白い令嬢は愛を知らない
第1章2話
一瞬見えた美しい魔物に気付くことなく、アルクリスタは意識を手放した。
アルクリスタが寝転んだ切り株の傍。そこにいたのは、正真正銘魔物であった。
しかし、化物のような魔物ではなく、魔物特有の角や翼がなければ人間と言われてもわからない程の、である。
美しい漆黒の髪に人を惹き付ける真紅の瞳。薄い唇は仄かに紅く、男性であるのに妖艶である。魔物の中でも魔族と言われるものだ。彼は魔族の中でも確実に美しい魔族であった。
彼はアルクリスタを見つめ一瞬瞳を揺らすと、そっとアルクリスタの体を抱き上げた。
所謂お姫様抱っこである。
そのまま静かに羽ばたくと、彼は自分の住処へと向かって行った。
────少し遡る
「魔王様、侵入者でございます」
側近であるアレクサンドライト……アレクに言われ、魔王ノワール・オブシディアンは眉を顰めた。
「また捨て子か。それとも老人か……」
森の外の人間達はノワールの国を死の森と言い、普段は近寄ることはない。
しかし食い扶持に困ったり、老人の処理に困ったりした時に魔物たちにどうにかさせようとわざと森に捨てることがある。
そのような者たちは皆捨てられた所とは別の国の近くまで送り届け、後は人間任せにしているのだが……
「実は……貴族の令嬢のようなのです」
その言葉に目を見開いた。
「騎士達が入り口近くまで送り届けたようで、そこから一人森の中を進んでいます」
貴族の令嬢であればすぐに探しに来るであろうと考え数時間放置した様だが、迎えが来る気配は一切ないようだ。
「人間の貴族の令嬢が捨てられたか……それとも攻め込む手段としているのか……」
貴族の令息ならばごくごく稀に迷い込むことがあるが、大切に守られている筈の令嬢はさすがに初めてであった。
「とにかく私が確認をしてくる」
ノワールは王座のすぐ後ろの窓を開けて深紫の大きな翼────コウモリの翼に似ている────を羽ばたかせて飛び立った。
「魔王様本人が赴くなど……!」
アレクが慌てているが、その声を無視して窓から飛び出した。
森と人間の国のほぼ中心。唯一の泉と大木の切り株のある場所についた。
そこには、遠い上空からもはっきりと見える"白"があった。
不思議に思いノワールが降り立つと……
「すぅー……すぅー……」
天使に見紛う程の……美しい少女が寝ていた。
そして、冒頭に戻る。
ノワールはあまりに美しい少女に目を奪われた。
触れるのを恐れてしまう程に美しい白。肌と髪は透けるように白く、髪と同じ真っ白な睫毛に縁取られた瞳は閉じられている。ポテッとした唇は可愛らしいのに妖艶で、今すぐに食べてしまいたくなるほど綺麗だ。
すぐに連れ帰ろう。そう思ったが、触れるのを戸惑ってしまう。ノワールは魔族だ。当然爪はマニキュアを塗っているかのように黒く鋭い。
一瞬瞳を揺らし逡巡するが、傷つけないようにそっと抱き抱えた。
そのままできるだけ静かに羽ばたき、城へと戻っていく。
「ん……」
風が頬に当たり、一瞬少女……アルクリスタが身動ぎをする。
ノワールはピクッとして、起きないか覗き込んだ。
少し体勢を変えただけで、起きる様子はないことに安心し、城へと向かう。
「ま、魔王様ぁ!?」
城を出た時と同じ窓から城に入り、静かに着地する。
「うるさいぞアレク。すぐにこの娘の部屋を用意しろ」
「で、ですがそやつは人間ですよ!人間を魔王城に入れるなど……」
「いいから行け」
慌てる臣下に有無を言わせぬ声で命令をし、愛おしそうにアルクリスタを見つめるノワール。
「……承知致しました」
アレクは丁寧に一礼し、王座の間を後にした。
「あああなんで僕がこんなことぉおお」
王座の間を出たアレクは、頭をぶんぶん横に振りながらプンプンと歩いていた。
「なぁんで人間の小娘如きにノワール様1番の部下の僕がぁあ!しかもあんな目で見られるとは……くそぉおぉお!」
キーッと声を上げながらも、命令通りに部屋を用意しに向かう。
「なぁに荒れてるの?」
