「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 職い員用の通用門から出るよりも先に職員専用の駐車場に回られてしまうかも知れない。
「先に駐車場を見ておきましょう。どちらから出て来るか分からないので……」
 井藤は車を数台所有している――誰の名義かまではまだ分かっていない、陸運局には問い合わせをしているものの、あちらは輪をかけたお役所仕事だし正直仕事熱心な人間は居ないと専らのウワサだったが本当のようだった。
 まあ、職員用の駐車場には病院長の公用車を始めとして――と言っても旧国公立大学病院長の車は日本車が普通だった――ベンツだのBMWなどが並んでいるだろうが、流石に色は黒や白といったオーソドックスなモノが一般的だろう。
 その点井藤は人目を惹く車を乗り回すのが趣味のようで地味目の色は選ばないだろう。
 ただ普通の神経を持った研修医であればたとえ親御さんが買ってくれた車で有っても、上司よりもいい車などを乗りつけたりはしないだろうが、井藤の場合は平気でそういうこともしそうだった。
「フェラーリとかを探せば良いんだね?」
 美樹は意外なことに文句を言うでもなく、むしろウキウキとした感じで言っているのは、初対面の相手の「フェラーリ」に乗せて貰う気満々なのか、それとも単に「高級車」が見たいのかのとちらかだろうが。
 確かにベンツやBMWは良く見かけるが、フェラーリともなると六本木とか表参道といった場所でないとなかなか難しいのも事実だった。
「あ、真っ赤なフェラーリ見っけ!!」
 美樹が嬉しそうに指差して報告しているが、俺の方が先に見つけていた。まあ、そんな些細なことはどうでも良いので素早く建物と繋がっていると思しき扉をチェックする。
「多分、あそこから出て来ますね」
 俺の恋人も車を持っていないとか――そもそも京都は特に渋滞が激しいので車移動は不向きだ――ここに来るときも瀟洒な外観だけは見た香川教授のマンションは車を出すよりも歩いた方が時間的にも早いちうこともあってうっかり失念しかけていたが、車通勤の人間もたくさん居る。井藤のように「無駄に」見せびらかすためではなくて、大阪府から通勤する医師も多いと聞いていた。
「あ、あれじゃない?あの暗そうな……。なんか生気がないような、それでいて根拠のない自信にあふれている感じのキモいヤツ……」
 美樹が言い得て妙的な発言をしたのでベンツの陰に慌てて隠れた。
「フェラーリの話しとか出来るのでしたら、そこから話し始めて下さい」 
 いよいよ。

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