既成事実は口の中。溶けて甘く消えるのを待つ。

tomimato404

間接リップなら良くしてた。


「食べられるリップって、こんなヤツ?」

 彼女は、持ち込んだ雑誌を開き、指差しながら問いかけてきた。

「そうね。記事を読めば分かるんじゃないかしらね?」

 私は、適当に答えておいた。
 しかし、目の前で広げられたページに、彼女が目を向ける事も無く話しかけてきた。
 代わりに私は、雑誌の向きを変えて読むしか無い。さもなければ、彼女の妄想を聞かされるのだから。脈絡の無い妄想を聞くか、世に出回っている最新情報を読むか?
 私は勿論、後者を選ぶ。どちらも興味は無いけれど。

「スゴイよねぇ〜、リップだよ? 食べられるんだよ?」
「そうね。スゴイわね」
「どうやって食べるのかな? 食べちゃうのかな?」
「そうね。どうやってかしらねぇ?」
「もぉ〜」

 マズイ、適当過ぎたか?
 私が咄嗟に、言い訳を探しに顔を上げると、そこには唇を突き出す彼女が居た。

「ふぉんなの、口移し以外にあるわけ無いじゃん、うぅ〜ん、ちゅっ、って、ぐへえへえへへ♪」
「あっ、そうね。(こういう子だったわね)」

 彼女への返しなど、大体適当で良い。ただ嵐が去るのを待つように、話は全部聞き流せばいい。要点だけわかれば、後は相槌だけ打てばいい。

「コレって、攻め過ぎだよね?!」
「そうね」
「呼び出した彼の前で、突然リップを塗ってから、近づいて。じゅばぁあああああ♪」
「そうね。それは大胆ね」

 彼女の身悶える様は放置して、ふと浮かんでしまった。

「でも、それだと、チョコである必要は無いわよね。リップをしてからキスするだけでしょ?」
「ふへっ? もぉ〜ダメだよ? 食べられるんだから、そこから〜」
「待ちなさい、誰も彼もが一足飛びに発情鬼になるような物、法の裁きを受けるわよ?」
「うっ、じゃあ! チョコ味で……唇を舐め取ると、2人の愛は成熟するの!!」
「そうね。そこまでしてる時点で」
「甘さが正義!!」
「そうね。べとつきそうで甘ったるいわね」

 私は、はちみつを手に垂らした熊が、口の周りにこぼす図を思い浮かべてしまった。糖質が固まった後はどうするつもりなのかと。

「熱いテェーゼにしようね!」
「そうね。それは一度しか使わないのかしら?」
「何度でもだよ! 無くなるまでがテーゼだよ!! 2人の唇の温度でとろけるテーゼだよ!! ふぉぉおおおおおおおお」

 妄想の中で熱くなる彼女を放置して、コスメとしての存在意義に疑問が湧いた。
 イベント時季特有のご祝儀物と思えば、納得できる物かもしれないけど。まさか、人肌に溶けるような不安定な物を、記念に持ち続けたりなんて──。
 危うく、彼女の妄想ネタを本気で考えてる自分に気づいて、思考を止めた。

「そうね。そろそろ良いかしら、それベーゼだと思うわよ?」

 私は、たまたま視線を上げただけ。決して彼女の羞恥心が見たかった訳ではなく、たまたまそこに赤くなる彼女が居ただけの事。

「ゔぅゔゔゔうゔゔ、うぅうううっ。たまに笑う時は意地悪だぁ〜!!(でも、そこが可愛い!)はぅっ!!」

 身悶える彼女から視線を外して、記事を読み続けた。彼女が望む内容は、今のところ出てこない。
 女性側が男性に、チョコ味のキスを送る、提案など。

「くふっううう。これどっちが送るのかな? 女性側なら呼び出して、ぶチュゥ〜、うぎゃぁああっす!!  でも、男性におねだりして、買って貰う方法もあるよね?」
「そうね。逆チョコとかもあるようね」

 彼女の言った展開とは、違うだろうけど。男性側から好きな女性にチョコを渡す時に、リップチョコを渡す展開もありうる。何とも下心剥き出しの贈り物だろう、と思うが。下着を送るよりかは健全なのかもしれない?
 それでも、彼女の望む物であった場合は、良くて情熱的、悪くて卑猥。男性側からだと、色々問題が浮かびそうだった。

「リップとしておねだりするか、チョコとしておねだりするか、だね?」
「そうね。おねだりする時点でどうかと思うけれど」
「そっかぁ、警戒されちゃうよねぇ。友達だと思ってた男女の仲が急に進展しちゃうもんね!!」
「そうね。さりげなく渡せると良いわね」

 私は、ようやく後半まで読み進めた、記事の中に。
 いや、見出しの時点で彼女の妄想が、見当違いな事は気づいていた。

「これ新作のリップだよ?」
「そっ、だから何?」
「はぃ、あぁ〜ん」
「は? あ〜っ、むぐっ?!」

 突き出されたソレは、いつもとは違い、口の中に放り込まれた。

「好きです」

 言葉少なに、告げる彼女。
 私は、全てを飲み込んでから答えた。

「むぐむぐ。こういう甘いのは、好きじゃないの」

 そして、読み終わった記事に目を向ける。

 ────もう、読む所など無いのに。


「ねぇ? どうしたら、2人はキス、できるかな?」


 私はまだ、彼女の問いに、

 ────答えてない。





リップチョコ?
 2016年と2017年の2月に売り出されたと思われるモノ。「食べられるリップ」としているが、実際はチョコをリップの型に入れたモノ。パウダー版もある。双方化粧品としての効果は見込めない。友チョコや逆チョコ(男性からのプレゼント)用が主な用途。リップは5・6種類あり税込千円内。パウダーは3千円内。デパートで売られたらしい。
 サイズは、通常リップよりは大きいと思われるが、中々のお値段である。一見見分けがつかないように先端は山型の切り込みがある。

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