俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

網野ホウ

俺は、「ハタナカ・コウジ」という名前以外、父さんのことを何も知らないのかもしれない

「ただいまー……」
「お帰り。晩ご飯できてるよー」

 今日の帰りは母さんが早かった。
 俺の帰り時刻は通学だから決まってるけど、母さんはそうじゃない。
 俺より遅く帰ってくることの方が多い。

 今日は俺的には都合が良かった。
 聞いてみたいことがあったんだ。

「ねぇ、母さん」
「ん? どうしたの?」
「父さんさ……」
「うん」
「おにぎり、作ってたんだよね? 父さん、どんなんだった?」

 自分でも質問の中身が曖昧なんだよな。
 何を聞きたかったか、自分でもよくわかんないけどさ。
 父さんとの思い出は、多くはないけど覚えてる。
 けど、周りからどんな風に思われてた人なのかとか、評価とかは聞いたことがない。
 父さん……ハタナカ・コウジってどんな人物だったんだろう?

「どんなんだった……ねぇ……」

 懐かしそうに昔のことを思い出してるのかな。
 でも、その中に当然子供の俺はいないよな。
 俺のいない、母さんが覚えてる、父さんの思い出、か。

「つまんなそうにおにぎり、握ってたわね」

 母さんの言うことにピンとこなかった。
 おにぎりのことでつまらなそうな父さんの顔を見たのはあの一回だけ。
 それ以外は、いつも楽しそうな顔をしてたんだけど。

「あとは……特に、誰かのためにとか、誰かにはあげないっていうことはなかったな。誰に対しても変わらない態度だったわね」
「ふーん……」

 ということは、食べさせてあげる相手のことは全く考えてなかったってことだよな?

 俺が作るおにぎりは、俺が食うために作るから、大きさや具のことを考えるのが楽しかったりする。
 でもあいつらに食わせようってつもりはなかったって言うか、全く何も考えてなかった。
 食わせる前提でおにぎりを作って、その上で食わせる相手に無関心でいるってことか。

「そのうちエッジも母さんにおにぎり、作ってくれるかな?」
「え? はは、どうかな。母さんには負けるよ。晩ご飯美味しそう。いっただっきまーすっ」

 誰かのために作るおにぎりは、誰かの役に立たせるために作ってたんじゃなかったんだろうか。
 ……明日、試してみようか。

 ※

「昨日、教官から注意を受けたわけだが」

 このグループのリーダーはヒュージだ。
 だから当然、ダンジョン突入前には打ち合わせとかをするんだけど、その舵取りはヒュージが受け持ってる。

「生還と目標達成。これさえ守りゃ特に問題ないと思うし、リクエストには手間取ることなく応える必要がある……のは分かるよな?」

 あてつけがましい発言と視線がウザい。
 だが俺にはそんなことはどうでもいい。
 おにぎりを作る際に、父さんはどう作ったかってことを考えてみた。
 ひょっとしたら、何か効果が出るかもしれないから。

 でも、全く見当がつかない。
 楽しかったことしか思い出せなかった。
 直接、話をいろいろ聞きたかった。
 でも話ができた頃はそこまで考えられなかったし、そんな環境に身を置くなんて考えもしなかった。

 そもそも、父さんがこんなに早く死んでしまうなんて想像もしなかった。

「……ッジっ! 話聞いてるの?! エッジ!」
「あ……あ、いや、あぁ……悪ぃ……」
「……何泣いてんのよ。自分の役割をしっかりやっときゃ何も言われずに済むの、分かんないの?」
「そ、そうじゃねぇよ、アイラ。こっちの個人的」
「ま、やることはいつもの通り。さっさと済ませましょう?」

 今のことは、集中してなかった俺が悪い。
 それは、反省。
 フォールスが俺の言い訳を遮って無関心になるのは、ある意味有り難い。

「とにかく、自分で持てる物は自分で管理する。それでいいじゃない。前回それで注意受けたんだから」

 ……そう言えば、俺……ばかりじゃないな。
 みんなもか。
 互いの家族構成なんか全然知らない。
 そんな知らない相手から、自分の家庭の事情を分かってもらいたいなんてのは虫のいい話だよな。
 だから……今回は、おにぎりに何かを期待するのはやめとこう。
 腹が減ったら食わせる。
 俺がすることはそれくらいだ。
 そのほかは……いつもの通りの荷物の番。

 今回も実戦の課題はいくつか出された。
 その中で一番簡単なのは、このダンジョンの地下三階に到達すること。
 今まで何度か到達できた課題だ。

 けど、今回は全員に油断があった。

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