白い令嬢は愛を知らない
第1章10話
「とりあえず、自国であるアズレイト帝国からですわね」
ここに来たばかりの頃、復習のために思い出していたことを再度思い出し、更に細かいことを書き込んでいく。
死の森の東にあり、周辺の小国を飲み込み大きくなった国。
住民の7割が人間で、3割が獣人。獣人3割の内2割は奴隷である。
国王サピロス・ヘマ・アズレイトは賢王として有名であり、一部奴隷を含む国民に学校を設け教育を受けさせている。
城は国の中央にあり、白亜の城として輝かしく鎮座している。国民からの支持率は高く、他国では手酷い扱いを受ける奴隷も法律を設け守っているため、他国から流れてくることも多い。
これは他国も共通だが貴族は爵位、領地を貰った者はその土地をラストネームとする。
成人は16歳から。帝都はシュムック。
「思ったよりも書くことが多いですわ……国王様達のことは別紙に書きましょう」
サピロス国王は奴隷を含めた国民を大事にする王。奴隷含む国民からの支持は高く、周辺諸国からの信頼も厚い。男尊女卑の国が多い中、王妃も表立って政治に関わらせたり、女性の貴族を代表に立てたりと女性の立場を平等にすることでも有名。一部の貴族からは批判があるが実際に女性にも優秀な者が多いことから、大勢の貴族からの評価も高い。
「ノワール様」
アルクリスタは紙から顔を上げてノワールを見る。
ノワールは書類の山からひょっこり顔を出し、アルクリスタを見た。
「国王様の他に、王族の方々は全員書いた方がよろしいですか?」
「そうだな。頼む」
それだけ答え、また書類の山に隠れていった。
「王族……」
思い出すと、胸が痛むよりもため息しか出てこない。
「とりあえず、日が落ちるまでには全部の国のことを書いてしまいましょう」
ため息を吐きつつ、アルクリスタも紙に向き直った。
ある程度の概要を書いた紙を再度見直し、ノワールの元へ行く。
「ノワール様、書き終わりましたわ」
「ああ」
「……お疲れのようですので、続きは明日にしませんか?」
ノワールは覇気のない顔でアルクリスタを見上げる。
「しかし……」
「ノワール様まで倒れられたら、それこそ城中の者が困ります」
そっとノワールの手に自分の手を重ね、仕事を中断するよう促した。
「……わかった」
深々とソファにもたれかかり、ふぅ、と息をつくノワールの横に移動する。
「どうした?」
隣に来たアルクリスタに首を傾げるノワールに、アルクリスタは手を伸ばした。
「……!」
そして、手触りの良いノワールの髪を徐に撫で始める。
「な、なんだ?」
「ノワール様、お疲れ様です」
ノワールの人を惹き付けるような真紅の瞳を見つめながら、よしよし、と撫で続けた。
「……ありがとう」
腰に手をかけられ、引き寄せられる。
椅子に座ったノワールとアルクリスタの顔はほぼ同じ高さだ。アルクリスタは自然と、ノワールの肩口に顔を乗せる形になる。
「ノワール様?」
「……アルクリスタ」
振り返ると、ノワールの鼻とアルクリスタの鼻が触れ合う距離だ。
「え……っと……」
思わず撫でていた手を止め、ノワールの瞳を見つめてしまう。
「……魔王様、アルクリスタ様。明日も朝からお仕事がございますので、それくらいにしてはどうでしょうか」
気付けばノワールの机の前にサンがおり、二人は慌てて離れる。
「し、失礼しますね。ノワール様も早くお休みになられてください。おやすみなさい」
一礼し、サンと共に執務室を出た。
「……サンストーン様、ありがとうございます」
「いえ。それと……サンと呼び捨てで結構ですよ」
「……わかりましたわ」
帰るときも視線を浴びるが、アルクリスタはそれよりも先程のノワールとの距離のことに意識がいっていた。
(びっくりしたのですわ……ノワール様のお顔が……あんなに近くに……)
先程のこととキスのことを同時に思い出し、顔を赤くする。
周囲にいた魔族たちは、その可憐さに思わず息をのみ、見惚れてしまっていた。
そうこうする内に部屋へとつき、準備をしてベッドに入る。
枕に頭を沈め、とにかく寝ようと早々に意識を手放した。
夢の中だ。
自然と、そう思った。
ミルクのような滑らかな白が周囲を覆い、その中にポツンと一人佇む。
『……よ……』
鈴の音のような声が耳を掠めた。
『……ばに……んで……ンド……』
何を言っているのかわからないが、それはとても心地のいい声だ。
思わず目を閉じて聞き入る。
『……ンド……埋めて……』
