。

「……では魔王殿、何かご質問はありますかな?」
「いや無いよ、私達の方もこのバーテルが加わった位だ。それより前に送った野菜たちはどうだった?ようやく収穫まで育てる事が出来たのだが」
「それはもう、民に振舞ってみましたが賞賛の嵐でしたぞ」 
「そうか!なら今日も持って帰って欲しい。人間達の口に合って何よりだ」

 野菜?
 あぁ、あのサキュバスが何か言ってたな。しかし魔王城で栽培している野菜なんて想像出来なーーーーーーーーあ。
 そうゆう事か、あの捨てられていた大量の野菜はそれだろう。見た目は少しグロテスクな気もしたが、俺も毒味で食ってみて味は確かだった。
 しかしマルクの奴は受け取っておいてその見た目の不気味さ故に捨てたのだろう。

「………」


「さぁ、それでは我々はそろそろお暇させてーーーー」
「あの、少し宜しいでしょうか?」

 俺はピンと腕を伸ばした。

「どうしたバーテル?何か質問か?」
「はい、あの〜マルク大臣。ここは一度、きちんと兵力の再確認と致しませんか?兵士の規模は変わらずとも、引退入隊やらで兵士の入れ替わりもありましょう。人間の兵士には等級があると聞きます。訓練の練度も含みで、そこに差異が生まれるやも知れません。現在の兵士の力量をリスト化して提出して頂けると助かるのですがーー」
「む、それは……」
「代わりに此方も把握出来る限りの魔物達の情報を掲示します。過去に人間が我々と対立していた時の〝危険度〟を目安にして一覧を作成しましょう。これで互いのバランスはある程度は目に見えてきます。勿論、この調査は手間も有りますし〝毎回〟ではありません。今回ばかりは少し踏み込んで調査してみては如何でしょうか?」
「う、ううむ。それは……まぁ、出来なくは無いが……」
「ではお願いします。これはきっと、我々にとって必要な作業ですよ……マルク大臣」

 俺は含みを持たせた言い回しでマルクを仮面越しに見た。
 マルクの奴は俺の遠回しな言い方に何かを感じたのか、それ以上は言葉にせず、頷いて城を後にした。

「……ふぅ」
「バーテル、少し聞いていいか?」
「何です魔王様?」
「さっきのはどう言った意図があるのだ?マルク殿は兵力に関しては何も変わって無いと言ったのだぞ?」
「ええ、そう言いましたね。ですが魔王様、人間を信じすぎるのも限度があります。もし万が一、人間が秘密裏に兵力を蓄えていたらどうするおつもりですか?」
「そんな事がある筈は無い、我々の関係は友好的に進んでいる」
「…………」

 ダメだ、この姫魔王の頭の中はどうやら見てくれ通りのお花畑らしい。
 何処が有効な関係だ。送った野菜は尽く捨てられ、そして兵力は密かに増幅している。
 この愚かな魔王は、のほほんと破滅の道を歩んでいる事に気付いていない。
 恐らく俺がこの魔王軍の勢力を奴に伝えれば、準備が整い次第にここを攻め落とすだろう。
 いくら魔王と言えど、人間には知恵がある。魔法なり兵器なり、魔物とやり合う方法なんて幾らでもあるのだから。
 しかし、俺はふとライオネアに聞いてみた。

「あの、魔王様。なぜ貴女は人間にそこまで友好的にするのですか?」
「ん?何故と言われても……人間が好きだからとしか言えないが」
「いやいや、何で好きかを聞いてるんですよ」
「?同じ世界に生きる者同士、相手を好きになる事はおかしいか?」
「それは……」
「まぁ、魔王と人間となれば過去の争いの蟠りもあるだろう。だがそんなものはもう過去の話だ。私達はきっと、共に生きていける世界を作れる。停戦協定の次はこの分断された大地の垣根を無くし、本当の友好関係を築いていきたいと私は思っている」
「…………」

 やめろよ、そんな真っ直ぐな目で俺を見るな。
 魔物と人間の垣根を無くすだ?
 そんな絵空事を大真面目な顔で話すライオネアを俺は直視出来なかった。
 人間なんてもんは相手を陥れる事に執着しているし、そもそも俺だって人を騙して生活の糧としているのだ。これじゃあどっちが魔物なのかわかったものじゃない。

