「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 第一関門は突破したことに安堵の溜め息をついてしまった。
 いかにも人間嫌いといった感じの井藤が美樹の誘いを割とあっさりと受諾したのは、香川教授に似ていたからだろう。
 エルメスや美容室の代金を支払った甲斐が有って本当に良かったと思った。
 フェラーリのクーラー機能などは知らないが、多分キンキンに冷やしているのだろう。俺も夕闇の気配が漂ってはいるものの、まだまだ暑い上に湿度も高い京都特有のべっとりとした空気の中にいるのはそろそろ限界だ、他人にそれを気取らせてはいないが。
 腰をかがめていたレクサスの所有者と思しき医師らしい人がこちらに近づいて来た。不審者と思われないように――と言っても、容疑者逮捕とかの映像みたいなジャージとかを着ているわけではないので大丈夫だろうが――スマホを取り出してエア通話をしている風を装った。
 アルマーニのスーツも相俟って多分友達の医師を待っている開業医とかに見えているだろうな……と思いつつ。
 俺の恋人に電話をしても良いのだが、井藤の精神疾患についてのレポート作成をするとか言っていたし、そういう集中している時に電話をすると不機嫌になることは分かっていた。外科医などは集中力を何分割かするすべを身に付けているらしいが、精神科はそうでもない。患者さんの話とか視線や仕草などを観察するのが仕事なので対象人物は一人だということは知っている。俺だって臨床経験こそないが専攻は同じだったので。
 その点外科医は手術をしつつもモニターや他の部位の異常をチェックしなければならないことも「伝聞」で知っていた。そういう血みどろの――と言っても香川教授の専門の心臓の手術で出血する量はミスを仕出かさない限りは少ない――世界はまっぴら御免だが。
 俺の実家は由緒正しい産婦人科だが、そちらの方が出血量は多い。
 そんなことを思っていると、身体が冷えてくる。この場合は好ましかったが、想像で貧血などを起こすのは美意識が許さない。
 取り敢えず喫茶店にでも入って涼もうと思った。かき氷が無性に食べたいが有るだろうか?イチゴ味の赤いシロップだけは願い下げだったが。嫌なモノをどうしても連想してしまうので。
 美樹から連絡が入ってくるまで、財務省とその下部組織でもある税務署や金融庁に井藤のことを照会しないとならないので。
 田中先生が見たら笑うかもしれないがキンキンに冷えた宇治抹茶かき氷、白玉と餡子あんこ入りを注文した。
 そして。

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