「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「相手は逆上すると何をするか分からないという、極めて危険な――もちろんそれが精神疾患と元からの性格とが複雑に絡まりあって出来たものですが――人格の持ち主だということを肝に銘じておいてください。
 私の知人の精神科医なんて、患者さんを診察というか、容態を聞き取っているだけなのに、そして当然ながら専門的なトレーニングを充分に受けていたというのに、患者さんが暴れて眼鏡が吹っ飛ぶことは日常茶飯事なので高いメガネを敢えて買わないと言っていました。
 メガネくらいだったら買えば済む話ですが、一度は鼻を殴られて骨折の憂き目にも遭ったと聞いています」
 ことさら深刻そうな表情を作って、しかも普段よりも低い声で美樹に告げた。
 サラサラの黒髪を後ろに流している髪型になった美樹は、一歩か二歩程度は香川教授の外見により近づいた感じだった。しかも「俺が買った」エルメスのスーツも相俟って「知的」かつ「怜悧さ」も加わった感じだった。
 ホテルの喫茶室の方が落ち着いて話せるので、そこに向かい合って座って作戦会議というか、美樹のお気楽過ぎる目論みを粉砕しようとした。
 メガネの話しは――俺の恋人ではないが――本当だったものの、鼻の骨を折ったというのはでっち上げだった。正しくは顔面にパンチを受けて鼻血が止まらなかっただけだったが、美樹が整形をしているという香川教授の外科医らしい観察眼で明らかになったのでそれを利用させてもらうことにした。
 普段は一を聞くと十を知るとまでは行かないが八くらいは分かる人間達に囲まれているので、忘れがちになってしまうが美樹にはそれが通じないことが身に染みて分かったので、恐怖をブレンドして教え諭さなければならないな、と思う。
 美容整形については詳しく知っているわけではないものの、顔面に人の手が入っているということは普通の医療行為だけでは済まない程度は知っている。だから顔面を強打された場合、その場にいる救急救命医ではなくて、美樹に施術した医師の指導の元で治療するという手間が加わる。
 美樹の場合、その交友関係からして東京の病院でそういう手術をしている可能性が極めて高いので、京都で怪我をした場合はかなりマズイだろう。
 本人もそのことを分かっているのか、先ほどのチャラけた感じはなくなって真剣そのものだった。
 そして。

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