「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 田中先生が、ゲンナリした表情を浮かべている。そういう田中先生を見るのは初めてだったので興味を惹かれた。
「どうされました?」
 何だかこうして二人きりで話していると「同志愛」のようなモノが芽生えて来て――断じて恋愛感情ではない!!――詳しく話を聞こうと思ってしまうのも我ながら珍しい感情の発露だった。
「いえ、昨夜彼女と話したのですが、同じ日本語を使っているハズなのに意志疎通が出来ないというか……。同じ言語いやそれ以上に同じ世界に住んでいないのではないかという、我ながら不思議な感触に襲われてしまいました。
 病院で完全徹夜……しかも、呉先生と初めて出会った例の場所……と言えば分かりますよね?あそこが野戦病院状態のずっと続く夜を過ごした時以上に疲れ果ててしまった気がしました」
 俺の顔色が優れない理由を慮ってくれたのか田中先生が外科医にしては珍しい婉曲な表現を使ってくれる。捏造した手術ミスの画像が――ウチの母校の心臓外科の教授がやらかしたという話は聞いていて、その画像の術者の名前とか必要事項を書き換えて、あたかも香川教授のミスであるかのようにしたシロモノだった――本当かどうかを確かめるために心臓外科所属の医師に相談に行こうとしてたまたま紹介されたのが田中先生で、その日は救急救命室勤務だったので、恋人も清水の舞台から飛び降りる気持ちで「忌まわしい場所」に行ったという過去があったことは知っていた。
「え?いささか個性的な女性であることとか、国家権力などモノともしない胆力の持ち主だとは聞いていましたが、そんなウワサは聞いたこともないのですが……。
 ただ、私も直接お話ししたこともないですし……そもそもウチの管轄では要人警護の必要はないので。
 ただ、田中先生をそれほど疲れさせるというのは異なった意味で瞠目に値しますが……私も直接話す機会に恵まれない方が良いようですね」
 田中先生がそんなふうに他人のことを評したのも初めて聞くような気がした。
 毒舌家ではあるものの――それは俺も同じだが――批評をした後に必ず相手の美点を一つ以上は言うのが田中先生だと判断していたので、同じようなメンタリティの持ち主でもある俺にも多分鬼門だ。
「精神的におかしいとかではなさそうなのですが……。感情の上下が激し過ぎるような気がします。しかも、こちらが良く分からない感じで――普通、これを言ったら怒るとか、喜ぶとか予想出来ますよね。極端な話し、毛髪が少ないとかほぼ無いことを気にしている男性にハゲとか、それを連想させるようなワードだと怒るみたいな……。そういう法則性が全く掴めずに感情を暴発させる感じです」
 田中先生は白衣に包まれた肩を竦めて、彼には珍しく途方に暮れたようなため息を盛大に零している。
 女性は理性よりも感情を優先するきらいがあるのは精神科を専攻していなくても田中先生だって分かっているハズだし、病院内ではナース達の相談にも気軽に乗る人だと聞いているので、女性の扱いにも慣れているだろう。ただ恋愛対象として見られないという点以外は。
 その彼がそこまで言う女性なので、俺も出来るならば一生遭遇したくない人間のようだった。
 田中先生がこれ以上疲弊すると作戦にも支障をきたすので気分転換をした方が良いだろう。
 どの話題から行こうか……。

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