「どうしたバーテル?腹でも痛いのか?」
「!?……い、いえ。何でもありません!それよりマルク大臣へ提出する資料の作成をしたいのですがーー」
「あぁそうか、私は何をすれば?」
「まずはこの城の魔物達を招集して下さい。後はここの管轄外の野良の魔物の状況が分かれば大丈夫です」
「分かった、少し待ってくれ」

 ライオネアはそう言うと、大きく息を吸って雄叫びを上げた。
 空気が震え、その咆哮は城の中を突き抜けて行った。そして瞬く間に、部屋の外には魔物達が一縷の乱れも無く整列してみせた。

「さぁ、これで城の中の魔物達は集まったぞ」
「あ、ありがとうございます(耳潰れるかと思った……)」

 俺は模造紙とペンを手に取り、部屋を出て整列した魔物達をリストに纏めた。
 種族は様々だが、この城の中には合計256体の魔物が住んでいた。もちろんこれには俺とライオネアも勘定済みである。
 しかし、大変なのはこの後、野良の魔物達だ。

「あの、魔王様。そもそも野良の魔物の管轄はどの様に行っているのですか?」
「ん?なんだバーテル、野良だったお前がそれを知らないのか?」
(やっべしくった、普通に質問しちまった……ええと)
「じ、実は私は少々訳ありでして……一介の魔物とは些か異なる環境で生活しておりました」
「?そうか、よく分からんが大変だったのだな」

(……セーフ)

「城の外にはな、土地ごとに管轄する魔物が存在しているんだ。人間と分けた半分の土地、それを更に五つに分断し、私と幹部クラスの魔神四人で管轄している」
「あ、じゃあ野良と言いつつもその魔神の管理下にある訳ですね?」
「そうだ、そいつらも野性味溢れる奴らが多いからな。まぁ私もその類だが。とりあえずそのリストを作るなら管轄者である魔神達を回ろう。バーテル、私の背中に乗れ」
「え!?せ、背中にですか?」
「うむ、早くしろバーテル」
「じゃあ……し、失礼して」

 俺はオドオドしながらライオネアの背中に乗った。衣服に付いた体毛を模した毛がくすぐったいのと、そもそも女に背負われるという事に違和感を覚える。
 しかし、ライオネアは一切気にする事は無く、腰を深く落として駆け出した。
 先に言っておくがここは三階だ。
 会議に使った部屋の窓から飛び出すと、高低差など度外視した跳躍を見せながらダイナミックに着地し、そして砂煙を巻き起こしながら大地を駆けていく。
 俺を背負っているのを忘れているのではないかと思う程、ライオネアは凄まじい速度で走った。獅子を彷彿とさせる外観を裏切らない走りに、俺は振り下ろされないようにするだけで精一杯だった。

「あっはは、気持ちいいだろうバーテル?」
「ま、ままままま魔王様、は、速すぎますよぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」
「風と一体になってる気がするだろう?私はこの感覚が大好きなんだ!」
「あばばばばばばば!」

 仮面越しにかかる風の圧と勢いの暴力に、走っている間は生きた心地がしなかった。




 ◆




 結局、俺はライオネアに背負われたまま魔神が統括する土地を巡った。
 一癖も二癖もありそうな連中だったが、ライオネアに対する忠誠は確かなものらしく、その関係は傍目から見ても良好だった。
 これじゃ人間側のギスギスした腹の探り合いが如何に愚かなものかと思い知らされる。
 そんなもの、とてもライオネアには見せられたものじゃない。

 結果的に魔物側の戦力状況は容易にまとめることが出来た。
 D〜Sに能力を振り分けてみたが、やはり魔神や魔王以外の魔物は数こそ多いがそこまでの脅威では無いと思う。
 魔物側も戦いから退いた世代なのだろうが、それでも魔神クラスは持っているオーラが違った。
 そこで俺は一つの疑問を抱く。

