勇者パーティーの回復魔法師、転生しても回復魔法を極める! 〜只の勤勉で心配性な聖職者ですけど?〜

北河原 黒観

第1話、夢と現実

 自由だ! 私はあと少しで自由になる!
 そして待ちに待った、私の・・冒険が始まるのだ!

 自他共に認めるポーカーフェイスな私は、不本意ではあるが他人から見れば絶賛仏頂面をしているように見えているだろう。
 しかし心奥では、冒険者として出立してからの夢のような至福の世界を想像している最中だ。

 拠点を構え、ゆっくり仲間を探すのも良いだろう。美味しい食べ物を求め、世界を転々とするのも良いだろう。
 ただし回復魔法に縁ある私は、回復魔法に関する記述や手掛かりを見つければそれらを全て後回しにする事になるわけだが。

 世界には様々な魔法が存在する。
 魔法は呪文を唱えれば、使用者の魔力を消費して発動をする。しかし私から見れば、会得しようとしているどの回復魔法も本来の力を引き出せていない。

 呪文のスペル間違い。もしくはスペルの過不足や組み換え間違い。
 これらの魔法を本来の力で発動させるには、適正な呪文、真実の呪文トゥルースペルが必要不可欠。
 そしてトゥルースペルを探すには、各地で言い伝えられている神々についての伝承や文献は大いに役立つ。

 回復魔法と別系統である精霊魔法なども、恐らく市井に出回っている物の多くはトゥルースペルではない可能性はあるが——


 五体の幻獣から力を使役する精霊魔法。
 属する火、水、風、土、雷の五属性は、主に他者への攻撃に使われる。そのためこれら精霊魔法のトゥルースペルが判明し知れ渡れば、結果として多くの者が命を落とすかもしれない。
 そういう点でも私は回復魔法以外のトゥルースペルを研究すべきではないと言う考えがあるのだが、……まぁ精霊魔法に関しては、私がやる気にならないと言うのが最大の理由であったりする。

 因みに回復魔法を極めた先の事は何も考えていない。
 しかし私に迷いはない。それは魂で理解しているから。
 私は回復魔法を極める事が宿命であり、そのために生まれてきた事を。
 そう、私は夢が叶うならば、恐らく笑顔のまま死ねるであろ——

「おぅアル」

 どこまでも続く晴れやかなスカイブルーな空の下、私の名を呼ぶその偉そうな声によって、夢のようなひと時は終わりを告げ無理やり現実に引き戻されてしまう。

 私は気を取り直して、庭の手入れをするために使用している大鋏おおばさみを動かす手を止める。そして今気がついたような素振りをしながら、脚立から降りると帽子を取った。

 私の正面に立つ、でっぷりとしたお腹の中年オヤジ。こいつの名前はパオル=ユーリダス。
 私が仕えるユーリダス家の当主で、聞く所によると出は農家らしいが香水の商売で成功したと言う、いわゆる成金である。

 そんな中年オヤジに向かって、私は恭しく手にしている帽子を胸に当てると頭を下げる。

「おはようございます、パオルさん」

「今日は午前中に商談が入っている。庭の手入れは後回しで、玄関にある靴を磨いておけ」

 パオルは私たち使用人への扱いがひどい。
 だから変に機嫌を損ねないよう、私はいつものように愛想笑いを浮かべると返事をする。

「わかりました」

 するとパオルは顔を顰め目を剥くと、私を睨み付けてくる。

「おいアル。その気持ち悪い笑みを浮かべるなって、いつも言ってるだろう、が! 」

 言いながら勢いよく出したパオルの爪先が、私の鳩尾に突き刺さった。そのため私は咳き込みながら、芝生の上にうずくまる。

 そんな私を見下ろして、ニタつくパオル。

 この男、私が笑っても笑わなくてもどのみち因縁をつけてきては、最後に腹目掛けて殴る蹴るの暴行をしてくる。
 このすぐキレてしまう性格、恐らく幼少期にコレに繋がる何かしらの事象があったのだろうが、人生短いようで長くもある。
 どこかで改善する機会はあっただろうに、それがまだそのままだと言う事は、神の救いの試練がまだなのか、自身が与えられた試練を見逃してしまっているのだろう。

 しかしだからと言って、この暴力を受ける立ち位置の代役を他の者には任せられない。
 それと何をしても因縁を付けてくるのなら、極力波風立てない愛想笑いを浮かべる事が、私はベストなのではと考えている。

