「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

61

 俺の――まあ、弱みも一応握っているが――上司の覚えをとても目出度くした「あの」香川教授の霞が関詣でと引き換えに交渉した、医局の慰安旅行と当省御一行様の「悪夢のバッティング」が回避という俺にとっては朝飯前のことの時に強く思ったのが、自信の塊であっても全くおかしくない香川教授の自己評価の低さには正直眩暈めまいがしたかと思った。アメリカで億いや、もう一桁か二桁かもしれない巨額の富だけだけでも、自信に満ち溢れている人間なんてゴマンと居る。財務省の下部組織でもある税務署などが目をつけているデイトレーダーの資産隠しなどでは億の単位で天狗になって、昨今流行りのSNSの投稿写真の持ち物などをずっと監視している――2千万円程度の腕時計などの高級品が写り込んでいないかなどを調べるのが仕事だそうだ――部署まであることは知っている。
 ちなみに香川教授の場合は具体的なことを聞いてはいない。何故なら彼の場合は全ての資産は正式に認められたプライベートバンクに全て預けていることが判明している上に、金銭に無頓着なのである意味セコい節税対策などはしない性格だと分かっていたし、何よりも駒としてではなくて――最初はその積りだったが――その一途いちずかつ真摯な為人ひととなりが非常に好ましかったので。
 その資産だけでも凄いのに、世界的な名声とか冴えわたった手技の腕、そして旧国立大学病院医学部教授最年少記録の持ち主だ。
 しかも、静かに咲き誇る大輪の花のような容姿だ。俺自身は大輪の花よりも可憐な野の花が好きなので――もしかしたら祖父母が好きで育てていたのを手伝った幼少期に山野草さんやそうと呼ばれる日本の庭に慎ましやかに咲いている繊細かつ小さな花が好きだったせいかもしれない。盆栽の手入れとか庭の手入れを喜んで手伝った俺に「手先がそれだけ器用だから産婦人科医にも向いている」と祖父母に言われたのを無邪気に信じ込んでしまった――自宅とクリニックが離れていたので、実際は出産という行為があんな血まみれになるとは思ってもいなかった幼い日のことを何故か思い出してしまう。
「実はですね。最近HIV検査を受けたところ陽性だったんですよ」
 美樹は医学的知識など皆無に等しいが、HIVとか性的な病気については異様に詳しい。生活に密着しているからだろうが。それを逆手に取ることにした。
『え?マジ…………』
 当然ウソだが、美樹をドン引かせるには充分だろう。今はHIV陽性反応が出ても発症しない限りは薬で抑えられるのだが、そういう知識はないだろうし、陽性反応が出た人間と「そういう」行為をするほどのバカではないのは知っていた。
「そうなんです。皮膚がボコボコになったり、体中に――普通の人であればカビの胞子ほうしが入ってきても舌がカビたりはしませんが――色々なモノが出来た写真とか見たことがありますよね?そういうリスクが有るので、『そういう行為』は慎んでいます。何しろ勤務先が勤務先なので、ひた隠しにはしていますが……」
 ことさら深刻そうな表情を繕って苦渋くじゅうの笑みらしきものを浮かべた。
『そっか……強く生きろよな……。雅さんと『そういうコト』はぜってーにしないコトにするし……』
 何だか憐れむような目をされたが、グイグイ来られる方がまずいので、良しとしよう。
「有り難う御座います。まあ、生きることが出来るまでは頑張って生きますが……そういう事情なのでご要望には添えないですね」
 すると。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品