「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

72

 香川教授が普段着ているような淡い色のスーツを選ぶことにする。
「これなんて如何いかがですか?くすんだ水色は怜悧かつ端整な趣きで、着る者の美しさをより一層、際立ててくれますよ?」
 美樹が嬉しそうに頷いた。俺は香川教授に似て欲しい一心だったが、そこまで考えが及ぶほど美樹の頭が良いとはお世辞も言えないことは何となく分かった。
「そうだねー。これにする。ワイシャツはコレが良いかな?」
 あろうことか、美樹が手にもっていたのはシルクのシャツで……値段もさることながら流石はスカーフで女性を虜にしているだけあってシルクの光沢が艶やかに光っている。
「そんなのを会社に来ていくエリートサラリーマンはいません。のりの効いたコットン素材です。白がいいのでは?」
 シルクのシャツを香川教授も持っていることは知っていた。しかしそれを着用するのは休日の買い物とかに限定されているらしい。そういう節度というか常識も持ち合わせているのが好ましい。
 美樹の場合、その「常識」が俺の世界のとではかなり異なるらしい。
 本当は一人で買い物をさせたかったもののーー知り合いに会うとかいう悲劇に見舞われたら大変だーー付いて来て本当に良かったと心の底から思ってしまう。
 美樹が最初に選んだスーツなんて暖炉の火の色なので、そんなド派手なスーツはどこの誰が買うのか心の底から疑問に思ったし、美樹が着てもーーまあ、似合わなくはないががーー「香川教授」に粘着している井藤すらもドン引きだろう。怜悧で端整な花のような顔は似ているとはいえ、教授はそういう服装は絶対にしないので。
「分かった。白の方がエリートっぽさが際立つかもね。
 あ!このネクタイ可愛い!!」
 美樹はハイテンションでーー確かにこのハイブランドの服を一式買って貰えるのだから、お金に執着のある人間ならそういう精神状態にもなるだろうーーネクタイがずらっと掛かっているスペースで叫び声をあげている、女子高生のノリで。
「ほら、小さいパンダがたくさん描いてある。こっちは魚……熱帯魚かな?
 良いなぁ、熱帯魚……ウチのマンションにもこういう魚飼いたいなぁ。ちょうどスペースも余っているし、水槽置くだけで業者さんが定期的にメンテナンスしてくれるんだって。彼氏が言ってたぁ!!!」
 先ほどから感じていた頭痛が酷くなる。
 確かに黙っていれば、香川教授に似てはいる、似ていると思ったからこそ以前の厚労省のナンバー2追い落としの時に協力をして貰ったのだが。しかし、口を開けば全然似ていないのもすぐに分かってしまうだろう。
 こんなので、井藤が騙されるだろうかと、真剣に疑ってしまった。
 また。

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