白い令嬢は愛を知らない
第2章3話
「森の入り口までは転移で行く」
ノワールの言葉に頷き、一行は準備する。
カライスとアルクリスタはもちろんだが、お付きとしてサンも一緒に行くことになった。
サンが2つの大きなトランクを用意し、どんどんとドレスや靴を詰めていく。
「そんなに持って行かなくても……」
「人間にアルクリスタ様がナメられないためです」
比較的派手すぎないものを選んでくれているようだが、それでもパーティで着そうなものばかりだ。
それを普段着として着るとなると、皇族くらいだと言うと……
「アルクリスタ様は魔王様のお妃様になられる方です。王妃様と同等の立場が約束されているのですから問題ありません」
と言われたので、仕方なく頷いた。
謁見の間と呼ばれる玉座の間には、既にノワールとカライスが来ていた。
「お待たせ致しました」
みっともない程度に小走りで近付くと、ノワールに抱きかかえられた。
「こうやって移動した方が安全だ」
「ですが……」
「構わん」
ノワールがいいと言うのだからと甘えることにする。
「そういえばノワール様、お荷物はいかがされたのですか?」
「俺は魔法でこちらのクローゼットと繋げた。アルクリスタのもそうして良かったが……」
「二人とも荷物無しだと怪しまれますから」
サンがそう言うので納得した。
大きなトランクが2つもあったのはそういうことだったのだ(実際には2つともアルクリスタの洋服であるのだが)。
「それでは行こう。カライス、サンの腕を掴め」
カライスは言われた通り、サンの腕を軽く掴む。
「行くぞ」
ノワールは何も言わなかったが、足元に黒い光を放つ魔法陣が現れたかと思うと、一瞬で森の中へ転移した。
すぐにサンとカライスも、それを追うように現れた。
「びっくりしました……」
「そうか、アルクリスタには俺が魔法を使うところを見せたことがなかったな。俺は特別で詠唱を必要としないんだ。驚かせてすまない」
魔法というのは詠唱を使用するのが一般的だと本に書いてあったため、心の準備ができていなかったのだった。
「魔法とはやはりすごいな……一瞬で景色が変わって驚く」
カライスは改めて魔法の凄さを実感しているようだ。
「ここからは歩いて門まで向かった方がいいだろう。……角は一応隠しておくか」
「父上に会うまでは、隠しておいたほうがいいかもしれません」
サンとノワールは角を見えないよう魔法で隠し、門に向かって歩き出した。
「ここから歩いて1時間程でしょうか」
「ああ……いや、それよりも早く着きそうだ」
ノワールがそう言うと、アズレイト帝国側から数十人の騎士が歩いて来るのが見えた。
「丁度お迎えが来たようだな」
ノワールの言葉にカライスが手を振る。
騎士団は一瞬警戒したが、手を振った人物が探していた皇子だと分かると慌てて駆け寄ってきた。
「皇子!やはり森でしたか!」
「探しましたよ!」
騎士団はアルクリスタを抱えたノワール達を見て、慌てて剣を抜く。
「何者だ!」
「そちらは……"攫われた"アルクリスタ様ではないか!?」
その言葉に、カライスが反応する。
「"攫われた"……だと?」
「は!エブル殿下より、攫われたアルクリスタ様を死の森より救い出すよう命令が出ております!」
カライスは怒りで顔を真っ赤にしていた。
「この方々は客人だ!今すぐ父上へ謁見する!」
普段柔和な皇子の表情に騎士団は慌て、大急ぎで馬車を持ってきて城までの道を急いだ。
「……すまない、アルクリスタ。ノワール様も……」
はじめは皇子と同じ馬車などと騎士団の団長らしき者が言っていたが、カライスがそのような場合ではないと怒り、同乗を許可された。
王城までは普段だと1時間かかるが、このスピードで行けばもう少し早く着くと予想できた。
「まさか、"攫われた"などと宣うとはな」
ノワールは鼻で笑うが、その瞳には怒りが滲んでいた。
「迎えに来た騎士団は急遽組まれた下の者達のようです。それを利用してあの愚弟は……どこまでやらかせば気が済むのか……」
サンは無表情で外を見ている。
「ノワール様、カライス殿下も、落ち着いてください」
アルクリスタだけが、唯一二人を落ち着かせようとしていた。
城に近付くにつれ、ノワールの顔は怒りを隠し切れなくなっていた。
「第3皇子とやらを殴らねば気が済みそうにないな」
「それには同意します」
今まで黙っていたサンが相変わらずの無表情でそう言うので、アルクリスタは更に落ち着かせるよう努めた。
