俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる
俺は周りの大人達に導かれ
※
俺が退学した後のクラスメイトの様子は、俺に分かるはずもなく。
喜んでようが残念がられようが知ったことじゃない。
そんなことは気にもならない。
ただ、母さんにもそのおにぎりを作って渡しといたんだが、お世辞とかじゃなく好評だったんだが……。
「回復量は、流石に父さんには敵わなかったけどね」
そりゃそうだ。
一日だけで、一回だけで、長年何回も続けてきた職人に敵うわけがない。
けど、俺にもできる。
嫌いな奴にも、気にかけてくる奴にも、無関心な奴にも、みな俺のおにぎりで回復してた。
あとは経験を重ねることと……。
「母さん、父さんはどこにおにぎりを持ってってたんだろう?」
母さんは悲しい顔をした。
母さんと知り合った当時、父さんが仕事をしていたその屋根裏部屋には、一族から放逐された時点でもう行けなくなったらしい。
そういう一族との事情は知らなかった。
「だから、その噂を後ろ盾にして、宿屋とか酒場に持って行ってたのよね」
「……じゃあ、俺もそこには行けないってことだよね……」
父さんは、いろんな世界で噂になってたから、飛び込みで冒険者の宿や酒場に持って行っても受け入れてもらえた。
俺はそうじゃない。
あの人の息子だから、という理論が通用するほど甘い業界じゃないことも知ってる。
だって、現役の人達はみんな、命の危険を冒しながら仕事をしている。
回復の実績がない俺のおにぎりは、そんな人達が金を出してまで手に入れる価値があるとは自分でも思えない。
「無料で配るしかないわね。どんなことでも地道に一歩ずつ進んでいかないと」
にこやかな顔してくれるけど、それは俺を励ましてくれるための顔だよね?
俺が母さんを助けて、それを喜んでくれる顔じゃないと意味がないんだよな……。
「もう戻って来てますかなー?」
外からうちに呼びかけるような声が聞こえてきた。
聞き慣れない……初老の男性の声っぽい。
「あ、組合の役員さんかな? はーい、今出まーす」
母さんが所属している冒険者ギルドのスタッフらしい。
スタッフが、仕事を終えた冒険者の自宅に来るってのも珍しい。
今までそんなことはなかったのに。
「エッジー、あなたにも用があるみたいよー?」
「え?」
俺は冒険者になることは諦めたんだが……。
スカウト……はあり得ない。
一体何の用があるんだか。
「息子さん、ですか」
「えぇ。亡くなったあの人との一人息子です。今日、冒険者養成学校を辞めてきたんです」
うん、近づいて見ても、やっぱり見覚えがない。
いくら学校で実戦の授業があったとしても、組合とかギルドとか、酒場なんぞにまで見学しに行くなんてことはない。
卒業した後冒険者にならない奴も数えきれないほどいるらしいし。
「ほお、それでか……」
俺の知らない所で、何かの話が進んでるらしい。
何のことか聞いてみる。
「フォーバー・ブルーフという人を知ってるかね?」
誰だそれ。
「おかしいな。彼から今日の学校でのことを聞いたんだが。彼は教官をしてるんだ」
あ、実戦の教官の名前だったのか。
初めて知った。
「まったく……エッジったら……」
母さんかもらだが、お客さんからも呆れられた。
だって教官で事足りるんだもん。
「コホン。あー……フォーバーが教官に就く前は冒険者をしててね」
だろうね。
でなきゃ、経験に基づいた指導をやれるはずがない。
「彼が現役だった頃、私は仕事依頼の受付をしててね。いろんな話をしたもんさ」
お年寄りの昔話かな。
長くなるのかな。
「ダンジョンの中の安全地帯の噂は聞いたことはあるだろう?」
「噂どころか、体験までしちゃいましたけど」
早く話をおわらせようとおちゃらけたつもりだったんだけど……。
「らしいな。彼も、何度もあの部屋の世話になった一人でね。……で、彼から君の世話を見てほしいと頼まれたんだ」
はい?
今一つ話が見えてこないんですが?
