「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 確かに今最も優先順位が高いのは俺の恋人の言う通り香川教授の問題だ。
 俺がずっと付き合っていたいと熱望している恋人に――しかも職場も異なる上に俺の帰りが遅くなってしまって、恋人は寝室で眠っていることは分かっていて、せめて寝顔だけでもと思ってはいても、そこまでたどり着けずにリビングとか、酷い時には玄関の扉を閉めて、靴を脱いだ時点で力尽きて眠ってしまうことも有った――少なくとも身の危険どころか言い寄られていないことは何よりだ。
「あ、そう言えば『一人暮らしで、一人分のお弁当を作るのが味気ないので』とか言って来たナースが居たな。オレが不定愁訴外来に一人きりでいる時に、さ」
 そんなの口実に決まっている。目の前に居る恋人は俺が声を掛けて「こういう関係」になる前にはストレートだと信じて生きてきただけに――香川教授や田中先生は、そもそも異性を愛せないという自覚は有ったらしいが――コロっと女性に寝返る可能性はある。
「それでどうしたのですか?」
 焦る気持ちで普段よりも早口になっている自覚はあった。
「ほら、沖縄の琉球大学付属病院だっけか、そっちに行ったままだったし、お弁当は美味しく頂いていたんだけどさ、余り度重なると恐縮だろう」
 香川教授も自己の有り溢れた魅力を自覚していないという「貴方の家に鏡有りますか?」と真顔で聞きたいレベルだったが、どうやら俺の恋人も同じカテゴリーに属するらしい。
「ん?田中先生と食堂でバッタリ会ってさ、その日はそのナースが非番だったらしいし、外にお弁当とかを買いに行くのも面倒だったから。
 そして『連日のようにお弁当を持って来ているナースが居る』ってことを言ったら、急に真面目な顔になってさ、どの科の何という名前かまで聞いてきて、別に隠し立てすることじゃないだろ?だからありのままに言ったんだけど、不思議なことにあれっきり不定愁訴外来に来なくなっているな、そう言えば。
 お弁当も何だか冷凍食品を詰めただけって感じだったし、あの内容だと未練はない!」
 何だか俺の恋人が一人で演説をしているような感じだったが、田中先生はその話を聞いて即座に動いてくれたようだった。
 そう言えば『病院内での悪い虫がつかないようにキチンと見張っていますから』みたいなことを言ってくれていたが、きっとその約束は果たしてくれたのだろう。
 すると。
 

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