「魔王城とは全く違いますね」
「人間は白を好むからな」
間近に迫る白亜の城への感想はそれだけだ。
アルクリスタは初めて見た時感動したものだが、普段から城に住む者の感想とはそのようなものなのだと思った。
「どうぞ」
扉が開かれ、まずサンが降りる。
城の門番は、女性にしては大きいサンに驚きつつ、その後に出てきたカライスに更に驚いていた。昨日から捜索されていたようだから無理もない。
しかし、続いて降りてきたノワールに関しても、驚きを隠せていなかった。
ノワールは魔族にしては大きい方程度だが、人間からするとほとんどいないような長身だ。その容姿も、驚かせるのには十分だった。
更にはそのノワールが抱きかかえて馬車から降ろしたのは、捨てられた筈のアルクリスタであったのだから、最早どうすればいいのか分からない様子であった。
「アルクリスタ様……!」
そんな門番達を無視して城を進んでいると、アルクリスタを捨てさせられた騎士達がいた。
「ご無事で……!」
涙を流す彼らにノワールは仏頂面であったが、アルクリスタは気にしないでいいと声をかけた。
「これ……俺達、アルクリスタ様を置き去りにした後も気になって気になって……」
今日退団願いを出す予定だったらしい彼らを考え直すよう説得すると、渡されたのはあの日に渡した髪飾りだった。
「俺達は命令に逆らえず、貴女様を見殺しにしてしまった……だけど貴女様は、そんな俺達のことを気にかけてくれて……本当にありがとうございました」
アルクリスタにしてみれば、それは公爵により飾り立てるために貰った物であって思い入れもなかったからできたのであったが、彼らからすると罪悪感を沸き立たせるものであったらしい。
気にせず本当に貰っていいと返すと、彼らは深々とお辞儀をし、アルクリスタに忠誠の姿勢を取った。
「俺達は国に仕える騎士ですが、貴女様の優しさに精一杯の忠義を」
「おやめください!そんな大層なことはしておりませんわ。頭をお上げください。……これからも、この国のためにお願いします」
「……貴女様が女王になれば、この国は……」
騎士達の言葉はカライスの目もあり聞かなかったことにして、アルクリスタは再度ノワールに抱きかかえられ、城を進む。
さすがに視線が痛かったが、ノワールが離してくれなかったので仕方なかった。
「カライス殿下のご帰還です!」
謁見の間に到着すると、衛兵の声で扉が開いた。
そこには、既に早馬で知らせが届いていたのか、国王と女王の姿があった。
「……カライス・ヘマ・アズレイト・トパズス。只今戻りました」
王の前に着くや、カライスは膝をつき最上の礼をとる。
ノワールはそんなカライスを無視し、そのままで国王を見た。
「ノワール様!さすがにここでは降ろしてください!」
アルクリスタが小声で懇願すると、やっと降ろしてもらえる。
アルクリスタも最上の礼をとり、国王から声がかかるのを待った。
サンは入り口の外で待機している。
「顔を上げよ」
国王が声をかけ、カライスとアルクリスタは顔を上げる。
ノワールは相変わらず不遜な態度だ。
「ふむ……他国の王族といえど、我の前では礼を取るものだが……そなたは何者じゃ」
「父上、そのことで別室で話がございます」
「……アルクリスタ嬢がいることを見ても、それが良いようだな」
謁見の間には、たまたま居合わせた貴族も少なからずいた。
その中にはアダマース公爵も……。
「アルクリスタ!」
公爵は顔に笑顔を貼り付け、アルクリスタに近付いてきた。
ぶくぶくと太り、立派な髭を生やした男だ。
ノワールは無言でアルクリスタと公爵の間に入り、少し睨む。
「ひっ……」
長身の美形に睨まれた公爵は、その場に立ち尽くしてしまった。
その間にノワールはアルクリスタを抱きかかえ、カライスに話しかける。
「別室とはどこだ。この男はもちろんいないであろうな」
第1皇子へのその態度や、国王への態度に周囲の貴族は敵意を顕にしていた。
「もちろんです」
「執務室へ通そう。同室するのはそなたらと、我と王妃のみだ」
国王がそう言ったのを確認すると、ノワールはさっさと謁見の間を後にした。
外で待機していたサンと合流する。
扉を閉めた謁見の間からは、ノワールに対する悪態がうるさい程聞こえた。
執務室に案内され、ノワールとアルクリスタは並んで座る。
サンは控えるように後ろに立った。
しばらくしてカライスが、続いて国王と王妃が入ってくる。
