「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 美樹からの着信だった。井藤とホテルとか二人きりになれる所ならば別にどこでも良いがそういうところで目標達成をしたならばこの時間に掛けてくるハズはないだろう。
 溜息を押し殺しながら電話に出た。
「ちょっと、ヒドいんだけど!車下ろされた!しかも高速道路の上でさ!
 周りは凄い勢いで車が走っているし……。今すぐ助けに来て!!怖いよぉ」
 美樹が半泣きになっているのは――そんなに深い付き合いではないが――初めてだった。
 ただ、俺には経験はない、ないが高速道路なんて時速100キロとかで走行しているのが普通だ。そんな場所に生身の人間が居たら確かに怖いだろう。
「どこですか?場所を言って貰わないと……」
 京都は割と渋滞するので100キロ走行はしていないのかも知れないが、それでも車に乗っていない人間の居るところではない。下手をすれば命の危険すらある上に(高速道路に人間が立っている!)と思ったドライバーの注意が美樹に行ってしまって交通事故につながりかねない。
「えと、名神高速道路って言うのかな?それの滋賀方面。京都東ICって書いてある」
 美樹の声がトラックのエンジンとか風の轟音にかき消されがちだったが何とか聞こえた。
 今の時代、誰もがスマホなどを持っているので警察に通報されたら厄介だ。確か高速道路に降りた人間は事情聴取されるだろうし、その時に厚労省所属の俺が絡んでいるとなると、島田に頼むよりも先に国交省辺りからクレームが来そうな気がする。
 島田のベンツ……とも思ったが、それでは間に合わない。それにヤツには貸しはあるものの、今も大きな事件を追っている最中らしかったし。麻薬取締官も大阪に部品調達に行って貰っているし。
「タクシーで向かいます。くれぐれも身の安全だけは守って下さいね」
 井藤の頭がおかしいのは分かっていた、その凶暴性や残虐性も……。
 しかし、別れ話のもつれや痴話喧嘩の果てにキレて高速道路で下すというケースは稀には有るらしい。
 ただ、美樹と井藤はそこまで感情の絡み合いはないのに、いったい何が起こったのだろう?
 喫茶店を出て大学病院のタクシー乗り場に大急ぎで行った。
 タクシーが数台以上停まっていることは知っていたので。
 ただ、高速道路に車を停めてくれるある意味根性の据わったタクシー運転手さんは居るだろうか?
 やはり。
 仕方がないのでタクシーで向かおうかと思った。

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