「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「井藤は教授の手技の才能に惹かれているのか、それとも恵まれた容姿に惹かれているのか。まあ、その混合だとは思いますが、ああいう絶対そういうコトをしたことがないだろう人間が、性行為を覚えると猿以上にそればかりを追い求めてしまうでしょう。顔が似ている、いや似せて作った彼は教授と異なって――というか、むしろそちらのタイプが大部分でしょうが――来る者拒まず的な奔放さを持っていますし、一回誘惑させてみたらと思ったのですが。
 そうしたら、教授への異常な執着心も憑き物が落ちたかのように失せるという可能性にも賭けてみたいのですが、如何ですか?」
 意外にもモラリストな田中先生は一瞬眉をしかめて、それでも何だか考え込んでいる感じだった。
「彼が良いと言えば、それはそれで構いません。ただ、お金もかかるのでは?」
 そういう奔放な人達を――純粋培養っぽい香川教授はともかくとして――田中先生は絶対に知っているだろうとの確信は有った。
 そして、俺達のような、恋愛は恋愛として楽しみではあるものの、れっきとした職業を持っている人間と、新宿二丁目などでその日暮らしをしている人達との相違点も。
「いや、彼は今、羽振りの良いパトロンというか愛人が居て、赤坂のタワーマンション最上階に住んでいます。月々の生活費も充分過ぎる――普通のサラリーマンが聞いたら真剣にキレるほど――貰っているとか。
 あの頃とは経済状況が天と地ほどに異なるのでお金よりもつまみ食いの楽しさの方が勝つのではないかと思いますよ」
 田中先生は少し心が動いた感じだったものの、まだ眉間にシワを寄せている。
「赤坂のタワーマンションですか……。そんな羽振りのいい愛人を失うのはマズいのではないでしょうか?露見して身一つで放り出されるリスクもありますよね」
 駒の一つに過ぎない人間に対して浮気がバレたことまで計算する点も、田中先生らしい。ただ、田中先生の過去の恋愛は具体的には知らないが、同好の士が一夜の相手を探すような場所に行って刹那の欲望を満たす――場合によっては複数ということも有ったりするし、よほど相性が良かった場合にはそのまま付き合ったりすることも知っているだろう。
「それは大丈夫だと思います。
 そのパトロンは妻子も居ますし――まあ、世間体を考えるとそうなりがちでしょうが――愛人も多数抱えている艶福家らしくてタワーマンションに来るのは月に一度程度だそうですので。そういう意味でも――美醜は問わなければという条件はありますが――若くて精力を持て余しているような人間と相手が出来るのは彼にとっても良い火遊びだと思います。それに東京と京都なので、パトロンにバレる心配も少ないかと」
 田中先生は何かを考えているような感じだったが、おもむろに口を開いた。
 その思いがけない言葉に思わず瞠目してしまったが。


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