「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「何、その風が頼りの冷暖房完備って!!」
 美樹が細い眉を吊り上げている。確かにここ、京都では盆地の中ということも相俟って風が吹いて来ない地理条件だ。
 ただ、美樹のご機嫌をこれ以上損ねると、キレて東京のタワーマンションだかに帰ってしまいそうだ。
 ここまで貴重な時間と、そして俺の財布にだって痛い出費のエルメスのスーツ一揃いプラス美容院代を支払った以上は美樹が席を立って「もう、協力しないからっ!!」と言われるのは勘弁して欲しいと思った。
「いえ、お好み焼き屋さんの件は冗談です。
 何かで読んだのですが、それが余りにも印象深くて、一度『取って置きの、特別な』人に披露したいと思っていたのです。
 そのお話しは『冷暖房完備』と銘打っている建物を実際に見に行くと、粗末な小屋に窓が大きく取ってあって、開いていたのです。そこでもう冷暖房完備ではないですよね?『聡明な』美樹さんには既にお分かりかと思いますが……」
 滅多にしないーーというか、上司の弱みは全て把握済みなのでそもそもオダてる必要はない。ただ、俺が入省して右も左も分からなかった時には手っ取り早い方法として当時はよく使ったものだーー怒りの矛先などを巧みにスルーするには話をさり気なく逸らすのが良いことは知っていた。
 美樹が聡明とは程遠い人間なことも知ってはいるが、香川教授の理知的かつ怜悧な顔を真似たーーまあ、香川教授の存在を知っていたわけではないと思われるので偶然の一致だろうがーー顔を作る時点で、美樹がバカっぽく見せるよりも聡明そうに見せたいと考えていたのは火を見るよりも明らかだった。
 俺もマスメディアが大衆に及ぼす影響力の大きさは良く知っているので、ドラマもチェックしている。
 だから、今流行りの俳優も同年代の人間よりも知っているほうだろう。
 イケメン俳優というカテゴリーの中に含まれる人達でも頭脳派というか、医師や弁護士などのエリートと呼ばれる職業が良く似合う人も存在する。それとは逆に体力派というか体育会系というか警察は警察でも派出所勤務とか「頭脳派」の俳優さんの手足となって体力面で貢献したり、海上保安官とか自衛隊の現場で活躍するのがお似合いの人もいる。両方をうまく演じ分ける人も存在するが、やはり全体の雰囲気などで大きく二分されるのも事実だった。
 だから美樹の場合は明らかに頭脳派を狙っていたのだろうな……と判断して話を続けることにした。
 すると。

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