「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「こんな暑い上に物凄い湿度なんだもん。ここって日本なの?違くねって感じ。
 なんだかさ、バリ島とかシンガポールに居るみたい。そりゃさ、バリ島とかシンガポールとかだったら直ぐに冷房がガンガンに効いたホテルの部屋に入れるし、プールサイドと海が合体しているような『ザ・ レギャン、バリ』とかさぁ、『マリーナ・ベイ・サンズ』みたいにさ、ホテルのてっぺんにプールがあるすっごくイケてるホテルに泊まってるんならともかくさ、こんな濡れた雑巾ぞうきんをベチャっと引っ付けたような暑さの中で外に出たくない!!」
 俺は内心ため息をついた。
 田中先生は以前、何かの話の弾みでーー教授は俺の恋人と二人でケーキ選びに行って席を外していたーー「エキセントリックな恋人とかホントに疲れますよ」とかちらっと言っていた記憶があるが、本当にそうだと実感してしまった。
 俺は田中先生ほど気が長くないのでーーいや、彼だって世間一般的には充分短気の部類にカテゴライズされるだろうがーーそういう人間は一晩で終わりする自信はある。外科医は短気な人間が多いというのが経験則だが、俺の場合一応精神科専攻だったので、他人の精神構造が何となく分かる。
 「一応」との自己評価なのは、臨床経験が皆無だからで、いわばペーパードライバーだからだ。
 ただ、ペーパードライバーだって、車の動かし方はある程度分かるように、精神科のことは何となく分かる。
 しかし、美樹の場合は……。
 ちなみに二つのホテルは外務省の知人から嫌になるほど聞いている超高級ホテルだ。サミットなどで首相とか大統領が泊まりたがるホテルとかいう。
 そういえば、俺の恋人から聞いた話だと田中先生達はシンガポールに遊びに行ったらしいが、彼らの場合、ベイサンズよりもラッフルズホテルが似合うような気がする。
 ま、それは置いておいて、職員用の通用門を見渡せるような喫茶店もなければ、冷房が効いてそうな書店も文房具屋もない。
 俺の手足となって動いてくれる麻薬取締官マトリなら炎天下だろうが、暴風雨だろうがそんなことは一切関係なく対象を待ち続けるだろう。
 しかも、今日一日で美樹に使ったお金はーースーツ代とか美容院代とかーー彼らの給料を遥かに超えている。
 それなのに、このワガママさ具合は!と思っても、美樹しか香川教授のーー劣化しているとはいえーー代わりを務まるような人間は居ないというジレンマだ。
 もう、こうなったら。

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