俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

網野ホウ

弓戦士の土産話

 俺の一日の始まりは、自室で迎える。
 当然だよな。
 朝五時に起きて身支度を整えて、朝飯は卵かけご飯が多いな。
 あとは生で食える野菜。

 七時にはプレハブで米研ぎをしている。
 米は研いだ後、しばらく水に浸すのが手順らしいが、そんな暇はない。
 食えりゃいい。
 なんせ俺が食う米じゃないしな。

 早炊きにすると三十分。
 その間に握り飯の具と海苔を、指輪の部屋と冷蔵庫から取り出して細かく分ける。
 前日に残った飯があればさらに多く握れるが、五分で二個くらいの速さで作る。
 途中からショーアも一緒に握る。
 握り飯の時間は八時からにしてるが、その時には三十個くらい出来上がってるか。
 慣れた作業でも、開始時点のペースは思い通りに早くは出来ない。
 が、時間が経つにつれ次第に上がっていく。

 そんなこんなで、後片付けを始める時間は午前九時を回る。
 昼飯は二人分。十一時になってからその準備にかかるが、それまでの間は雑貨屋の商品管理とかだな。

 ……一応経営はしてるんだからな?
 それまでの間に異世界からの品物が届く。
 ネットで売る品物だ。
 売り上げはこっちのほうがいい。
 だが、俺はあくまで雑貨屋の店長だからな?

 で、昼飯は、ショーアの分もあるからプレハブで食うんだが、さすがに大勢の注目を浴びながら飯を食う度胸はない。
 個室で二人きりで昼飯を食う。
 食うだけだ。
 俺から会話をすることはない。
 だからショーアが何も喋らなければ、飯を食ってる間はずっと無言。
 男女二人が狭い空間で、何も言わずに握り飯を食う。
 もっとも異世界人同士だから別に何の不思議もない。と思う。

 午後一時には、その片づけをプレハブの流しでする。

「よう、コウジ。また来たぜ」

 こんな風に声をかけられる。
 朝の握り飯タイムの時には時々返事はするが、店の仕事をしてる間は当然不在。
 呼び出しもないから応対は無理。

 昼飯を食った直後、俺の分の食料と、コピーもできそうにない食材の買い出しに出かける。
 そんな声に応じることができるのは、買い物から帰ってきた後だな。

 で、今がその時間。
 声の主は、いつぞやの弓戦士。

「ちょっとだけ寂しくて、ちょっとだけうれしい話を持ってきた」
「聞かねぇよ」
「いやいや、ぜひ聞いてもらいたい」

 やな言い方してくるな。
 聞きたくないわけじゃないが、聞く必要がないんだよ。

「お話聞くくらいならいいんじゃないですか?」

 よし、ショーア。
 お前には明日の昼飯は、激辛のカレーうどん食らわせてやる。
 食べたいっ! でも食べられないっ! 悔しいっ!
 って思いを散々味わわせてやる。

「時々ここに来た槍戦士いたろ? 俺の相棒も時々してくれたあいつ」

 いたような見た覚えがないような。

「冒険者業、この間勇退したんだ」

 へぇ、とか、ほぉ、とか、そんな声があちこちで上がった。
 俺は別に何にも感じない。
 とりあえず、この時間から米を研ぐことにする。

「何つーか、ホント、マイペースだな。何とも思わねぇか?」
「ここに来る奴らみんなに肩入れしてるわけじゃねぇからな。ふーん、お疲れさんってとこだな」

 しかし方々から感心する声が上がるってことは、珍しいことなのか。
 けど、俺からそいつに何か贈るでもないし、俺の知らないうちにその仕事を辞める奴もいるだろう。
 ひょっとしたら……。

「無事これ名馬、とか言う言葉もある。中には魔物にやられるやつもいるんだろ? それを考えれば、まぁ労を労う言葉の一つは出てくるさ」
「そんな他人事みたいな話すんじゃねぇよ。コウジは知らねぇだろうが、ここ、かなり評判になってるぜ? しかも尾ひれなしの噂……じゃねぇや。実績っつーのか? いや、統計かな」

 そんなこと言われてもな。
 俺のこと以外は、ここでは全部他人事だよ。
 俺が足を運べない異世界の話なんだからよ。

「当事者が何を言ってやがる……って、気付かねぇのも当然か。実はな……」

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