目を開くと、見渡す限りの闇に変わっていた。
体が闇に溶けるような感覚がする。
手を見てみるが、闇が深すぎるのか見ることができなかった。
不安と心地よさが心を支配したと同時に、夢は終わった。
気付けば、もう見慣れた天蓋ベッドの天井だった。
背中に変な汗をかいているのに気付き、心地の悪さに起き上がる。
もうすぐ日が昇り切るという明るさで、いつサンが来てもいいようにベッドから出てソファに座った。
(さっきの夢……何だったのかしら)
結局何を言っていたのか聞き取れず、そのまま目覚めてしまった。
ただの夢で終わらせるには、余りに違和感がある。説明できない、妙な不安感。
思い出そうにも詳しく思い出せない夢にため息を吐いていると、ノックがなりサンが入ってくる。
「おはようございます。本日も湯浴みから参りましょう」
妙な夢は一旦頭から追い出し、今日の予定について聞く。
「今日も一日執務室ですか?」
「その予定です」
「わかりましたわ」
支度を終え、今日も執務室へ向かう。
今日の服も昨日と似たものを選んでもらった。仕事着は固定することでスイッチを入れるためだ。
幸い、似たようなドレスの色違いが幾つも置いてあったため制服としては問題なさそうであった。
執務室へ着くと、既にノワールは仕事を始めていた。
顔色は昨日より随分と良くなっている。
「おはようございます、ノワール様」
「おはよう、アルクリスタ」
「早速ですが、そちらが落ち着き次第、昨日の書類の確認をお願いしますわ」
確認してもらってからが、アルクリスタの仕事になるため、それが終わるまでは手持ち無沙汰であった。
それを見越して、アルクリスタはノワールの部屋から数冊、魔族の歴史の本を拝借していたためそれを読んで過ごした。
「アルクリスタ」
呼ばれて、顔を上げる。
「はい」
ノワールは少し機嫌が悪そうに見えた。
「どうなさいました?」
「……お前、皇族の婚約者だったのか」
「そうですわ」
「何故森に来た」
少し低くなった声に首を傾げつつ、正直に答える。
「エブル殿下に新しい婚約者が現れ、私がその方をいじめたとして反逆罪ということから、森に捨てられましたの。一応養子といえど公爵家の娘ですから、死刑は免れたという形ですわ」
「しかし新しい婚約者といえど、お前が正式な婚約者なんだろう?」
眉を顰めるノワールに、アルクリスタもため息を吐きつつ答える。
「ええ。いくらチャルロイト様とエブル殿下が恋仲といえど、家同士、しかも皇家と公爵家の婚約は、そう簡単に解消できませんわ。私はどちらでも良かったので勝手にお受けしましたが、森に捨てたことで今頃国はおおわらわになっていると思いますわ」
想像すると少し面白いが、それは表に出さないように努める。さすがに国が慌てている様子を笑うのは、令嬢として忍びないからだ。
「それは……お前、ここにいていいのか?」
ノワールが若干呆れたような、安心したような顔で聞く。
「ええ、いいんじゃないですか?捨てたのはあちらですわ。連れてきたのは騎士様ですから……一令嬢の力では、一人ならばまだしも数人には敵いませんわ。騎士様方も皇族の命令ですから、従う他ないでしょうし」
駄目なのか、と首を傾げると、ノワールは今度は見るからに呆れた顔をする。
「それに……今はノワール様のペットですから、ここから出ていくことはあり得ませんわ」
にこりと微笑むと、ノワールは顔を背けた。
よく見てみると、耳が赤いように見える。
「そういえば」
アルクリスタは疑問に思っていたことを聞いた。
「偏見で申し訳ないですが……魔族は魔法で使役したりするイメージがあるのですが、そういうのはないんですの?」
「ああ……そういう方法もあるが、今の所必要ないと判断している」
ノワールは真剣な眼差しでアルクリスタを見る。
アルクリスタの話は、報告にあったことと寸分の違いもなかった。
「それに……」
ノワールの続く言葉に、アルクリスタは首を傾げる。
……と、急にノワールが立ち上がった。
「サン」
「わかってます。アルクリスタ様、部屋へ戻りましょう」
二人が急に動き出し、ついていけないアルクリスタ。
「どうしました?」
「森に侵入者です。そこの者、アレクと姉さんを」
「は!」
通りがかった魔族に指示を出しながら、部屋へ急ぐサンにアルクリスタもついていく。
サンの様子に魔族はアルクリスタを一瞥するも、慌てて走って行ってしまった。
