「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 いくら同業者向けに論文を書いても世論の支持など集まらないと悟った病理医が推理小説仕立てで書いた小説が新人賞を取って映画化・ドラマ化の話しが舞い込んで来るという大ベストセラーになって、大衆の支持を得た――俺自身は論文の段階でMRIやCTで死因を確定する方法が解剖よりも優れていることは理解していたし、その合理性に密かに感心すらしていたが「予算がない」という圧倒的な悲しさでウチの省が認めないことは予測していた――結果、内閣が動いて予算が割かれたAiセンターという例もある。
 医師と作家は親和性があると唱える文学部の教授も居るが、俺の知る限り田中先生は作家になっても大丈夫そうだが、香川教授とか俺の恋人などは正直向いていないと思っている。
 まあ、それはともかく、世論を味方に付けるに越したことはないので、その医師兼推理作家は自身が推奨する死亡時画像検索Aiの浸透のために映画では、小説では男性だった主人公が何故か女性になってしまっていたとかのわけの分からない変更すらも――きっと、映画業界の大人の事情でも有ったのだろう、その世界のことは詳しくないが――受け入れて形振なりふり構わない作戦が奏功して、一般的になった。
 そういう事例も有るので医療ドラマもチェックしなければならないのだが、最近のテレビは割とリアルな画像も平気で流すので、血や内臓を見るのが生理的に受け付けない俺には正直苦痛以外の何物でもない。
 多分、想像力が多すぎるのが原因だと思われるが。
 だから俺の恋人に頼み込んでドラマを観て貰って内容上問題の有りそうな厚労省批判などが盛り込まれていないかどうかはチェックしている。
「……そうです。そういうのが単語ですね……。長ったらしい――いえ、個人的に聞いている分には非常に面白いのですが、そういうのは井藤に対しては逆効果です」
 美樹が思いっきり不満そうな感じに細い眉を吊り上げたので、慌ててフォローした。
「とにかく頑張ってはみる。病院の職員用の門の場所を教えて欲しいし。
 そして、ターゲットの写真は貰って良いよね?」
 やっと本題に戻れた気がしてホッとした。
 井藤の写真は斉藤病院長から入手済みだったので、取り敢えずそれを渡した。
「げっ……全然好みじゃないんだけど……それに絶対、ドーテーだよね」
 思いっきり嫌な顔をされてしまった。まあ、気持ちは分からなくもないが。
 しかし。

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