「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 俺が判断するだろうことを完璧に真似ることが出来るのは藤宮しか居ない。他の人間も――俺達のようなキャリア組と言われている人間ですら――それなりに優秀だが、俺からすれば詰めが甘いとか(もっと考えてから指令を出せ)と思えるような「甘い」仕事ぶりなので、当てには出来ない。
 美樹を使ったミッションが――こんなにムダ金まで使ったというのに――失敗した場合は、藤宮を霞が関から呼ぶ必要があるな……と思った。
 彼女しか俺の代理を安心して任せられないので。
 それにしても、麻薬取締官マトリを使って、井藤の家の「それらしいところ」に押収した山ほどある覚せい剤の一部を置いておいてしかも、検査に使う尿にもこっそり薬物を混入させた方が手っ取り早い。田中先生には止められたし同居人からも思い切り怒られたが、覚せい剤は所持グラム=刑期というのが相場だ。
 20グラムも井藤の家にこっそり置いた、こんな手間はかからないのに……と心の底から残念に思う。
 それに、俺が信頼しているマトリの彼は完璧過ぎるほどの仕事振りで、美樹のように懇切丁寧に教えなくてもそれこそ単語レベルで意思疎通が可能だというのに。
「とにかく単語でしか喋らない。反応もそんなにオーバーリアクションではなくて、魅惑的に微笑むだけで充分です。そのモナリザのような笑みの方が井藤には効きます」
 美樹はキョトンとした感じで切れ長の目で俺を見ていた。
「モナリザってお菓子メーカーじゃなかったっけ?プリンが美味しいトコ、雅さん違くね?」
 こういう会話はもうそろそろ解放して欲しいと思った。
 そうでないと、田中先生に対している時のような感じの嫌味とか冷笑が出そうな気がした。
 あっちの方が楽しいものの、美樹に対してそういう態度を取ると協力してもらえない可能性の方が俄然ガゼン高くなるのも分かっていた。
「それはモロゾフです。フランスのルーブルに有る世界一の名画と賞賛されている絵ですよ。
 謎めいた笑みが何を考えているのかを考察した本がそれこそ図書館に収まりきらないほど有るそうです。
 ま、それは置いておいて、とにかく『謎めいた』笑みを常に顔に張り付けておくことです。良いですね?」
 漫才をしている気になった。俺はそもそもそういうお笑い番組が騒がしくて嫌いだし、一人で落語を聞いている方が性に合っている。
「図書館かぁ。そんなマンガも置いてないトコに行ったのは小学生の時が最後だ……」
 美樹と会話するのにホトホト疲れてきた。
 ただ。




 

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