「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 俺の恋人は俺が使う「ムダ金」というか、必要経費は理解してくれたらしい。
 二人で住んではいるがお金に関してお互いの給料などは自由に使っている。ただし、俺がこの家に住む家賃はキッチリと払っているが、それはこの割と大きな屋敷の固定資産税が大変だと祖父母とか父母の話を聞いて大体の金額は分かっているからだった。
 医師は高収入だという世間の常識の厚い壁が有ることは知っている。
 しかし、勤務医だし、かつ、ほぼほぼ定時に帰ることが出来る俺の恋人の場合は世間が思っているほどの給与額ではない。それに一応は不定愁訴外来というブランチ長だが、精神科の教授とケンカをしてしまった過去の経緯も有って――そもそもが、そういう医師は僻地へきちの公立病院などに飛ばされるという暗黙の了解がある。それでも病院に残れたのは精神科医としてのキャリアが斉藤病院長に惜しまれたのが原因だろう。
 ただ、教授の手前、ブランチ長手当はナシという方向で「痛み分け」を図ったらしい。
 だから世間の常識からすれば「医師としては」薄給の部類に入ってしまう。
 田中先生などは救急救命室での勤務もある。日によっては血の海の中で――決して比喩ではなくて、患者さんの出血量が多い上に開胸などをすれば当然床は血まみれになってしまう――冷静に治療行為に当たることが出来るというのは個人的に「心臓に毛が生えているのではないか」と疑ってしまう。それに我が省の肝入りで始まったAiセンター長なだけに、その准教授に準ずる手当も当然支払われているだろう。そして本来の心臓外科の勤務医なので手取りは俺の恋人とは比べ物にならないくらいだろう。ハッキリと本人の口から聞いたわけではないので憶測に過ぎないが、多分正解だと思っている。
 俺の場合もまだ若輩者なので残業手当で稼いでいる上に、祖母が文字通り猫可愛がりをしてくれているせいで――俺も猫を被っているが――割と自由になるお金はある。といってもフェラーリを買うような余裕はないが。まあ、有ったとしてもあんな「成金趣味の権化」のような車は買いたくもないし、買ったら家族や親族、そして職場での顰蹙ひんしゅくは必至だ。だから井藤の家は確かに金持ちだろうが、代々続くような由緒ある家柄――と言ってもウチだってそんなに名家でもないが――ではないのだろう。
「でさ」
 俺の恋人が酔ったわけでもないのに熱弁をふるっている。こういう時には大人しく聞いておかないと後が怖い。
 だから。
 

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