アルクリスタは立ち上がるが、ノワールは依然として不遜な態度を続けていた。
「楽にしてくれ」
国王の言葉に、アルクリスタは座る。
「して、その者は?」
国王はカライスへ言葉をかけた。
「実は……」
言い淀むカライスに首を傾げる。
「もったいぶるな」
「……魔族を統括している、魔王様です」
その言葉に、国王だけでなく王妃も目を見開いた。
「なに!?」
「本当ですの?」
ノワールとサンは、角を隠していた隠蔽魔法を外す。
「メイドまで……」
「アルクリスタ嬢は、何故魔族と……?」
二人は驚愕の表情を浮かべていた。
「話すと長くなるのですが、まずはエブルのことです。あいつ……下の騎士達に対し、アルクリスタが攫われたなどと吹聴していました」
「なんだと!?」
国王はその言葉に机を叩いた。
「あいつ……こちらが何もしないからと……」
「陛下、客人の前でございます」
王妃に諭され、国王ははっとしたように座り直した。
「すまない。自己紹介もまだであったな。我はアズレイト帝国国王サピロス・ヘマ・アズレイトだ」
「私はアズレイト帝国王妃キュアノス・ヘマ・アズレイトですわ」
二人が自己紹介をする。
「俺は魔王ノワール・オブシディアンだ。後ろにいるのは俺の側近で、今はアルクリスタのメイドをしているサンストーン」
サンが礼をする。アルクリスタはそんな二人をはらはらして見ていた。
「して、どのような経緯で魔王殿がアルクリスタ嬢と?」
どう見ても普通の関係ではないだろう、と、暗に聞いてくる。
「森に捨てられていたので拾った。こいつはもう私のものだ」
アルクリスタを引き寄せる。
ノワールは国王の顔を伺っているようだ。
「それはどういう意味だ?」
国王もノワールを見る。
「……俺とアルクリスタは、婚約を交した」
予想外の答えに、また目を見開いた。
「婚約だと?」
「そうだ。だから……人間と不可侵条約を結ぼうと、こうして赴いたわけだ」
ノワールがそう言うと、国王は真偽を図りかねるようであった。
「人間と魔族だ。相容れぬ関係ではないのか?」
「そうしてきたのは人間だ。俺はアルクリスタを好いているし、アルクリスタもそれに答えると言ってきた」
「アルクリスタ嬢は息子と婚約している」
「破棄を申し込んだのはそちらである。アルクリスタもそれに同意した」
「当人だけの問題ではない。家同士の問題でもある」
国王の返答に、ノワールは握っていたソファの手すりを握り潰した。
周囲に木屑が舞う。
「皇族に取り入りたいだけの虫けらなぞ知らぬ。アルクリスタに傷を付けるような人間なぞ、殺しても足りぬわ」
ノワールの気迫に、国王は黙ってしまう。
さすがに魔族。長年生きているだけあり、真正面から殺気を向けられれば失神してしまいそうだ。
隣の王妃もカタカタと震えていた。
「貴様、息子の婚約者だと宣うが、こいつがどのような扱いを受けているのか知っているのか?」
「なに?」
「ノワール様!」
ノワールの腕をアルクリスタが掴んだことにより、ノワールの殺気は散った。
ふぅ、と背もたれに寄りかかると、ノワールはアルクリスタを撫でながら言う。
「アルクリスタの背中には、無数の暴力の痕がある。背中だけではない。腕や顔以外の見えぬ所全身だ。サンが確認したから間違いない」
アルクリスタは俯く。
それに国王は、言葉を失った。
「誰が……」
「公爵家の者だよ。公爵本人、その息子、その妻。そいつらだ」
証拠も何もない。アルクリスタだけの証言ではだめなのだ。
「なんなら魔法で見ていたメイド達を集めてもいい。証言するかは知らないがな」
それをわかっているのか、ノワールはそれ以上言わず、アルクリスタを撫で続けた。
「とにかく俺は、アルクリスタを貰い受ける。挨拶が必要であれば公爵家ではなくアルクリスタの生家にでも向かおう。これは絶対だ」
ノワールの有無を言わせぬ声に、国王は考えるが頷く他なかった。
「大事なのはここからだ」
ノワールは続ける。
「魔族は人間と不可侵条約を結びたいと思っている」
「不可侵条約?」
「そうだ。俺達は今まで以上に魔物の管理を徹底しよう。しかしその代わり、今後森への侵攻はしないと誓ってほしい」
「どういうことだ?」
国王は本当に理解できていないようであった。
ノワールは、今までの歴史を織り交ぜながら話を続けた。
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