「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「美樹さんの魅力に振り向かないオトコは居ないとは思いますが……痛っ!」
 思わず自分でも情けない声を上げてしまったのは美樹が思いっきり背中を叩いたからだ。
 いくら華奢な身体でも男の力なのでかなり痛い。
「何言ってんのさ、いくら口説いても落ちなかった雅さんに言われたくない、な」
 俺は美樹のような静謐な中にも大輪の花の佇まいのする雰囲気の「同性」よりも、野の花の可憐さの方が外見的に好みだった。そしてこちらの話しのレベルに合わせられる知識と頭の回転の速さを持ち合わせている人間としか恋人として付き合いたくない。まあ、美樹にはそんなことを言うと背中を更に強打されてしまうのは火を見るよりも明らかなので黙ることにしたが。
「いえ、私は大輪の花のような人よりも、可憐な野の花の方が好みなので……。ほら、ジャニー〇とかのイケメングループでも、その中で誰が好みかは個人差がありますよね。それと一緒です。
 そういう話で盛り上がったこともありましたよね?新宿二丁目のバーで」
 知性の泉を湛えた大輪の花の――しかも美樹のように作り物ではない――香川教授に対して一度だけ「お誘い」をして物凄く驚かれた上に拒否られたことはいっそ清々しい一夜の思い出だった。誰にも言う積りはなかったが。
「そっかぁ。そうだね。誰しも好みってあるもんね。たださ、朝起きたらバックれられてたらどうすんの?その人もお金持ちとか聞いた覚えがあるけど、金持ちほど変なトコでケチだったりするじゃん?」
 もうこうなったら毒を食らわば皿までと言った心境だった。
「その場合も領収書さえ貰って来て頂ければお支払いします。
 まあ、本当は美樹さんの魅力とベッドの上の手練手管で何とか井藤を骨抜きにして貰いたいのですが……」
 美樹のようなまがい物ではない知的かつ大輪の花の佇まいの香川教授にはそんな破廉恥なことを頼めないし、一度口説いた感じではそれほど「そちらの」経験を積んでいるようにも見えなかったのは正直意外だった。誘いたがる男なんて星の数よりも多いハズなのに。
「ただ、庶民的な感じ――私はそちらの方が好きですが……」
 美樹が睨んでくるので慌ててそう取り繕った。
「あの人っぽく振る舞えってことだろ、どうせ。
 ちらっと見たけど、高値の花って感じだったもん。そりゃさ、お育ちが違うんだから仕方ないじゃんか……」
 唇を、見る人が見れば蠱惑的に尖らせた美樹がふてくされたように呟いている。
 ただ。
 

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