俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

網野ホウ

それを言ってしまったら戦争だろうがっ! いや、しないけどさ

 シェイラの奴、痛いとこ突きやがる。
 誰もこの部屋に来なくなったら、今まで握り飯作ってた時間は無駄になるんじゃないかってよ。

 別に俺は、こいつらが俺に何かをしてくれるっていう期待をしてるわけじゃない。
 だから、シェイラの指摘はある意味的外れではある。
 握り飯を作ってた俺の時間が無駄になるとしたら、あいつらの体力が全く回復することがない場合だ。
 そんなことはなかったから、俺の行為は無駄となることはない。

 俺が痛く感じたことは、握り飯を作ってた時間を、自分のステータスアップ……いわゆる何かの資格取得のための勉強にあてがってたら、それなりの腕を持つ経験者になっていたはずではないか、ということだ。

 ステータスっつっても、別に素早さをあげるとか魔力をあげるとかという話じゃないぞ?
 持ってる資格と言えば……普通自動車運転免許証くらいなもんだ。

 もっとも後悔はしていない。
 空いてる時間もあるし、その間はネットをしたりゲームをしたり……。
 インドア派だな。
 どこかに旅行に行ったことはない。
 行きたいとも思わないし。

 店の経営は思わしくない。
 とは言っても、客がたくさんいそうな都会だと、生存競争も激しいだろう。
 どちらかと言えばのんびりしたい性格だ。
 生活基盤や環境なら、ここが俺には合ってると思う。

 ……悔しいが、あいつの言う通り、友達と呼べる相手はいない。
 だから異世界の連中のことを誰かに話したくなってもその相手がいない。
 故に、この秘密を無難に維持できる。

 悔しいから、秘密を維持するために友人を作らないという、連中になら通用する言い訳にしよう。
 それで大義名分ができる。
 うん、悔しくない。

 それにしてもシェイラもよく手伝えるようになった。
 力仕事は苦手だ。
 けどあいつは、俺のキャパシティを超える力仕事を、何でもないような顔でやってのけるから有難い。
 しかも最近は、俺が一々言わなくても米袋の補充や指輪の部屋へ複写元の米袋を運び込んでくれる。
 環境に染まりやすい性格なのか。

 だが、異世界人達に感情移入しやすくなりつつある。
 おそらく、自分の取り巻く環境から解放された反動だろうな。

 コルトはみんなに聞かせる歌を歌う職に自ら進んで就いた。
 みんなのため。
 公的な役目と言える。

 けどシェイラは王女だという。
 生まれながらにして公的立場に立たせられた彼女は、ここに居つくことで解放されたかたちになる。
 その身分などを隠しておかないと、同じ世界の者達からその身柄を狙われる可能性が高くなるからな。
 ましてや、歌姫から握り飯の術使いがここにいるっていう、新たな噂も流れてるようだからなおさら。

 身分を隠すことで、彼女の付加価値も下がる。
 見た目のパフォーマンス性は歌ほど高くないこともあるせいか、あまり注目されることはない。
 握り飯以外に術の使いどころは、実はあまり多く無かったりするみたいだ。

 だから、余計な肩書きがない分注目を浴びることはない。
 その分人目を気にせず伸び伸びと生活できる。
 唯一の不満は食生活くらいなものらしい。

 洗濯や自分の風呂の用意や掃除は、王宮にいた頃はお付きの者が世話をしてくれてたらしいから、ここに来た当初は面倒な顔しながらその作業をしてたが、それにもすっかり慣れたようだ。
 むしろ意外と家事は好きになったのかもしれない。

 ただ、この部屋にやって来る怪我人には、情に振り回されることはあるようだ。

「コウジっ! あんた、少し冷たいんじゃないの?!」

 ほら。
 年上に向かってあんた呼ばわりだよ。
 そこら辺は王女時代の名残なんだろうかね。
 何度も言ってるはずなんだがな。
 握り飯以外の回復方法は、たとえ異世界の者であったとしても助け合いの精神だってな。

 けど、こいつのお母サマが来た時、二人きりで面談したんだが、その時にも言わなかった……。
 いや、言えなかった、危惧していたことが一つあったんだが、意外にも早くその時はやってきた。

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