俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

網野ホウ

そっちとこっちの価値観、ずれてるなー

「さて……お前は私に何をしてくれるのかな?」

 握り飯タイムの準備に取り掛かろうとする俺に、女王の小型が後ろから声をかけてきた。
 予想はしてた。

 前回あのひらひらが来た時は、ここにいた冒険者の何人かは平伏してた。
 それだけ、何と言うか……オーラ? がある人物ってことなんだろうな。
 で、その娘が今、俺の後ろにいるわけだ。

 母親の前では従順な言動を見せていた。
 その母親が去った後、その態度がそのまま続くか、手のひらを反すような態度をとるか。
 そのどちらかになるだろう、と予想はしてた。

 期待通り……。
 いやいや、予想通りの言動で、この部屋の主としては涙が出そうだよ。
 予想が当たった喜び……いやいや、そうじゃないな。

 母親から受ける俺への期待に応えられそうになくて、残念だったなー、と。

 ……あれ?
 俺にとっちゃ、この娘、邪魔じゃね?
 猫の手も借りたいくらい忙しいってわけじゃない。
 いや、むしろ、こんなことを言う奴が、それほどの忙しさを生み出しそうな気がする。

「あー……お前にゃ何もしてやれない。部屋で休んでていいよ。それか、家に帰っても気にしないから」

 テンシュさんが協力してくれて助かった。
 何か、何もできそうにない気がするもんなー。

「それはできん。お母様に何をされるか分からんからな。……で、お茶の一つも出んのか?」
「おしゃべりする暇があったら、夜の握り飯の準備をしたいんですがね」
「私を放置するつもりか」
「放置する気があるかどうかより、接待する気はないっつーことで」

 周りの冒険者達は……母親ほどじゃないが、何か怯えてる感じだな。

「ほほう……。いい度胸だ」

 卑屈なエルフの次は、高飛車? 傲慢? 王女様ですか。
 以蔵さん。友人は選ぶべきでしたよ?

 って、両手がなぜか光ってる。
 魔力封印したとか言ってなかったか?

 おい。
 おいおい。
 その手こっちに向けて何する気だよ、おいっ!

「成敗してくれるわっ!」

 お前は何の時代劇からやってきたお姫様だよ!
 うおっ!
 まぶしっ!

 ……って……。
 光っただけ?
 網膜にも焼き付かない光……って、あんなに眩しくてもノーダメージ?

「くっ……。やはり……使えないかっ」

 何を使おうとしたんだ何を!

「お、お前な……」
「お前などと呼ぶな! シェイラだっ! いや、シェイラと呼ぶことを許可しよう」
「いや、その許可いらないから。こんな下賤な私にはお前の名前を呼ぶことすらおこがましくて」
「お前と呼ぶ方が無礼であろう!」
「王女様から許可をいただくこと自体失礼でしょう」

 あ、これって……。

 意外とからかいやすい相手かもしれん。
 退屈しのぎには悪くないぞこいつ。

 いかん。
 ニヤニヤ顔が止まらねぇ。

 いや、遊んでる場合じゃない、マジで。

「あー。すいませんけどね。握り飯これから作りますんで。ちょっとお相手できませんでね」
「おい、こらっ! 私の話を聞け!」
「わざわざ私のために声を出すなど、畏れ多くて耳を塞ぎたくなります」

 相手してられるか。
 俺の仕事とかを聞きに来るならともかくも。
 って、あの光を浴びた流し、異変起きてないだろうな?

「問題……なさそうだな。まずは米を洗って……」
「こらっ! お茶とお茶菓子くらい出しなさい!」

 うぜぇ。
 あ、あれだな。
 親の目が届かなくなったから好き放題できる、と期待してるのかもしれん。

「畏れ多くて声かけられませーん。あ、もしずっといるなら、その部屋でお休みいただいて結構ですよーぃ」
「い・い・か・げ・ん・に・し・な・さ・い・よっ」

 いや、いい加減にしてほしいのはこっちの方だが?
 って、なんか変な音? が周囲から聞こえてくる。
 手元から目を離すと……。

 冒険者達が笑いをこらえてやがる。
 気分悪そうな奴はこっちに背を向けて横になってるが……。

 コルトは安らぎを与える癒し系なら、こいつは……。
 笑わせて愉快にさせる癒し系。思わず笑うと、いや、死刑、とか?

 面倒くせぇな、権力者一家は。

「……こんな会話も退屈しのぎにならないか? そこまで退屈なら、ここを出て好きなところに遊びに行ったらいいじゃねぇか」
「お母様がすぐ外で待ち構えてるかもしれないでしょ?! 本人じゃなくても部下の誰かが張ってたり、あるいはアンテナ張ってて私の行動監視してるかもしれないしっ」

 母親の怖さのあまり、悪だくみも引っ込ませるビビリ。
 でもそんなに怖がってたら……まぁ可愛げもあるか?

 コルトはこんな時間帯は……道具づくりやってたんだよな。
 思ってもみなさそうだし……。

「米研ぎ、してみるか? 退屈しのぎでいいよ。つまらなかったらやめりゃいいし。あと、そっちにお茶したい時間があっても、こっちにはお茶の用意できる時間はないから」

 何か、固まってる。

 こいつ、一体何しに来たんだ?

 いや、聞き方が違った。
 こいつの母親はこいつに何を伝えてたんだ?

 ……俺の退屈しのぎにはちょうどいいかもしれん。
 退屈する時間は多分ないけど。

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