「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 香川教授のカリスマ外科医としての経歴はT大派閥しか認めないウチの省でも熱烈なラブコールを送るほどだった。
 そしてことごとく謝絶されていたのを――今思えば世界的権威とか知名度におごり高ぶったからではなくて、田中先生と過ごす時間の方が圧倒的に優先順位が高かったからだろう――「俺の『素晴らしい』交渉力のお蔭で厚労省に来て下さった」ということになっている。だから職場内で上司の覚えが更に目出度くなったのも将来の事務次官を目指す俺には嬉しいことだが、プライベートで付き合うようになってからは、人間的な魅力に溢れている上に俺をは真逆の人間なのは分かった。だから個人的な好感度は高い。  田中先生は外科しか知らないので――まあ、大学病院の縦割り社会の弊害だろうし、彼を責める積りは毛頭ない――精神疾患を抱えた井藤から香川教授を守るために気力も体力も擦り切れるまで使いそうだった。
 俺と性格的に似ているせいもあって――俺は「常在戦場」が座右の銘だが、先生は「専守防衛」という違いは有るものの――最初は同族嫌悪を覚えたものだったが、付き合いを重ねて行くうちに次第にそういう気分も薄れていっている。
 だから、田中先生の精神力と体力を出来るだけ奪わないようにしないとならないな……と思う。
 一番手っ取り早いのは、この美樹の顔と身体に井藤の偏執狂っぷりがシフトしてくれることだったが、正直なところ成功は50%程度だろう。
 美樹がフェラーリなどの「成金趣味」な車とかダイヤ入りのロレックスなど「いかにも」な物を見た瞬間にテンションが上がって、饒舌じょうぜつに語り出すような気がしてならない。
 井藤は香川教授の静謐せいひつな、そして大輪の花のような佇まい「も」歪んだ愛の対象になっているのは間違いがない。
 もちろん、外科医としての世界的名声も惹かれる要因の一つだろうが。
「とにかく、井藤に接触した後は単語程度でしか話さないでください。
 ああ、そろそろ時間ですね。通用門にご案内します」
 俺もこの大学病院は――何だか監督省庁としての査察とか調査目的よりも「私的」な目的で出入りしている方が圧倒的に多い――勝手知ったる場所だ。何しろ俺の恋人の勤務先だし、こっそり職場に遊びに行ったこともある。
 そういう点では。

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