「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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 俺の生育歴を――他人が見ればさぞかし煌びやかに感じるだろうが、子供は親を選べないのでその辺りは運命としか言いようがない――通しても、そして医師が怖くて辞めたという真実を知らない他人からは「挫折のない人生だ」と良く言われる。
 確かにその通りだったし、周りの人間も「頭の良い」人が揃っているとも思う。
 しかし、頭の良さという点――例えば香川教授など「頭は良い」と――あの人の自己評価のアテにならなさは呆れるレベルだから置いておくとして――他人には言われるだろうが、考え方というか物事の発想の根本からズレているような気がする。こう言い切ってしまえば、悪口にしかならないような気もするが、決してそんな意図ではなくてむしろ稀少性を愛でたいような気になってしまう。
 そして、官僚と呼ばれる人も――俺の場合は出身学部で限定が掛かってしまったが――世間から見れば充分頭の良い人だろう。
 ただ、官僚の中でもなかなかなれない、外務省と財務省の人間だって内心呆れるほどにバカな考えを持つ人間が存在する。
 危機管理能力もないとか、明後日の方向に思考が飛んでしまうような――まさに国民の血とも言われている税金を使ってこんなヤツを雇っていて良いのか?――と、内心思ってしまうような酷いレベルの人間を多数見てきた。
 例えば福島第一原発がメルトダウンを起こした時に何故か外務省のとある官僚が慌てていた。確かに放射能の問題は国際問題なのでそのせいかと思いきや、北の独裁者の国の事実上の宣戦布告だ!とか血迷っていた。その上で滅茶苦茶忙しいであろう防衛省にも根回しに行くと言うので――ちなみに、それほど忙しくなかった俺にソイツの対応のお鉢が回ってきたのは、もしかしたら大学時代の専攻が精神科だったからかも知れない――厚労省の喫茶店に誘った。そして何故そう思うのかを聞いたところ、原発を狙うのがこれからの戦争の正しいあり方だ!とかで、まぁそれは一理あるような気がして話を聞くことにした。知り合いの精神科の病院に措置入院も視野に入れつつ。
「ただ、現在関東以北は大変なことになっているのは確かです。
 しかし、私が北の独裁者なら関東と関西の両方の原発に、貴方が主張していらっしゃる兵器を同時に撃ち込みますけどね。関東がダウンしても関西に――日本海側に多数有る原発も無事です――首都機能を分散させれば大丈夫ですよね。関西も悲惨なことになっているならば、その理屈も通るとは思いますが、現在関西からそのような報告も上がって来ていません。故にそれは根拠のない妄想では?」
 俺としては至って真面目に答えたのだが――ちなみにエレベーターも停まっていたし、電気も来ていない状態だったので、喫茶店も有り合わせのモノしか出せないという状態で何故そんな馬鹿な妄想に付き合わなければならないのかと氷も入っていないアイスコーヒーを――まあ、オーダーして出てきただけマシかもしれない――飲みながら思ったものだ。
 これが官僚と呼ばれる人間の「頭の良さ」の一例だが、田中先生の場合はまず現実を直視した上で臨機応変の対応策が即座に立てられるし、そしてここからが更に居ないのだが相手の弱点を正確に突いて再起不能に出来るだけの能力を持っている。
 俺が出会った時にでっち上げた香川教授の手術ミスの画像の使用目的が恋人を落とすためではなくて香川教授の名誉の失墜だったとしたら、田中先生は容赦しなかっただろう。
 実際報復処置も考えていたと聞いてはいる。ただ当の香川教授が笑ってスルーしてくれたためにその計画もお蔵入りになってしまったようだった。
 つまり、田中先生は俺と思考方法や行動様式が似ているので――若干俺の方が過激な点は自覚している――阿吽の呼吸で行動が起こせるという点が今回の強みだった。
 思考方法が全く異なる、先程の外務省の官僚だと一々こちらの考えを説明しなければならないので、急を要する時に遅きに失する恐れが有った。
 その点田中先生はそうはならないだろう。
 それに。

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