「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「そんなThe・HERMESとも言うべきオレンジ色のスーツなんて止めて貰えませんか?しかもワイシャツも女性用のスカーフならばご愛嬌で済みますが、その派手な柄も……」
 今のパトロンだか恋人の趣味なのだろうか?美樹が選んだのは、ホストすら選ばないような暖炉の火のようなオレンジ色のスーツに、金色に近い黄色と黒で馬の絵が描いてあるというド派手な出で立ちだった。
 何だか――今は社会的にもそして国全体が厳しい目を向けている――反社会勢力の一員のような感じだった。あの世界は「派手こそ美徳」とか言われているらしい。
「えー!似合うと思わない?」
 美樹のウキウキとした声がブティックの落ち着いた趣きの空間に響き渡った。
 何だか頭が痛くなってきた。
 しかもチラッと見た値札のゼロの多さにも――相場を知っていたので店舗に入る前に覚悟はしていたものの――恋人に貢ぐなら喜んで支払うが、何で美樹に……と思ってしまう。ただ、俺の恋人はこんな服は絶対に選ばないだろうが。
「似合いますよ。似合いますけれど、そういうモデルみたいな服装よりも『Theエリート』といった服の方がよりいっそう端整さとか怜悧さ、そして理知的さが際立つと思います」
 美樹は納得した感じでしきりに頷いていた。
「そっかぁ!そうだね、賢そうに見える方がカッコいいじゃんね!!
 雅さんの見立てに従うよ。どれが良いか選んで欲しい、な」
 腕を組んできた手をさり気なく離した。
 男性用の服は――この店の目玉商品でもあるバックとかとは異なって――奥まったところにあるとはいえ、そして俺の恋人のご近所さんがこんなお店に入ってこないと思う、いや信じたいが――それでも、誰かに見られたらとんでもない誤解を招いてしまいそうだったので。
「こういう薄い色が似合うと思いますよ」
 香川教授のスーツ姿は――俺が医局の慰安旅行と職場の旅行の日程をずらすという交換条件で勝ち取った――厚労省に来て貰った時などに見る機会もあったので大体の好みは分かっている。
「分かった。おーい!店員さん!!」
 美樹は本人が言っていたようにハイテンションになっているらしく、この場に相応しいとはとても思えない大声で店舗スタッフを呼んでいる。
 何だか居酒屋でスタッフを呼ぶような感じで、それも眩暈めまいがしそうだった。
 まあ、香川教授御用達ごようたしの老舗ブランドで――このブランド以外の服を着ているところは見たことがない、プライベートで行ったケーキバイキングの時もラフな格好だったがこのブランドだった――俺はこの優しげな雰囲気も醸し出すスーツは似合わないので、この店舗にも来ることはないだろうから、ある意味「旅の恥はかき捨て」の気分だった。
 そして。
 

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