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　田中先生と別れて病院内を散策しながらこれからのことについて考えた。
　今の段階では未だ不要だろうが、絶対に俺自身が職場を抜け出しても良いように――と言うと語弊があるが、田中先生からの全面協力依頼が個人的なモノであることだけは間違いがない。そしてウチの省庁も役所には違いない。市役所の窓口係りのように定時のみ市民サービスとか相談を受けるようなことはしないものの、上司に言われたことはソツなくというかそれ以上の出来映えでこなさなければならないのは一般企業の中間管理職と同様だろう――準備だけはしておいた方が良いだろう。
　抜かりなく探っていた弱みを、あくまで仄めかす程度ではあったものの直属の上司には告げているので、俺と同じ室長職よりは自由に動けるとはいえ、宮仕えの身の上であることには変わりない。
　ただ、宮仕えだからこそ俺でなくても出来る仕事であることも事実だった。それだけの処理能力と俺程度の頭脳があれば。
　香川教授のように手技だけで患者さんと対峙していて、そしてその赫々たる実績で相手を黙らせることが出来る人は、ある意味取り換えが利かない稀有な人材だ。
　香川教授が抜けた穴を――いや、抜けられても困るが――完璧に埋めることが出来る人間がいないというのとは異なる。
　教授の手技は田中先生があれほど誇らしげにしている上に、実際に見学に行った医師が――ウチの省も御多分に漏れず俺の出身大学でもある大学以外は大学でないと思っている風潮がある。そういう空気の中で生息しているのが当たり前になっている狭量な人間だった――絶賛の余り声を失うほどなのだから。
　俺が職務上で心の底から安心して決済すらも任せられる人間は藤宮しかいない。
　彼女もそれを良く心得ているし、時折「私ならこういうふうに問題を解決しますが？」という彼女の案を任務中に提出して来ることも有る。その一々が完全に同意出来るレベルの出来映えだったので――世間の風当たりはともかく、官僚＝頭が良いとか思われている。まあ、学歴だとか国家公務員試験に合格するだけの頭脳という点ではあながち間違いではないものの、仕事においてはまた異なった能力が要求される、まあそれは一般企業でもそんなものだろうとは思うが――彼女を「職業人」として買っている。
　当然ながら俺には女性の部下に対して邪まな下心など持つハズもないが、それでも下種の勘ぐりというのは有るようで、森と藤宮は「そういう」関係だと誤解している人間も少なからずいるらしい。
　ただ、藤宮自身も――もしかしたら俺の恋人から聞いた「田中先生と恋人になる前の香川教授」と類似点は有るかも知れない――感情があるかどうか分からないような感じだ。
　一般的に女性の方が感情的に振る舞うと言われているが、彼女の場合は高性能なＰＣを頭脳にしたロボット、しかも俺以外からの指示は全く聞かないという感じなので、そういう意味でも香川教授に似ていなくもない。教授の方がまだ人間味も持ち合わせているだろうが。
　藤宮の任務の進捗状況の報告は定時に入ることになっている。その任務が終わった――最悪の場合はキリの良い所で一時中断してでも――俺の代理として大阪に呼び寄せることが出来るようにしておこうと心にメモをした。
　俺の代わりの仕事を任せられるのは藤宮しか思い浮かばない。まあ、それだけ有能ということだが。
　すると。