「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「そんなに危険なの?なんかお医者さんって物凄く安全っぽいイメージが有ったんだけど。それにナースとかも常に一緒に居るじゃん?」
 明らかに別のコトを――多分、整形の時に怪我を負った時のリスクについても説明は受けていたのだろう、一般の外科医に診て貰っても対応不可能なことも含めて。そういうことを思い返しているに違いない――考えている感じで美樹が聞いてきた。
 精神科医が患者さんから受ける加害行為について美樹には直接関係ないので、詳しく説明しても仕方ない上に美樹も上の空――俺は生まれつきこんな顔だが、美樹の場合は多分数百万ものお金をかけて作っているので、怪我の痛みも当然あるもののそのお金がすっかり無駄になるという懐の痛さも密接に関係しているのだろう。
 それに、万が一井藤に殴られでもしたら、通常の怪我の治療に加えて整形手術が――おぼろげな俺の医学的知識でも、同じ部位の手術は三回までしか不可能だとか、美容整形は医師それぞれが独特の手法で行っているために元の顔に「復元」する手間暇がかかる程度は知っている――完璧に終わらないと人前に出られないというデメリットをモロに受けることになる。
 最も簡単だ!と言われている――しかし、俺には出来ないけれども。一応医師免許は持っているとはいえペーパードライバーそのものだ――二重瞼ふたえまぶたにする手術でも確か二週間は眼帯生活だったと記憶している。それ以上に複雑な手術を受けたハズの美樹はもっと時間が必要だろう。もちろん、その期間はパトロン探しなど夢のまた夢だ。
 そういうことを色々考えているのか、先ほどよりも知的な雰囲気――と言っても、香川教授のように膨大な知識の宝庫を持っている上に記憶力は田中先生を遥かに凌駕りょうがすると聞いたこともあるし、緻密な計算も当然可能な「本物の知性」は全く感じられないのが残念な点だった。
「看護師は――精神科ではナースは女性の仕事との固定概念が有った時代から男性も参入していた職場で、屈強さを売りにしている人まで多数在籍しています――当然居ますが、精神疾患患者の場合は急に暴れ出すことも多いので予測不可能で、結果として医師が怪我をしてしまうのです。防御するヒマすらも与えずにいきなりキレ出したり、被害妄想に囚われたりして。
 いえ、井藤の場合は一般社会にまだ適応しているので、そんなに凶暴というわけではないです」
 話している間に美樹の顔がだんだん青くなったので、慌てて言い繕った。エルメスのスーツや靴まで買い与えたし、その上このレベルまで香川教授に似ている人間は美樹しかいない。それが天然モノであっても人工物でもこの際どうでも良い。
 そして。

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