俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

網野ホウ

コボルトの父子、部屋を後にする

「噂には聞いていたが……救世主の部屋ってやつか……。まさしく奇跡のなせる業だな」
「おっさん、救世主ってところは、あいつに厭味ったらしく言うのがコツさ」
「……おいコラ、聞こえてんぞ!」

 俺の耳に届かない所で好き勝手言うのは気にしないが、わざわざ俺に聞かせようとするんだから趣味が悪い。
 まあこの部屋のどこにも死角なんてないけどさ。
 せいぜいコルトの風呂代わりの体拭きスペースのカーテンくらいか。
 でも普段はカーテン閉じてるからな。

 もっとも握り飯を作る時はこの部屋を出る。
 言いたい放題だろうな。
 ま、そこまで縛り付ける気はない。
 元気になるまでのんびりしてりゃいいさ。

 ※※※※※ ※※※※※

「さあて今日も朝飯の握り飯だぞー」

 ショーケースの上の時計もいい仕事をしてくれる。
 整列している冒険者達も、顔ぶれが違う人数の方が圧倒的に多い。
 それでも毎回行列を成して待ってくれてるから、精神的衛生面でかなり助かる。

「コウジさん、コルト姉ちゃんのお手伝いは今日で最後だ。……お世話になりました」
「最後?」

 コボルトの子供が駆け寄るなり、その年なりの舌足らずな物言いで、不相応な挨拶をしてきた。
 背伸びして大人ぶった振る舞い。
 格好も何かが違う。
 装備は来た時と同じでボロボロに変わりはないのだが。

「昨日の夜のおにぎり二個で、信じられないくらい父ちゃんが元気になってさ」
「二個?」

 俺が見たのは一個だけ、しかも一口だけ食ってたところ。

「うん。俺がもらったおにぎりも食わせた」
「食わせた……ってお前、自分が稼いで家族を養ったような言い方するなよ」

 言い方がなんかおかしくて、つい噴き出してしまった。
 真面目な顔をして話しかけてきたコボルト族の少年も、俺に釣られて表情を崩した。

「一人であそこに戻るの、ちょっと怖かったんだよ。でも……」
「……そういうことを言われてもな、俺にはお前らが開けてこの部屋に来た扉ってもんが見えないんだ。だからお前らの世界に行くことはできない。そっちから来た経緯を話しされてもよく分かんねぇし、そん時の気持ちを話しされても俺にはほとんど伝わらない」

 身の上話やダンジョンでの状況を俺に話したがる奴は多い。
 けど、こいつに話をした通り、分かってもらいたいそれぞれの心境は、俺に伝わることはほとんど……いや、まったくないかもな。

「けど部屋から出てった奴がその先でどうなったか、その心配はすることはある。なんせ窮地に立たされた奴しか来ないし、戻る先もその原因となった事態が待ち受けてるだろうからな。けどお前の場合は……」

 子供の後ろ、少し離れたところにこいつの父親と思しき冒険者が……いや、仰々しく頭を下げられてもな。
 こっちが照れるだけだわな。
 そう言えば子供曰く、高名な冒険者とか言ってなかったか?
 それだけきちんとした振る舞いができるってことか?

「力強い援軍が来てくれたってとこだよな。仲良く家に帰れるといいよな」
「俺からもご褒美をくれてやったからな」

 また来たよ、弓戦士。
 ってご褒美? 何か持ってたのか?

「俺の短剣……と言っても、大剣を極端に短くしたものだが。俺が持ってる二つのサブウェポンの一つをくれてやったのさ」
「あぁ、背中につけてるやつがそれか。いつもと何かが違うと思ったら、後ろに見える柄と剣先か」

 子供の背中に、斜めに帯刀してるみたいだ。
 って、何はにかんでんだ、こいつ。

「ちったぁ成長したな、と思ってな。そのご褒美。な?」

 コボルトの少年は顔を赤くして弓戦士にお辞儀をする。
 可愛げがあるな。
 子供は素直が一番だし、大人はなかなか素直になれない分、そんな態度は見てて微笑ましい。

「コウジ殿、と言いましたか。息子が大変迷惑をかけ、そして親子ともどもお世話になりました」

 うぉう!
 音もなく近づいてきたその所作は、さすが実力者ってとこか?
 けどこいつの言いようは、二人でこの部屋から出るってことだが……。

「帰れるのか? 装備がちと見るも無残って感じだぞ?」
「コウジさん、すいません。勝手なことをしてしまいました」

 いきなり口を挟んできたのはコルトだ。
 何か謝られるようなことってあったか?

「コウジさんのお店では扱えそうもない防具が作りやすかったので、お二人のために作ってしまったんです……」

 作って「しまった」ってお前な。
 別にお前がここで働く際の契約書とか作ったわけじゃねぇからそんないい方しなくてもいいんだがな。

「それしか作れなかったってんなら咎めはしねぇよ。握り飯と引き換えのアイテムを減らすことが第一なんだからよ」
「引き換えのアイテムの件なのですが……」

 おぅ、何ですかねお父さん。

「私の持ち合わせが……」
「無理に出せ、なんて言わねぇよ。これから息子抱えて危険なダンジョンから脱出するんだろ? そこで役に立ちそうなアイテムを、ここで失うようなバカな真似は止めときな」

「お、俺も一緒に魔物と戦うんだ! せっかくこんないい武器ももらえたし、いつまでも守ってもらうばかりじゃないっ!」

 元気に親孝行を言い張るいい子供じゃねぇか。

「だったらなおさらだ。家にいる誰かに、元気にただいまの声を聞かせてやれよ、な?」
「……かたじけない」

 こんな会話をする間にもどんどん握り飯は減っていく。
 今回の、行列の途中で配給するのはコルトだけ。
 それでもトレイは四つ目の握り飯が減っていく。

「俺からの餞別だ。握り飯一個ずつな」
「あ、ありがとうございます」
「にい……コウジさん、ありがとう!」

 何度も頭を下げられるようなことをしたつもりはないんだがな。

「いいからとっとと家に帰れ」

 俺からはもうそれしか言えることはない。
 二人は握り飯を手にして俺に背を向ける。
 奥の壁際の立った時、父親は俺の方を向いてもう一度頭を下げてた。
 子供の方は元気に手を振る。
 こんな場所じゃなかったら、いや、こんな場所でも微笑ましい親子って感じがするわ。

 願わくは今日の夕方には、自宅で待っているだろう他の家族と一緒に、団欒の時を迎えてほしいものだ。

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