「あの、つかぬ事をお聞きしますが魔王様」
「ん?」
「魔王様の実力……ランク付けはどうしましょう?容易に測るのは無理ですよね?」
「測ると言われても……私は魔法は使えない、肉弾戦だけが得意だ。そして腕力はーーーーこれは見たほうが早いか」

 ライオネアは周りを見渡し、そして聳え立つ崖の前に立った。
 そしてその表面を撫でると、「この硬さなら手頃かな」と言って拳を握りこんだ。そして、すっと息を吸って、空気を切り裂くような速度で拳を振り抜いた。

「ーー獅子王絶破!!」

 拳が崖に沈み、その刹那に崖が真っ二つに叩き割られる。轟音を鳴り響かせながら、聳え立っていた崖はただの岩塊へと姿を変えた。

「…………」
「どうだ?今ので二割といった所だ」
(嘘だろ……まじ化け物じゃねえか)

 気の利いたコメントもできず、ライオネアにSSSのランク付けをして本日の仕事を終えた。




 ◆



「さってと、次はマルクの野郎に報告しに行かねぇとな」

 ライオネアに報告書を纏めると適当な理由を伝え、また明日には報告すると言って別れた。
 そして俺はこっそりと魔王城を抜け出し、詐欺師バテルとしての仕事に戻る為に街へと向かう事にした。

(しっかし、変な魔王だったな)

 あのマルク相手でさえ、終始笑顔を絶やさないライオネア。その姿を見ていると、今俺がしている行為がとても後ろめたく思えた。

 ーー相手を信じる。

 それはお人好しの行為であり、愚かな行為だと俺は思っていた。それは詐欺師として、相手を貶めるの為に付け入る為の最大の隙でもあり、こちらからすれば好都合な思考そのものだ。
 しかし、俺が騙してきた連中は私欲で富を得た連中だった。
 しかしライオネアはどうだ?アイツは確かに魔物であり魔王であるが、俺が騙してきた連中とは全く別である。
 真っ直ぐに、愚直に、馬鹿らしい程に人を信じすぎている。

「…………」

 様々な考えが交錯しながらも、それは纏まることは無く俺は街へとついてしまった。

(詐欺師が何考えてんだよ、阿呆らしい)

 俺は調べ上げた資料を持って城へと向かった。



 ◆



「おいバテル!お前さっきのは何だ?いきなりお前が変な事を言うから焦ったではないか!」

 開口一番がそれか。

「いやいや、それはアンタらがあの魔王を舐めすぎているから牽制してやったんだよ。ほらこの杖だってアイツらの所持品だが、嘘を見抜く能力のあるアイテムだ。あまり雑な対応は自分の首を締めることになる」
「そんなモノまで隠していたか……しかしバテルよ、口の聞き方には気を付けたまえ。お前は大臣のこの私にそんな口を聞くのか?」
「……モウシワケゴザイマセン、マルク大臣」
「……ふん、まぁいい。それより戦力の調査はどうなった?」
「それなら終わったーーーーいや、終わりましたよ。ほら、これがそのリストです」

 俺はマルクに出来立てのリストを手渡した。奴はそれを乱暴に奪うと、穴があくんじゃないかと思う程に見つめ、そしてあの下品な笑みをこぼした。

「成る程、これなら何とでもなる」
「いや、そこにも書いてますけど魔神と魔王は別格ですよ。流石に人間の勝てる相手じゃない。あの魔王の言う通り、和平の道も悪くないんじゃないですか?」

 あれ?俺なんでこんな事言ってんだ?

「くく、バテルよ。お前は少し我々の軍事力を舐めているぞ。魔神の所在地、そして魔王の〝弱点〟。必要なピースは全て揃った」
「何かあるのかーーあ、いや……あるんですか?」
「弱点として魔王は火に弱いとあるが、どうやら我々には勝利の女神がついているらしい。密かに進めていた魔物殲滅の切り札がまさにそれだ」
「……切り札?」
「バテルよ、お前は魔王城へと戻り、なんとかして明後日に魔王を〝アラク平野〟へ誘きだせ。流石に魔王相手には〝直撃〟させなければならないからな」
「……和平の道は、無いんですね」
「魔王の居ない世界、それが人間にとっての最大の〝平和〟だ」
「……そうですか」
「では頼んだぞバテル、成功の曉にはお前にも貴族の地位を与えてやろう。姑息な詐欺などせずとも、女に金に困らぬ生活が待っておるぞ」