「今日のおにぎりの話を聞いてね。どんな相手にも何の差別なく回復の効果をもたらした。神出鬼没のあの部屋は用意できないだろうけど、仕事に出る冒険者達に提供できる物なら、その経験を積ませれば引けを取らない、と言っていたのでね」
えーと、つまり……。
「良かったじゃない。……母親としてじゃなく、冒険者としての助言よ、エッジ。これからのあなたには、もうクラスメイトのような大勢な人達に囲まれることはない。そんなあなたがたくさんの人のために働きたいというのなら、お世話になるべき。でなければ、あなたの作るおにぎりの効果は、きっと薄れる」
たくさんの人の中にいて、たくさんの人達と言葉を交わして、いろんな人がいることを知る。
それが俺に必要ってことなんだよな。
父さんもそうだったろうし、あの人もそうだった。
「はい……。お世話になります」
人の生きる道というのは不思議なものだし、皮肉なものだ。
冒険者を志したつもりが、思いもせず父さんと同じ仕事の道を進もうとしてる。
そして俺はやがて知る。
父さんの足元にはまだまだ届かない。
そしてあの人の仕事ぶりに追いつこうとするには、まだはるか遠い先にあることを。
俺が退学した後のクラスメイトの様子は、俺に分かるはずもなく。
喜んでようが残念がられようが知ったことじゃない。
そんなことは気にもならない。
ただ、母さんにもそのおにぎりを作って渡しといたんだが、お世辞とかじゃなく好評だったんだが……。
「回復量は、流石に父さんには敵わなかったけどね」
そりゃそうだ。
一日だけで、一回だけで、長年何回も続けてきた職人に敵うわけがない。
けど、俺にもできる。
嫌いな奴にも、気にかけてくる奴にも、無関心な奴にも、みな俺のおにぎりで回復してた。
あとは経験を重ねることと……。
「母さん、父さんはどこにおにぎりを持ってってたんだろう?」
母さんは悲しい顔をした。
母さんと知り合った当時、父さんが仕事をしていたその屋根裏部屋には、一族から放逐された時点でもう行けなくなったらしい。
そういう一族との事情は知らなかった。
「だから、その噂を後ろ盾にして、宿屋とか酒場に持って行ってたのよね」
「……じゃあ、俺もそこには行けないってことだよね……」
父さんは、いろんな世界で噂になってたから、飛び込みで冒険者の宿や酒場に持って行っても受け入れてもらえた。
俺はそうじゃない。
あの人の息子だから、という理論が通用するほど甘い業界じゃないことも知ってる。
だって、現役の人達はみんな、命の危険を冒しながら仕事をしている。
回復の実績がない俺のおにぎりは、そんな人達が金を出してまで手に入れる価値があるとは自分でも思えない。
「無料で配るしかないわね。どんなことでも地道に一歩ずつ進んでいかないと」
にこやかな顔してくれるけど、それは俺を励ましてくれるための顔だよね?
俺が母さんを助けて、それを喜んでくれる顔じゃないと意味がないんだよな……。
「もう戻って来てますかなー?」
外からうちに呼びかけるような声が聞こえてきた。
聞き慣れない……初老の男性の声っぽい。
「あ、組合の役員さんかな? はーい、今出まーす」
母さんが所属している冒険者ギルドのスタッフらしい。
スタッフが、仕事を終えた冒険者の自宅に来るってのも珍しい。
今までそんなことはなかったのに。
「エッジー、あなたにも用があるみたいよー?」
「え?」
俺は冒険者になることは諦めたんだが……。
スカウト……はあり得ない。
一体何の用があるんだか。
「息子さん、ですか」
「えぇ。亡くなったあの人との一人息子です。今日、冒険者養成学校を辞めてきたんです」
うん、近づいて見ても、やっぱり見覚えがない。
いくら学校で実戦の授業があったとしても、組合とかギルドとか、酒場なんぞにまで見学しに行くなんてことはない。
卒業した後冒険者にならない奴も数えきれないほどいるらしいし。
「ほお、それでか……」
俺の知らない所で、何かの話が進んでるらしい。
何のことか聞いてみる。
「フォーバー・ブルーフという人を知ってるかね?」
誰だそれ。
「おかしいな。彼から今日の学校でのことを聞いたんだが。彼は教官をしてるんだ」
あ、実戦の教官の名前だったのか。
初めて知った。
「まったく……エッジったら……」
母さんかもらだが、お客さんからも呆れられた。
だって教官で事足りるんだもん。
「コホン。あー……フォーバーが教官に就く前は冒険者をしててね」
だろうね。
でなきゃ、経験に基づいた指導をやれるはずがない。
「彼が現役だった頃、私は仕事依頼の受付をしててね。いろんな話をしたもんさ」
お年寄りの昔話かな。
長くなるのかな。
「ダンジョンの中の安全地帯の噂は聞いたことはあるだろう?」
「噂どころか、体験までしちゃいましたけど」
早く話をおわらせようとおちゃらけたつもりだったんだけど……。
「らしいな。彼も、何度もあの部屋の世話になった一人でね。……で、彼から君の世話を見てほしいと頼まれたんだ」
はい?
今一つ話が見えてこないんですが?
「今日のおにぎりの話を聞いてね。どんな相手にも何の差別なく回復の効果をもたらした。神出鬼没のあの部屋は用意できないだろうけど、仕事に出る冒険者達に提供できる物なら、その経験を積ませれば引けを取らない、と言っていたのでね」
えーと、つまり……。
「良かったじゃない。……母親としてじゃなく、冒険者としての助言よ、エッジ。これからのあなたには、もうクラスメイトのような大勢な人達に囲まれることはない。そんなあなたがたくさんの人のために働きたいというのなら、お世話になるべき。でなければ、あなたの作るおにぎりの効果は、きっと薄れる」
たくさんの人の中にいて、たくさんの人達と言葉を交わして、いろんな人がいることを知る。
それが俺に必要ってことなんだよな。
父さんもそうだったろうし、あの人もそうだった。
「はい……。お世話になります」
人の生きる道というのは不思議なものだし、皮肉なものだ。
冒険者を志したつもりが、思いもせず父さんと同じ仕事の道を進もうとしてる。
そして俺はやがて知る。
父さんの足元にはまだまだ届かない。
そしてあの人の仕事ぶりに追いつこうとするには、まだはるか遠い先にあることを。
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