俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

網野ホウ

シェイラはもう少しおしとやかになるほうが

「とりあえず、噂と違っていい人っぽくて安心したよ」
「……知ってるか? いい人って言うほんとの意味は、『どうでも』いい人っていう痛っ!」

 今度は背中に鈍痛。

「コウジ、いい加減にしなさいよ。人の好意は素直に受け取りなさい」

 年下の、しかもじゃじゃ馬箱入りお嬢サマから拳骨と説教食らうと思わなかった。

「お前も言ってることと態度違うよな。こいつらからの感謝、うざったそうにしてたじゃねぇか」
「当たり前でしょ? 感謝されたくてやってるんじゃないしっ。役に立てそうなことをやって、その通りにするつもりでしてるだけなんだから。相手の感謝はどうでもいいのっ」

 面倒な性格変わんねぇなぁ。

「良いも悪いも、別の世界の人からの評価なんか気になるかよ。俺と関係ねぇとこで褒めらたり貶されたりしたって、こっちの世界にゃ何も響かねぇしな」

 作った握り飯を無駄にしなきゃそれでいい。

「私はそうはいかないんだってば!」

 あ、こいつとこれ以上会話したくなくなった。
 気にしてるのか気にしてないのかどっちなんだよ。

「私の力が役に立ってるかどうか分からないじゃない! 無駄にしてほしくないのは当然だけど、体力回復したのを見届けないと、私がいてもいなくても変わらないのと同じじゃ……」

 シェイラは黙った。
 ピーチクパーチクとうるさいじゃじゃ馬が静かになってくれると俺も助かるんだが。

「……それだ。私がほしいの、それよ!」

 もう、誰かこいつのいろんな暴走止めてくれよ。
 脳内で何が起きたか知らんし、こいつが求めてるのが何なのかも興味ないけどさ。

「……まぁ、確かにこっちの方でのここでの評判は、こっちだけの話なんだが……。異世界……って言ったな? 他にも別の世界があるのか?」

 この戦士もこの部屋のことは知らねぇのか。
 何度同じ説明をしたんだろうなぁ。

「……なるほど。よく分かった。しかし他の者が騒がないということは……。この噂は俺の世界だけにしか流れてないってことか」
「そういうことっぽいな。ま、俺はそれを何とかしたいとは思ってないけどな」
「私はそうはいかないわよ! 手柄とか功績が欲しいんじゃなくて、みんなに私が何をしたのかを分かってもらいたいのっ! 他の誰かが術をかけたおにぎりって言われたら、私がここにいることを誰も理解してくれないじゃない!」

 火のないところに煙は立たない。
 だが煙で暖かくなることはないし、煙が辺りを明るくする力はないんだがな。
 火よりも役に立つ煙なんて聞いたことがない。
 こいつの価値を一番分かってくれる連中は、こいつが嫌がる感謝の言葉を口にする奴らなんだがな。

 ま、そこまで言う義理もないか。

「じゃあとりあえず、俺はその容疑者と思われる連中が来るのを監視してるか。恩人に冤罪を押し付けるような輩がいると知った以上、見逃す手はない」
「私もっ! ……べ、別にあんたのために懲らしめてやるわけじゃないんだからねっ!」

 何だその典型的なツンデレは。
 本音だけで十分だっつーの。

 ※※※※※ ※※※※※

 つくづくテンシュさんが出入りしてくれるようになって助かった。
 シェイラも少しくらいは物作り……例えば手編みとか、そんなことくらいはできると思ってた。
 壊滅的だった。
 不器用にも程がある。
 お前の指先、不器用でもあり、武器用でもあるんだな。
 米研ぎすらできなかった。
 勢いが強すぎて、水のしぶきと一緒に米粒も飛ばすし、洗った後の粒の数が倍以上。ただし大きさは半分以下。
 すごいな、こいつ。

「い、いいじゃないっ! できないことを相手がしてくれるのっ! で、互いに助け合うのが一番なのっ!」
「そんなお婿さん、見つかるように祈ってるよ……ってえっ! 何しやがる!」
「フンッ!」

 ……なんで脛を蹴飛ばした。
 ちと骨に痛みが来てるぞ。
 骨折なんてシャレにならんからな?!

「……骨が折れて入院ってことになったら……」
「大丈夫。心を込めて光を浴びせたおにぎりが待ってるから平気でしょ?」

 やな知恵つけてきたぞこいつ。
 誰だよそんな悪知恵与えた奴は!

「握り飯、試しに作らせてみたが壊滅的だったじゃねぇか! 何圧縮させてんだよお前っ」

 そう。
 一通りやらせてみたのだが、握りつぶされた握り飯って、ほんとに無残なんだな。具のない塩おにぎりだったのがせめてもの……。
 まぁあれもあれである種の事件ではあるのだが。

「仲いいな、二人とも」
「女神様を妻に、だなんて羨ましすぎるぞ、コウジ」

 他に話題がないこいつらのいい餌食にもなってるよ、俺は。やれやれだぜ。
 握り飯タイムには、順番まだかと後ろの方が急かす。
 俺とシェイラの会話を楽しみたいんだとさ。

「コウジさんっ! 来たっ!」

 俺はそうは思ってないが、こいつらが感じている和やかさをぶち破る声が響いた。
 双剣の男の声だ。

 俺が顔を向けたと同時に、表情を一瞬で変えたシェイラがショーケースの上を飛び越えて、双剣の男の元に行く。
 鉄拳制裁はやめろよ?
 まずは事実確認が先だからな?
 と、思ってたんだが。

「コウジっ! おにぎり一つ持ってきて!」

 はい?

 成敗するんじゃないのか?
 何が起きた?
 シェイラの叫ぶ声で間違いない。
 心境が一転したか?

「コウジっ、一個持ってくぜ!」
「お、おぉ……」

 行列の先頭が、シェイラの呼びかけに反応した。

 状況を誰も説明してくれない。
 まぁ説明してもらわなくてもいいんだが……なんか鉄の…‥。
 いや、血の臭い。

 重傷者がこの部屋に来る時はいつもそんな臭いもやってくる。
 だが、シェイラの様子もおかしいしなー。

 そんなことを考えてたら、シェイラが重傷者を抱えてやって来た。
 足取りはおぼつかないが……十四才の女の子が、大の大人、男性をお姫様抱っこってどうなんだ?
 そんな力持ちに、今日、三度も脛を蹴られた俺は……。
 傷害保険、おりるわけもなし……。

 そんな俺の思いを全く知らないシェイラは「ここに寝かすぞ」と言いながら壁際に男を下ろした。
 どこでもいいよそんなもん。

「扉が開いてこの男がなだれ込んできた。ということは、この男も守銭奴の噂を聞いた奴かもしれないと思ってな」

 俺にはその男は初めて見るような気がしたが、記憶力が頼りない。

「この人は違うね。でもかなりの刀傷だよ。魔獣の爪とかじゃないね」
「あぁ。獣の毛とかはついてないしな。……考えたくはないがおそらく……」

 魔獣か何かとやり合うなんて修羅場、俺だって考えたくはないよ。
 魔獣の類がここに来ることなく、よくこんな仕事してるもんだな、俺も。

「こ……ここは……?」
「安心なさい。ここは安全地帯だから」

 シェイラが優しい声を出してる。
 気持ち悪いっ!
 けどそういうことなら、そいつにはこういうのが一番のはずだ。

「そう。守銭奴が部屋の主をしてる場所だからな」
「「おい」」

 安心させるには、ユーモアの心も大切だぜ?
 ……って、その男、なんで急に怯えた顔になるんだよ。

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