 それだけ言い残し、マルクは執務室へと戻って行った。

「最大の平和……人間にとっての」

 俺はそう呟き、手に持った仮面を見つめた。





 ◆



 ーー魔王城。

「おぉバーテル、調査の方はどうだ?何か困った事があれば協力するぞ?」

 こっそりと城に戻り、そして作業終了を装いながらライオネアを訪ねた。
 俺の心配もお構いなく、ライオネアは魔王城の庭で楽しそうに野菜達に水を与えていた。

「何も問題ありませんよ」

 俺はそれだけ言うと、ライオネアの隣に立って水やりを見守る。

「そうか、それは良かった」
「…………」

 鼻歌も交えながら、ライオネアは一面に広がる野菜畑を見渡した。

「なぁバーテル、わくわくしないか?もうすぐ私達と人間の垣根は無くなろうとしている。過去の怨恨も消し去って、互いに手を取り合う素晴らしい世界が待っているんだ」
「…………」
「私は人間の〝友達〟を作りたいと思っている。世界が平和にさえなれば魔王などという肩書きは必要ない。父上から引き継いだこの地位でもあるが、やはりこの〝魔王〟という肩書きが人間達との溝を深めているのだと感じてしまう」
「魔王様は凄いですね」
「うん?腕力には自身があるぞ?」
「……ふふ、違いますよ」

 透き通った瞳を真っ直ぐに見て、俺の中で決心が固まった。





 ◆




 ーー『アラク平野』


「……おやおや、これはどうゆう事かな?」

 マルクは大量の兵士を連れて平野の小高い丘から俺を見下ろす。
 俺は仮面と杖を持って、〝悪魔神官バーテル〟として此処に立っていた。

「どうもこうも、見ての通りだ」
「見ての通り……それはつまりーーーー」






「やぁ、マルク大臣。私に要件とは何だ?」

 突然、俺の背後からライオネアの声が響いた。振り返ると、そこには配下も連れずに単独で歩いてくるではないか。

「ま、魔王様!何でーーーー」
「バーテル」
「は、はい」
「……ありがとう」
「え!?」

 突然、ライオネアは俺を掴んでマルク達のいる方向へと投げ飛ばした。俺は杖を落としながらマルクの後方に投げ出される。
 俺の体躯は一般的な男性と比べると痩せ型ではあるが、それでも軽々と投げ飛ばされるなんて予測も出来なかった。
 結果的に俺はマルクの後ろに落下し、全身を打ちはしたがそれだけだった。マルクは俺を一瞥すると背後の兵士に向けて号令を出す。

「ふん……今だ!構えろお前達!」

 マルクの掛け声に、兵士は見慣れない棒状の道具を手に取り、それをライオネアに向けた。

「対魔王用火炎魔法……これはそれを生み出す装置だ。これを連れてきた兵士全員に持たせてある。その数ゆうに200、魔王とて生きては帰れまい!」
「やめろ!やめてくれ!」
「絆されたかバテル?魔物風情に情けない事だ」
「ーーッ、俺は」

 痛む身体を無理やり起こし、そしてライオネアの元に駆けようとした。
 しかし、ライオネアは俺が落とした杖を手に取ると、駆け寄る俺を無言で制した。

「……なんで」
「バーテル、いや……今はバテルでいいのか?」

 俺の正体を見てもなお、ライオネアは声色を変えずに言葉を紡いだ。

「私はお前の正体に気付いていた。そして、お前を利用して人間を貶めようと考えていた」
『ビー、ビー、ビー』
「私は人間が大嫌いだ。私利私欲に塗れた、汚い存在だと心底思う」
『ビー、ビー、ビー』
「そんな汚い存在が世界の半分を支配しているなど、腹立たしい以外に何もない。いっその事、滅ぼして支配しようと画策していたんだ」
『ビー、ビー、ビー』