そんなアレクの後ろから、綺麗な女性の声が聞こえた。
「……ペリーか……」
アレクは振り向き、はぁあ……と息をつく。
ペリーと呼ばれた女性はそれにむっと眉を顰めた。
「なぁに?その言い方。せっかくあんたがイライラしてるから話でも聞きながら手伝ってあげようと思ったのに」
親しげに真隣を歩きながら、ペリーより9cm小さいアレクの頭を肘でグリグリと押さえつける。
「いった!痛いって!止めろよな!」
肘の尖った所で丁度痛い所をグリグリやられてアレクは頭を手で覆った。
「で?どうしたのよ」
それにさして何も言うこともなく、ペリーはなぜアレクがイライラしていたのかを聞いた。
「魔王様が……人間の娘を拾って気に入ったらしい。しかも貴族の娘だ」
「はぁあ?大丈夫なの?」
ペリーの反応は尤もだった。人間……しかも貴族の娘を魔王城に入れるとなると、人間は勿論魔族からも非難される可能性がある。
「まぁ、魔族に関してはいいとして……それよりも人間よね?人間なんて馬鹿なんだから、数100年前の出来事なんて忘れてまた攻め込んでこようとしてるんじゃないの?」
豊満な胸を抱えるように腕を組むペリーに、アレクは苦言を呈する。
「おい、ただでさえはしたない格好をしているのに、胸を強調するのはやめろよ。……人間に関しては、数時間様子を見たが迎えが来る様子はなかったから今の所は大丈夫だとは思うが……」
ペリーの格好はどうやって留まっているのかわからないような谷間ががっつり見えるオフショルのワンピースだ。色はペリーの明るい透き通るような緑の髪より少し深い緑で、足元は前が左右に別れており、白い綺麗な足が見えている。
腕を組めば今にも服から胸が出てしまいそうである。
「はしたないとは失礼ね。女は見せてこそ美しくなるのよ?私はいつまでも美しくありたいの」
プイッと可愛らしくそっぽを向くペリー。
そんなことを話しながら、2人は部屋につき着々と準備していった。
「ふむ、いいだろう」
できた部屋は魔王城なのか?と言う程可愛らしい造りになっていた。
魔族とは根本的に黒や赤を好むものだ。なので城は全体的に黒を基調にし、赤や金を使ってできている。
しかしアルクリスタのために準備した部屋は、真逆の白と薄い青で造られていた。
壁紙は白を全体的に使い、所々薄い青とラベンダー色の小花が散っている。家具は薄い青を基調として、金具は金色がいやらしくない程度に使われていた。
ベッドやテーブルクロス、カーテンは白いレースがふんだんに使われ、アルクリスタが着ているドレスをイメージして薄い青と黄色の刺繍が施してある。
天使の部屋かというような可愛らしい造りに、ノワールは満足げに頷いていた。
「よし……」
城に戻ってきてからもずっと抱き抱えていたのか、ノワールは少し名残惜しそうにアルクリスタをベッドに降ろした。
いつの間にかネグリジェに着替えさせている。
愛おしげに指の背で頬を撫で、ベッドから離れる。
「アレク、よく準備した。ペリーも手伝ったのか?ありがとう」
いつもは見せない極上の笑顔で2人を労うノワールは、ルンルンと鼻歌が聞こえてきそうな程ご機嫌である。
「うぅ……いえ……」
誰よりもノワール馬鹿であるアレクは嬉しさと悲しさが入り混じった顔で頷いた。
ペリーも満足げに頷く。
「いつもは絶対にしない配色なので、気合いが入りましたわ」
どやぁ……と聞こえてきそうなペリーである。
部屋は全体的にアルクリスタが着ていた服からイメージして造られていた。
ペリーは初めてアルクリスタを見たのだが、自分の目利きに間違いがなかったのだと少し誇らしげであった。
「ん……」
ベッドの方から聞こえた声に、3人は勢い良く振り向いた。
ゆっくりと起き上がったアルクリスタは、眠そうに目をパチパチして……
「……ここはどこですのぉ……??」
欠伸を噛み殺したような声でそう言った。
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