「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 教授の場合、仕事と田中先生のことしか考えていないのではないかと思われるフシが有った上に自分の容姿が非常に優れていて男女問わず目を惹きつけてしまうことを自覚しては居ない。
 そんなの鏡を見れば一目瞭然だと個人的に思うのだが、気にも留めないものは目に入らないという心理学上の理論の実践者なのか全く自覚はないようだった。
 だから俺と大阪のバーで厚労省御一行様の旅行の日程変更の交渉の場に着いた教授を出来るならば一度味見をと戯れに誘ってみたら本気で驚いたような感じだった。
 俺の恋人もベクトルは異なるとはいえ優れた容姿の持ち主だが、積極的に口説くタイプではないけれど一応の自覚は持っているというのに。
 そんな人だから絶対に顔を変えたいとかは思いも寄らないだろう。俺との交渉の結果、勉強会に嫌々参加して貰っている厚労省内部でも「あんなに容姿・名声・資産の三拍子も揃った人は見たことがない」と密かに噂されているのも知っていた。
 黒いスーツの下が汗まみれになっている不快感に耐えながらそんなことを考えていると、美樹が嫣然えんぜんたる笑顔で井藤を見ている。何を話しているのかは分からないものの、HIVウイルスの話しをしていなければ良いなとか――そんな深刻な話題にあの笑顔はナシだ――香川教授の笑い方とは全く異なるので心配してしまう。
 田中先生などは俺のことを「陰謀の名手」と評価してくれているらしいが、そして俺もそれに異論を唱える積りは毛頭ない。しかし、人を動かすということはその人の身の安全までを考えたりその人の能力を計ったりした上で判断しなければならないし、リーダーとしての責任を全うしなければならない。
 自分で動く――田中先生などはそのタイプだ――方がよほど楽だが、作り物であっても美樹のような優れた容姿の人間は代わりなど居ないので仕方ない。
 フェラーリが独特のエンジン音を立てて、急発進した。周りのベンツとかBMWなどにぶつからないかと内心冷や冷やしてしまったが。
 美樹がこっそりとVサインを送ってくれたのを見て、ひとまず第一関門突破だと判断したが。
 美樹起用には一抹どころか不安だらけだったが、後は美樹の演技力と魅力的な容姿に賭けるしかない。
 ベッドに誘って、虜にしてしまえば――どうせ美樹の辞書には貞操観念という文字はなさそうだし――それで香川教授の身が守れれば充分だ。
 取り敢えず。

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