「本当に、私は人間が嫌いだ」

『ビーーーーーーーーーーー!!』


「撃てぇえええええ!」
「ライオネアぁぁぁぁぁあああああああ!!」





 小さく窪んだ平野は、瞬く間に炎の海と化した。吹き荒れる熱風だけで焼け付く熱さに目を顰めるが、その炎の中で悶える影が見えた。

(ライオ……ネア)

 そしてマルクの号令で、兵士達は魔法の生成を辞めた。すると、ピタリと炎は影を潜め、炎の海は一瞬で枯れ上がった。

「ふん、跡形も無く消し炭となったか。後は魔神供のいる土地へ攻め込めば完了だな。かえるぞお前達」
「ーーはっ!」
「バテル、お前も戻ってこい。先の行動には目を瞑ってやる、貴族の地位もくれてやろう」
「…………そんなもの、いらねぇ」
「ふん、なら薄汚い詐欺師として生きていくといい」
「…………」










 ◆


 ーー5日後。

 俺はアラク平野の中央、火の海と化していた場所に花を手向けていた。
 結局、あの件以来魔物達は何処かに姿を消していたらしい。魔神討伐に向かった兵士達は、結局何も成果を残せずに帰還したと聞いた。

「なぁ、ライオネア。あれってお前が身を呈して逃したのか?」

 俺は返事もない花に向けて言葉を投げた。

「つーか、お前全部分かってたのか?俺が人間で、マルクのクソ野郎の手先だってのも」



「…………」



「……なぁ、何か言ってくれよ……なぁッ!!」

 地面に拳を叩きつけ、やがて血が滲む。
 やり場の無い怒りと虚無感だけが、俺の中で渦巻き、そして溢れかえった。

「ごめん、ごめんな……俺は、俺はーーーー」






「ーー俺は、どうしたんだ?」
「!?」

 俺は振り返り、その声の主を探った。
 その聞き覚えのある、楽観的な中にも芯のある声の主を。


「どうした?男前が台無しだぞ?」
「ライオネア!?ど、どうしてーー」
「簡単な事だ、私は母上から受け継いだ能力で〝相手の心の中が読める〟んだ」
「……は、え?じゃ、じゃあ」
「全部、分かっていた。だから、あの焼けた様に見えていたのは私に見立てた人形で、咄嗟に入れ替わっていただけなんだ。生憎と足の速さには自身があるのでな」

 ライオネアは笑みを絶やさないまま、俺の元に歩み寄ると隣に座り込んだ。
 そして俺が手向けた花を一輪手に取ると、その香りを楽しみながら続けた。

「やっぱりどうしてだろうな。種族間の違いとは、私が思うより深刻なものらしい」
「……それは、仕方がない事だろ」
「かと言って、私は諦めたくは無い」
「あれだけの事かあってもか?」
「あれだけの事があってもだ。それでも私は諦めたくは無いし、仮に私の代で無理だとしても、いつかは実現させたいと思っている」

 そう言ってライオネアは杖を俺に手渡した。

「だから、お前はそれを知っていてくれ。本気で人間との平和を望んだ、愚かな魔王がいた事を」
「お、おい……お前はどうするんだよ!」
「人の寄らない未開の地を見つけた。魔物達は既にそこに移住させている。不自由はあるかも知れないが、これも必要な徒労だろう」

 ライオネアは立ち上がり、埃を払うと背伸びをした。金髪が陽の光に照らされ、それに負けない程、煌びやかな笑顔を俺に向けた。

「では元気でな、少しの間だったが楽しかったぞ?」

 手を差し伸べ、俺に言葉を求める。

「お前の様な人間が増えれば未来は明るいだろう。もう詐欺師はやめて、真面目に働く事を勧める」
「……馬鹿野郎、詐欺師なんてもうやらねぇよ」
「そうか」
「俺はーーーー」

 俺は仮面を取り出し、そしてそれを被った。







「俺は今日から〝悪魔神官バーテル〟ですよ、魔王様」



 〜Fin〜

コメント

  • ノベルバユーザー161555

    詐欺師の人間味がいいですね。

    0
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