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。一応何かあった時のために、貴女は部屋に私と待機して頂きます」
「わかりましたわ」
その後は別段急いだ足取りでもなく、ゆっくりと部屋へ向かう。本当に急を要することではないと判断し、アルクリスタもそれ以上聞くことはしなかった。
アルクリスタを見送り、ノワールは執務室で仕事に戻る。
サンがアレクを呼びに行かせたのを確認したからだ。
「魔王様!」
軽いノックの後、すぐにアレクとペリーが部屋へ入ってきた。
「早かったな」
「こんな短期間で新たな侵入者となると、私は本当にあの娘を信用できません……」
「アレク、処刑でもおかしくなかった状況を救ってくれたのはアリー様よ!貴方もわかってるでしょう?」
ペリーとアレクが喧嘩をするのを、目で制する。
「……とにかく、侵入者を連れてきてくれ。今は……魔物と戦闘中のようだな。アルクリスタの関係者であろうがなかろうが、いつも通りだ。必要であれば無傷で連れてくるように。アレクは俺と謁見の間へ」
「……はい」
ペリーはそのまま、森へと転移で消える。
「アレク……2日しか経っておらぬが、緊急だ。お前は一番の臣下だからな。……復帰してくれるか?」
「……!はい、よろこんで」
「しかし……今度、俺の許しなくアルクリスタを傷つけるようであれば、俺は容赦しない」
「……肝に銘じます」
アレクは膝を折り、最上の礼をとる。ノワールへの忠誠を再度誓い、二人は謁見の間へと向かった。
森の侵入者の上空へと転移したペリーは、オークに囲まれた侵入者を見つけた。
透けるような金髪が日の光を受け輝いている。
オークが一瞬離れたのを見て、その間に降り立つ。
オークは魔物の中でも知性が高い傾向にあり、自分より高位の魔族を相手に手を出してくる程馬鹿ではなかったらしい。そのまま森の奥へ逃げて行った。
「誰だ?」
急に現れた女性に相手は一瞬驚いた様子だったが、すぐに剣先を背中に感じた。
「助けてあげたのに失礼な人間ね」
慌てることなく振り返ると、相手は貴族のようである。
「魔族か……!」
更に驚いた様子だったがこちらに敵意がないことを感じ、すぐに剣を引いた。
「……助かった。ありがとう」
素直に礼を言われ、更に頭を下げられたため、ペリーの方が驚いてしまった。
「最近の人間は恐怖心ってものがないの?」
「最近の……?こちらに最近人間が来たのか?」
鋭い視線が刺さるが、ペリーはどこ吹く風と流し、話題を変える。
「見るからに人間の貴族のご令息って感じだけど……貴方、何しに森へ来たの?」
「話を変えないで貰おう」
「まぁいいけど……追手が来るなら貴方にここにいられたら困るのよね」
ため息を吐くと、相手は少し眉を顰めた。
「追手?」
「貴族様が魔族の土地なんかに入ったりしたら、まぁた人間が攻めて来ちゃうでしょ。森に入られたら面倒なのよ。とにかく、すぐに追手が来るかどうかだけ教えてちょうだい」
追手が来るようであれば入り口まで帰すが、来ないようであれば城まで連れて行く決まりであった。
「すぐには来ないと思うが……ここは魔族の土地……なのか?」
「あのねぇ、魔族は魔物の上位種よ?魔物が住んでるんだから当然魔族も住んでる。魔族が住めばここを統治するのが当たり前でしょ?じゃなきゃ人間なんて滅んでるわよ」
「それはつまり、魔族が魔物を管理していると……」
「とにかく行くわよ」
ペリーはまだとやかく言っている男に向かって手を振ると、口元の風の振動を止めて声を聞こえないようにした。
男が不思議そうに首を傾げる。
「うるさいと魔物が寄ってきちゃうでしょ。少しは黙ってちょうだい」
『風よ、王の間へ』
ペリーが呟くと、一瞬で景色が変わり、禍々しい玉座の間のような所についた。
「……!……!」
風の振動を止めたままなので何と言っているのかわからないが、慌てていることだけは伝わってきた。
「魔王様、連れてきました」
ペリーはノワールの横へと立つ。
侵入者である男は、その美しい魔王に驚き、固まってしまった。
「侵入者よ。ようこそ我が魔王城へ」
ノワールは玉座から侵入者を見下ろした。
その場には、ノワールとアレク、ペリー以外侵入者しか見当たらない。
侵入者の男は、訝しげにノワールを見上げた。
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白猫
2人めの侵入者気になりますねぇー٩( ⺤◊⺤)۶