 それにパオルの暴力は、底が知れている。

「しかしお前の首輪は、ほんと当たりだよな」

 そうして嫌な空気を私の周囲にばら撒いたパオルは、その捨て台詞と共に屋敷へ戻っていった。

 私は自身の首に取り付けられた、黒光りをする輪っかに手を触れる。
 そう、私は売られた者の証である呵責かしゃくの魔具をしている。

 別名、奴隷の首輪。

 私が生まれ育った家は、貧しい地方で有名なイスラの中でもかなり貧しい家庭であった。
 だから金持ちに対して劣等感はあった。
 しかし私が八才の時、二才年下の妹に魔法の才が有ることが判明し王都で再検査させるために必要な旅費を得るため、私が奉仕に出されたことに対して両親を恨んだことはない。

 まぁそういう世の中だし、小さな私はそれを受け入れるしか選択肢がなかったのだが。

「アッ、アルドくん! 大丈夫ですか!? 」

 私が這いつくばっているのに気がついてメイド服姿ですっ飛んで来たのは、私と同じくパオルの使用人であるリーヴェ。
 彼女は私の前日に購入された同期であるため、結構話す機会が多い。そして妹と同い年なので、私より二才年下だ。

 ちなみに彼女は人とダークエルフの間に生まれた、ハーフダークエルフ。歳は人と同じようにとっているようだが、腰まである艶やかな長髪は光の加減により金色にも銀色にも輝き、肌の色は茶褐色、そして耳は尖っているため私とは全くの別物である。

「いつもの事だ、大丈夫だよ」

 身体をくの字に曲げて手を差し出してくれているリーヴェの手を握ると、立ち上がり膝小僧に付いてしまった埃を叩いて落とす。

「アルドくん! 辛い事があったらなんでも言って下さいね! リーヴェはアルドくんの味方ですからね! 」

「あぁ、頼りにしてるよ」

 そしてリーヴェの首元にも、私と同じ黒光りをする奴隷の首輪が付けられていた。

 この世界で売買されている人間には、表向きだが人権が存在する。そのためこの首輪を嵌めた者に対して、過度の重労働を課したり虐待は行えない。

 行えばすぐに感知をするから、魔具であるこの首輪が。

 働きすぎなどで急激な心拍数の上昇を首輪の内部に秘められた魔石が感知すると、ジリジリと締まる仕組みに作られている。
 ただしこれは、逆に言うなら奴隷の逃走防止機能だ。

 またこの首輪を付けた者は、魔法が使えない。
 それは同じく首輪内に埋め込まれている魔石が関係している。
 締め付ける機能とタイマー機能を併せ持つ首輪を永続的に作動させるため、魔石は使用者から流れ出る微弱な魔力を利用している。
 そのため奴隷が魔法を発動させようとしようものなら、魔力の高まりを首輪が感知し、過剰に供給される魔力によりいつも以上に首輪が締め付けてしまうと言うわけだ。

 そしてこの首輪、なんと当たりハズレが存在する。
 リーヴェのようにハズレの首輪を引くと、重い荷物を持っただけで首が締まり始めてしまうのだ。
 しかしこの事実は彼女を守っていた。

 近年雇い主のパオルは、使用人の中で唯一年頃であるリーヴェに対して、時折見る目付きがいやらしいように感じる。
 しかし彼女に対して不埒な事をすれば即座に首輪が反応してしまうため、手を出したいけど出せない状況が自然と出来ていた。

 しかしそれはこれまでの話である。
 そう、この首輪にはタイマー機能、即ち使用期限が存在する。
 10年経てば独りでに首輪が外れる仕組み。つまり首輪が外れれば雇用契約が満了になるわけなのだが、その契約完了の証でもある解除日が、リーヴェはちょうど今日の午後なのだ。

 首輪から解放されたリーヴェに、邪まな感情を抱いているかもしれないパオル。
 その先に浮かぶ不埒な考えが、私の杞憂で終われば良いのだが。

「そうそう、アルドくんは明日が外れる日ですよね? 」

「あぁ」

 そこで何故か私を見ていたリーヴェが、視線を彷徨わせたのち——

「楽しみですね」

 視線を合わせる事なくそう述べると、突然背中を見せ小走りで駆けていく。

「リーヴェ、走ると危ないぞ! 」

「これぐらいは大丈夫です! 」

 そうして彼女の姿が建物の陰で見えなくなるのを見届けると、私は靴磨きのために屋敷の玄関へと向かうのであった。


 いつものように馬毛ブラシで革靴の泥と埃を落とすと、手慣れた手つきでクリームを塗っていく。

 私も明日から自由か。
 以前から屋敷を出る準備を進めてきた。冒険者になり各地を巡るために必要な、情報や準備も密かに進めている。

 だからすぐにでも冒険者ギルドがある街へ飛び込んで冒険者生活をスタートさせたいが、その前に先立つ物は必要だ。
 かと言ってここに残ってお金を稼ぐ選択肢は私にはない。
 だから同じ使用人仲間であるジェームズさんの紹介で、いま人手が足りないと言うこの町の配送業の手伝いを、明日からすぐにでもさせてもらうつもりだ。

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